第14話:すてきなまほーをマメーにおしえてくれたおれいなのです。
「ピキー!」
「ピー!」
卓の上でゴラピーたちはご機嫌そうに、てちてち歩こうとして頭の上の花が増えて重いのかふらふらとバランスを崩した。
「あぶないよ」
マメーが指を差し出せば、二匹はそれに掴まって、頭の上の花をゆらゆらと揺らす。
花が増えたからか甘い匂いがマメーの鼻をくすぐった。
「解せないねえ……」
「げせぬ……」
師匠が呟き、マメーもなんとなくそれを繰り返した。ちなみに意味はよくわかってない。
「さっきこいつらの構造を見たけど、花が増えるようなつくりはしてなかったんだがねえ」
「まほーしょくぶちゅだから」
「ピキー」
「ピー」
マメーが言えば、二匹はどやぁと胸を張った。
「絶対そういう問題じゃないんだがねえ」
師匠の声音には諦念が強い。彼女の知る魔法や魔法生物の常識にこの生き物は当てはまらないのだろうという諦めである。
師匠の見る前で、ゴラピーたちはマメーに向かってピーピーキーキーと何やら訴えかけている。マメーはそれにふんふんと頷いていたかと思うと、師匠に断りを入れて、とてとて台所へと向かった。戻ってきた時に持ってきたのはガラスのコップである。
「ししょー、これきれいにして?」
「ふむ? ……〈浄化〉」
マメーが持ってきた段階でグラスはぴかぴかと綺麗に輝いていた。それをわざわざ綺麗にしろと言うということは、製薬などで使う状態にしろということだろうと師匠は判断したのであり、魔法を使って目に見えないような汚れ、雑菌などを消し去った。
「ありがと、ししょー。はい」
マメーはそれを卓の上に置く。
「ピキキキキキ……」
「ピピピピピピ……」
するとゴラピーたちがそれに近づき、グラスのへりを掴むとその上で頭上の花を揺らし始めた。
「何してるんだいこいつらは……」
花を振っていれば甘い匂いが強く漂う。
「ピキキキキキ……!」
「ピピピピピピ……!」
頭を振る速度が速くなった。グラスのへりにしがみつくようになりながら、腰を頭を花をぶんぶんとスイングする。
そしてマメーたちが見ている前で花からとろりとろりと蜜が垂れてきた。
「わぁ」
「ふむ……?」
まるで蜂蜜のような、赤みを帯びた黄金の液体がコップの底に溜まっていく。マメーの爪の先っちょほどの僅かな量、それでも花から取れたにしてはずいぶん多い量の液体がコップの底でとろりと煌めいた。
「ピキー」
「ピー」
二匹はやりきったぜ! というような表情で額の汗を拭うような仕草をとる。もちろん汗などかいてはいないが。
「あ、お花が……」
二匹の頭上の花が散っていく。
散った花は光の粒子となって跡形もなく消えた。茎の先端には再び2枚の葉っぱのみが残っている。
「まあ魔力の具現化としか考えられんよなぁ」
師匠は呟いた。通常の植物の生態とは明らかに異なる花だ。先ほどのマメーの〈植物成長〉の魔力をゴラピーらが持っていき、その魔力の一部を頭上の花として形成していたのだろう。
どういう意味があるのかはわからないが。
「ピキーピキーピキー」
「ピーピー」
「うんうん、わかった」
ゴラピーたちとマメーは再び何やら意思疎通をはかっている。
マメーはコップを指差しながら師匠に振り向いた。
「ししょーししょー」
「何さね」
「ゴラピーたちがこれししょーにあげる、だって」
「ふむ?」
師匠は首を傾げる。さっき彼らが拾ってきた魔力の木の実のように、主たるマメーのために奉仕して蜜を捧げるのではないのかと。
「んっとね、すてきなまほーをマメーにおしえてくれたおれいだって」
「ピキー」
「ピー」
ゴラピーたちはうんうんと頷いてみせる。
なるほど、と師匠は思う。植物を育成させる魔法は彼らに取ってはそれだけの価値があるということなのだろうと。
それにしても小さい植物であるはずの彼らがそこまで理解が及んでいるのも不思議なことではあるが。
「それとこれあげるから、体きざまないでって」
「ピキピキピキ」
「ピーピーピー」
ゴラピーたちはがくがくと激しく頷いた。
師匠はふふと笑みを浮かべた。
「うひょひょ、ありがとうよ。万象の魔女たるあたしの名にかけてあんたたちの体は刻まないし、他の者にも刻ませないと誓おうじゃないか」
師匠は誓いの言葉を述べた。マメーもにっこりと笑ってゴラピーたちに声をかける。
「良かったね、ゴラピー」
「ピキー!」
「ピー!」
彼らはわあいと飛び上がった。
師匠はグラスを手に取ると椅子から立ち上がる。
「ではこいつはいただいていこう。ああそうだマメー。あたしゃ夕飯はいらないから勝手に食べときな。そいじゃね」
「あい、がんばってねししょー」
「ピキー」
「ピー」
マメーとゴラピーたちは師匠に向かって手を振った。
師匠は喜びに踊るような足取りで、グラスを掲げて部屋に戻っていった。
年老いてなお研究熱心な魔女である彼女にとって、新しい魔術の素材はいつだって大歓迎なのである。