第135話:ブリギットししょーがおてがみとどけた。
ブリギットの取り出した長い杖は、形状としてはグラニッピナのものによく似ている。たが、その先端の石はグラニッピナのそれが虹色であるのに対し、彼女の二つ名である蒼天と大海を示すように真っ青であった。
膨大な魔力がそこには既に込められている。
ブリギットは笑みを浮かべた。
「ノックは何回が作法かしら?」
「……え? えっと、時代や階級、地域によって違うのでは。四回を二度というのがありましたが」
ウニーは突然問われて思わず、最近読んだマナーの本に書かれたあったことを答えた。とある王国での貴族階級の作法である。
ブリギットは唇をぺろりと舐めた。
「四回を二度ね……なかなか言ってくれるわね」
「え、ええっ? ちょっとなんの話ですか?」
ウニーは非常に嫌な予感を覚えて、その身をぶるりと震わせた。
いや違う、これは実際に気温が急激に下がっているのか。空はにわかにかき曇り、ウニーたちの頭上は、砦の周囲は暗雲に覆われた。
「魔術の四倍掛けを連打、でいいわね」
ブリギットの周囲には水で描かれた魔法陣が浮かび上がる。直径2mほどの円が八枚。複雑な紋様とルーン文字の描かれたそれらは膨大な魔力を帯びて蒼く輝いており、ブリギットの左右に四枚重ねが二つへと分かれる。
「おやめ!」
砦から慌てたような女性の声が響いた。とうてい声の届くような距離ではない。〈拡声〉の魔術を使用したのだろう。
一方のブリギットは声を遠方に届ける魔術を使用した。
「もう遅いわ!」
「その声……ブリギットね!」
「ご機嫌よう、協会長。達人階梯魔女、ブリギットより魔女協会に挨拶を」
話す相手は魔女協会の砦の中にいる、協会長である。彼女は問うた。
「ちょっと何をする気?」
「〈凍つく墜天の息吹〉よ!」
「嘘でしょ!?」
「嘘でしょ!?」
協会長とウニーの言葉が重なった。そして続く言葉はごうごうと唸る大気の音に掻き消された。雲の中の氷粒子が激しく乱れ、暗雲は雷の光を纏う。
そしてその魔術の名、墜天の名の通りに空が落ちてくる。暗雲が低く垂れ込め、そこから冷たい風が落ちてくるのだ。
〈凍てつく墜天の息吹〉とはダウンバースト、激しい下降気流を発生させる魔術である。それも特にマイクロバーストと呼ばれるものだ。
マイクロとあるが、弱いわけではない。逆である。限定的な狭い範囲に集中して風が落ちてくることを示し、範囲が狭い分、風速やその破壊力は跳ね上がるのである。
「ひぇっ」
きぃん、と耳鳴りがする。ウニーは固唾を飲んだ。
冷たい空気の塊が、頭上から砦に落ちていくのが、その温度差による歪みとして視認できるのだ。魅入られるようにしてその大規模な魔術を見つめることしかできない。
そしてそれは砦にあたった。下降気流は地面にそって四方八方に広がっていく爆発的な風へと変化する。砦の城壁は膨らむように歪み、轟音と共に内から外に爆発するように倒れた。
積まれていた石が、地面の草木ごと吹き飛んでいく。
「きゃーーー!」
剛風で箒が吹き飛ばされる。だがその中にあっても、ブリギットは目を爛々と輝かせ、錐揉みしながらも杖を砦に向けて振り下ろした。
ウニーの耳には何も聞こえなかったが、ブリギットの唇が「もう一発!」と動いたのは分かった。
そして再び天は堕ち、塔は耐えきれずに折れて砦は崩れ去ったのだった。
「あははははは!」
それから数十分後。風が落ち着いた。ブリギットは機嫌良さそうに高笑いを続けている。
砦のあったところは砂埃がひどかったが、それが一瞬でかき消えた。誰かが広範囲の大気に〈浄化〉の魔術をかけたのだろう。
今や瓦礫の山となった砦の上に、数人のローブ姿の人影が見えた。ブリギットはすっとそちらに箒を滑らせる。そして一人の紫のローブを纏う魔女の前に降り立った。
「あたしのノックは気に入って貰えたかしら、協会長」
ウニーもぴょんと箒から降りると、ぺこりと頭を下げた。
「お、お久しぶりです。新参者階梯のウニーです!」
紫の魔女は、はぁ、と大きなため息をついた。ブリギットより歳上で、グラニッピナよりは若く見える魔女である。もちろん魔女の外見から年齢など推しはかることはできないのだが。
「協会長のカンディラだよ。協会へのご足労、歓迎したいとこだが突然応接室が吹っ飛んじまってねぇ」
「あらまあ」
「あらまあじゃねぇのよ……どうすんのよこれ」
ブリギットは軽く首を傾げた。
「協会の重要拠点は地下でしょ、地上なんて飾りにすぎないわ」
「その飾りだって直すの大変なのは分かるわよね? それに誰か死んだらどうするのよ」
あはははは、とブリギットは楽しそうに笑う。
「これで死ぬような間抜けは協会本部職員にいらないわ」
はぁ、とため息が返る。
「んで、突然の暴挙の理由は?」
協会長は砦一つ吹き飛ばされたにしては落ち着いたものだとウニーは思った。
魔女たちは皆、強大すぎる力を有した社会不適合者である。そして彼女たちの魔力は理論ではなく感情に導かれるのだ。
なんなら、この砦が吹き飛ばされるのも『よくあること』なのかもしれなかった。
「はい」
ブリギットは手紙を渡す。
「なに」
「その暴挙の理由。手紙はうちの姉弟子から。今すぐ読んで返事ちょうだい」
再びため息が返る。
「返事書く机がないんだけどねぇ」
ξ˚⊿˚)ξカタストロフではモブや建造物は壊せるけどキャストは殺せない。分かる人はこれで分かるね?








