第134話:ブリギットししょーにおてがみついた
下弦の月が輝く夜である。一羽のふくろうが羽を広げて滑るように空を飛ぶ。それは森から平原、街へと飛び、一軒の宿の屋根に止まった。
「ホゥ」
短く鳴くと、窓の一つへと飛び移り、窓の板をこつこつとクチバシで叩く。
こつこつ、こつこつ、と何度か叩いていると、窓が内側から開かれた。
夜着姿の女性、ブリギットであった。
「あら、こんな夜更けにお客様だわ」
「どうしたんですか? 師匠」
ウニーの周りには黒い球体がいくつかふよふよと浮いていた。魔術で小さな闇を作り、複数同時にコントロールする訓練である。
闇属性魔術はどうしても夜に親和性がある。夜更けまで魔術の練習をして、午前中は遅くまで寝ていることが最近のウニーには多いのであった。
「グラニッピナお婆ちゃんのとこのフクロウね」
フクロウの足首にはめられた足輪で虹色の石がきらりと光る。万象の魔女グラニッピナを示す虹色の石で、彼女の杖にも使われているものだ。
グラニッピナの使い魔はだいたいあの森の中で自由にしているのでこのような印をつけていないが、このフクロウは森の外で動くために魔女の間で誰の使い魔か分かるものを身につけているのだった。
「ホー」
フクロウはその足輪をちょいちょいと振るような仕草を見せる。すると何もないところから手紙がばさばさと現れた。二通あるようだ。
「はい、お勤めご苦労様」
このフクロウはグラニッピナのメッセンジャーでもある。ブリギットのことももちろん知っているので、彼女がフクロウの頭に手をやれば大人しく撫でられていた。
ぱたぱたと軽い足音が近づいてくる。
「グラニッピナ師匠がどうされましたか?」
ウニーは手紙の中身が気になるようだ。ブリギットは、はい、とフクロウをウニーに手渡すとそのうちの一つの手紙の封を破った。
ウニーがベッドに腰掛けてベッドの枠にとまったフクロウの頭を撫でる。さらさらもふもふで気持ちが良い。そうしてしばし待つと、ブリギットの表情が一瞬険しくなり、そして笑みを浮かべた。
「へぇ……」
あ、かなり怒ってるなとウニーは思った。師匠は怒っている時に笑みを浮かべるのである。
「手紙にはなんと?」
「魔女協会がマメーのとこのゴラピーたちを新種登録してなかったのよ」
ふむ、とウニーは考える。まあ、あんなものどう見ても新種以外のなにものでもないが……。
「協会の職員が確認に行かなかったんですか?」
「そうね、魔女協会のかなり重要な仕事のはずなんだけど、それをサボってたわけ」
「なるほど……」
「それも影響して、マメーが神殿に聖女としてマークされたみたいね」
「あー……」
ウニーにとって不思議というほどでもなかった。なんと言っても伝説にのみ語られる五つ星の才能だ。どの組織や国家だって欲しがるに決まっている。
それも植物、彼女がいれば豊作は約束されているようなものである。
「でもそれは、グラニッピナ師匠も分かってることじゃないんですか?」
「そうよ。でも、マメーちゃんまだちっちゃいじゃない」
ブリギットは親指と人差し指でつまむような仕草を見せる。そんな小さいわけではないが、彼女がまだ八歳であるというのは事実であった。世に知られるにしても少しでも遅く、魔女として成長している方が良いというのもまたマメーの師匠としての想いであったのだろう。
ウニーは頷く。
だが、あの子がそんな枠に収まるわけないじゃない! とウニーなどは思ってしまうのだが。普通の魔女はぽんと使い魔を作り出したり、さらにそれを人に預けるような真似はしないのである。
「それと、協会に報告や要望の手紙送ってるんだけど、それも最近ろくに返事が来ないみたいね」
ブリギットは未開封の方の手紙をひらひらと振った。
魔女は身内を大切にする。ブリギットにとっては姉弟子のグラニッピナとその弟子のマメーが蔑ろにされているのは怒るべきことなのである。
「で、あたしにこれを協会へ直接届けてくるようにって言ってきたの」
「なるほど」
ウニーはフクロウを撫でながら答える。グラニッピナ師匠はこのフクロウで協会に報告を送っていたのだろうが、向こうからの返事を持ってはこないのだろう。
「だから明日は移動よ。今日は終わりにして早く寝なさい」
「うへぇ……はーい、おやすみなさい」
師匠の箒は荒いのである。ちゃんと寝ておかないと辛いのだ。
ウニーはフクロウから手を離しておやすみの挨拶をすると、ぱたぱたと洗面台に向かった。
さて、翌日である。
フクロウはもう帰っている。朝早くに箒をすっ飛ばして彼女たちは魔女協会の本部の上空にいた。
ウニーの眼下には石造りの塔のある古い砦のような建造物がぽつんと平原に立っているのが見える。
不自然な光景ではある。砦は立派なのに、ただ砦だけがあり、周囲に街道や町がないのだ。つまり、これは魔女たちの隠れ家のようなものであることを示していた。
「着きましたか……」
「ええ」
ウニーが息も絶え絶えに言った。普段ならここから地面に急降下するのだが、ブリギットにはそのそぶりがない。砦の上空で緩やかに旋回するブリギットに向けてウニーは尋ねる。
「……師匠、何を考えています?」
ブリギットは虚空より長い杖を出して、眼下の砦に向けて構えた。
「そうね。ノックの方法を考えていたわ」
膨大な魔力がブリギットから溢れ、空が唸りをあげた。








