第138話:いるよー、ここにひとりね!
「わあっ、ししょー!」
師匠は宙にふわりと浮いて、滑るようにマメーたちのところに近づいてくる。そしてマメーたちの前に音もなく降り立った。
マメーはさっと頭を両手で隠す。この前、杖でぽかりとやられたのを思い出したのだ。
「なに、ししょー、マメーなにもしてないよ!」
師匠はマメーをじっと見つめ、足元のゴラピーたちを見つめる。
「ピキー?」
「ピー?」
「ピュー?」
マメーの真似をしているのか頭を隠す彼らだが、その頭に咲く花は隠しようもない。
師匠は顎をくいっと上げながら、薬草園を見るよう促した。
多くの薬草の花が咲いている。夏のこの時期だけではなく、秋咲きのものまで咲いているのが見てとれた。
師匠はため息を一つ。
「別に怒りゃしないがね。何もしちゃいないってのは無理があるだろうよ。効果としては〈豊穣〉〈繁茂〉〈開花〉あたりかねえ。んで、何をしたのさね」
「申し訳ありません」
マメーが何か言う前に、ランセイルが頭を下げた。
「あんた、マメーに何をそそのかした?」
この現象を引き起こしたのがマメーなのは、説明されるまでもなく明らかだ。ただ、その原因がランセイルにあるというのは十分考えられる話でもある。
マメーは今までこういう事態を引き起こしたことはないのだから。
「歌唱や舞踏の魔術への親和性について話していたのです。その直後に魔力を歌に込められてしまい……」
「ふん!」
師匠の杖が突き上げられ、ランセイルの額を叩いた。
「いたーい!」
思わずマメーが叫んだ。
ランセイルはぐらり、と後ろに仰け反り、身を戻した。
「……申し訳ありません、グラニッピナ師よ。不才が軽率でした」
と再び頭を下げる。師匠は言う。
「魔女ってのはね、感情で魔術を放てるんだ。魔術師みたいに理論だけの頭でっかちじゃあない」
「はい」
「才能の星の数が多いほどその傾向は強くなるのさ」
魔術師は基本的に二つ星までの才能の者である。三つ星以上の才があると知れると、魔女が弟子として勧誘に来るためだ。
「あたしみたいな三つ星はまだ理性寄りだよ。だが四つ星以上となると話は変わる。心の動きがそのまま魔術になりかねないんだ」
「肝に銘じておきます」
師匠はマメーの手を取った。
「マメー」
「あい」
「歌ったって踊ったっていいのさ。あたしゃ歌魔法は得意じゃないからね、教えることはできんが、興味あるなら得意な魔女を紹介だってできる」
「んー……、ししょーがおしえてくれるんじゃなきゃいい」
「そうかい、それなら約束しな。歌や踊りに願いを込めるなら、しっかり範囲と効果を限定するんだ」
マメーはうーんと首を傾げた。
「いまとくになにかおねがいしなかったよ?」
「願いとまでいわなくても、もっとふわっとしたことさ、歌いながらなんかは考えたろ」
「……みんなたのしいといいなって」
師匠は思わず舌打ちをしそうになる。これが五つ星だよ、そんな曖昧な願いでこれか、と思ったのだ。だがマメーに罪がある訳じゃあない。師匠はマメーの緑の髪をやさしく撫でた。
「そりゃそうだ、楽しい方がいい。限定ってのは、みんなじゃなくてゴラピーたちが楽しいといいとか、そういうの考えろってことさね」
ゴラピーたちがピキピーピューと鳴きながら、わあいと跳ねる。マメーは「わかった」と頷いた。
「さて……」
そう呟きながら師匠は薬草園に向かう。
「ほれ、花が咲いちまったんだし、とっとと薬草の収穫と剪定をしないとね。あたしもやるから、ランセイル、あんたも手伝うんだ。やり方はマメーに聞きな」
「はーい!」
「承知いたしました」
師匠は薬草園に向かい、マメーたちが着いていく。ゴラピーたちも今日は実を探さず、薬草園についてきた。
「……グラニッピナ師」
「なにさね」
マメーからハサミと籠を受け取り、ランセイルは先に作業を始めている師匠に尋ねる。
「師は五つ星の才を有する魔女と親しいのでしょうか」
げほげほと師匠は咳き込んだ。
「……どうだかね」
惚けてはみたが、さっきのは失言であったと師匠も気づいたのだ。先ほどマメーに四つ星『以上』といってしまったのがそれだ。
五つ星とは、秘儀の神々の筆頭である"世界"がそうであるのが確実とされているくらいで、他に存在しているのかすら怪しいと言われているものなのだ。
だが、四つ星以上と言ったからには、師匠は五つ星を知っているということになる。
師匠は、杖にもたれかかるようにして、はぁとため息をついた。
「ま、五つ星と会ってることについては否定しないよ。だがそれ以上の言及はなしだ」
「畏まりました」
無論、誰がそうであるなどおいそれと言えるものではあるまい。だが五つ星が実在するということを知れただけでも、魔術師たるランセイルにとっては極めて満足のいく会話であった。
もっとも、ランセイルの背後ではマメーがぴょんぴょんと手を挙げていて、彼が振り返る前にゴラピーたちに、しーっ、と止められていたのだった。








