第133話:ししょーにちゃんとめーわくかけられるくらいがんばります!
ランセイルもううむ、と唸って頭を下げた。
「神殿も思ったより動きが早い。連絡が遅れたこと謝罪します」
師匠はひらひらと手を振った。
「別に構いはしないよ。ばばあは弟子を聖女として召し上げられるのを断った、それだけの話さ」
「しかし彼らが一度で諦めますか?」
「無論、また来るだろうね」
ランセイルは〈虚空庫〉からサポロニアン王家の印が捺された書状を取り出し、それを師匠に差し出した。
「陛下より、書状を預かっております。内容は神殿に干渉は無用であると告げるものです。必要なら不才も滞在し、神殿に抗議しろと」
神殿は王家とは独立した組織である。王とて彼らに命じることはできないのだ。サポロニアン王国内ではともかく、国際的に見れば神殿の方が立場が上とも言える。
マメーは椅子の上でぴょんと跳ねた。
「ランセイルとルイス、おうちにいるの!?」
「お許しいただけるなら」
「先も言いましたが私はランセイルを送りに来ただけなのですよ。王都に戻って報告もせねばなりませんし、騎士団の仕事もあります」
遠方との連絡には時間も手間もかかるのである。
師匠としては別にランセイルに滞在してもらう必要は特にない。だが、ランセイルの顔が期待に輝いているのを見て、師匠はため息をふうとついて言った。
「まあ構わんさね」
「ありがとうございます、心より感謝を」
マメーにとってはランセイルもお友達である。やったあと手を叩き合った。
「ま、それはそれとしてマメーよ」
「あい」
「あんたが王女さまにゴラピーをやったろう?」
「あい、ルナちゃんにゴラピーあげた」
「そのせいでこうなってるのは分かるさね?」
マメーはルナ王女の魔力を制御するためにゴラピーを彼女に与えたのだ。当然ながらそれがなければ聖女などと言われるような面倒は起きなかった。
「ん、せーじょこーほなんていわれることはなかったってこと?」
「そうさね。まあ今回の件の理由には魔女協会がゴラピーの新種登録をサボっていたからって別の理由もある。でもね、そもそもはマメーがゴラピーをあげたからだよ。いいかい、過ぎた力を見せりゃ、それは注目を集めることに繋がるのさ。良い意味でも悪い意味でもね」
むう、とマメーは唸った。
師匠はすごい魔女だしすごい薬を作る。たぶんめっちゃお金も持ってる。それでももっと稼ごうと思えばいくらでも稼げる筈なのだ。それがこうして森の奥でひっそり住んで、お客さんがあまり来られないようにしているというのはマメーにも分かるのだ。
「ルナちゃんにゴラピーあげないほうがよかったってししょーはおもう?」
「ピキー……?」
「ピー……?」
「ピュー……?」
マメーがしょんもりして尋ねれば、卓上のゴラピーたちもしょぼくれた様子だ。そもそも役に立つかもと、マメーにマンドラゴラの苗を王都に持って行かせたのはゴラピーたちの仕業である。
師匠は笑みを浮かべて言った。
「いや? 魔女ってのは自由なものさ。マメーとゴラピーがあげたいと思うならあげりゃいいんだ。逆にあげたくないのによこせって言われりゃあげる必要なんざない」
「んー……?」
マメーは首を傾げる。言っていることが逆に感じたからだ。
「あたしが言いたいのはね。あんたが何をやったっていいんだけど、そういうのをちゃんと予想して、知った上でやれってことだよ」
「でも、その……めんどーがおきたり、ししょーにめーわくかける?」
はん、と師匠は鼻で笑う。〈騒霊〉の魔術でマメーの鼻をつまんだ。マメーの鼻が不可視の手により不自然に引っ張られる。
「むー! むー!」
「あたしの心配をしようなんざ百年早いさね。前も言ったろう。地形を変えたり町を一つ滅ぼすくらいしてやっと迷惑かけたって言うんだ」
ブリギットは徒弟だった時に魔法で山一つ吹き飛ばしたという話を前にしている。もちろんグラニッピナ自身だってなんならもっと酷いことして師匠やら魔女協会に迷惑かけているのだ。
マメーがふごふご言ってるのを見て、ゴラピーたちが師匠にてちてち寄ってきて、ピキピーピューと抗議する。
不可視の魔術でも誰の術なのかこいつらはちゃんと分かるんだねえ、と師匠は感心しつつ、マメーの鼻を離した。
ふごっ、とマメーが息をつく。師匠は言った。
「サポロニアン王国滅ぼしちゃった、てへっ。くらい言えるようになってごらん」
「ピキー!」
「がんばる、って。マメーもししょーにめーわくかけられるくらいがんばる」
赤いゴラピーがふんっとちっちゃな拳を掲げて鳴き、マメーがその言葉を訳す。
「それでいいさね」
冗談とわかっているとはいえ、ルイスが歯切れ悪く止める。
「あー、できればそれはやめてくださると……」
ランセイルと師匠は声を上げて笑う。それを見て、マメーも笑ったのだった。








