第131話:ランセイルとおえかきしてました!
「ふむ、まずは御身がご無事で何よりです」
「何か嫌なことされませんでしたか?」
ランセイルとルイスは口々にそう言った。
「ん、だいじょぶ」
「神殿の司祭はなんと?」
「えっとねー、おーとのせーどーが、せーじょこーほとしてしょーへーするって」
「サポロニアン聖堂が賢人殿を聖女候補として招聘すると。なるほど」
ランセイルは頷く。やはり予想、あるいは懸念していた通りのことが起きたようである。彼はマメーに続きを促した。
「いかなーいっていったら、しさいのひとたちがぷんぷんしたんだけど」
ルイスが笑みを浮かべる。神殿はこの世界において影響力の大きい組織であり、その司祭への物言いとしてはあまりにも不適切だ。だがそれが、彼女らしくて面白い。
「そしたらししょーが『ひれふせー』っていったのね。みんなたおれて、んでかえってっちゃった」
「おお……さすが万象の魔女殿だ……」
ランセイルが感嘆と困惑の混じったため息をつき、ルイスは声に出して笑った。
ゴラピーたちがピキピーピューと口々にマメーに話しかける。
「ねー、ししょーのまりょくびっくりしたねー」
どうやら魔力で威圧をかけた様子である。そして司祭が一人で来るわけはないから、神殿騎士と共に追い返したと。
傷つけたわけではなさそうなので、完全な敵対を示してはいないが、それでも司祭を追い返したとなると政治的には難しいところである。魔女は現世の権力に縛られない存在であるとはいえだ。
少なくとも、追い返されたからはいそうですか、と物分かりの良い組織ではない。彼らも面子にかけてまた来るだろう。それが交渉ならまだ良い。問題は武力で言うことを聞かせようとしたときである。
魔術師であるランセイルから見て、かの万象の魔女グラニッピナが神殿騎士団の部隊如きに負けるとは到底思えない。だが、勝ってしまうのも問題なのだ。
「ルイス」
「うむ」
ランセイルはルイスと目配せをする。事前に話をしていたこともあり、友でもある。わざわざ口に出さなくとも意思は通る。
「マメー、グラニッピナ殿のお仕事が終わるの待っていてもいいかな?」
「いいよー」
「じゃあオースチンを繋がせてもらうね」
グリフィンのオースチンは頭を下げてゴラピーたちを覗き込んでいた。赤いのがぺちぺちとオースチンのクチバシを叩いている。
「行くぞ」
ルイスがそう声をかければ、オースチンは頭をあげ、ぶるりと身を震わせた。
「ピキー」
じゃーねーとゴラピーたちがオースチンに手を振った。
「幼き賢人よ」
「あい」
「植物系以外では〈光〉が初めてかね?」
ランセイルの質問に、マメーはぷるぷると首を横に振った。
「〈みずたんち〉とー」
「ピュー!」
「〈はっか〉はおぼえたよ」
「ピキー!」
マメーの言葉に青いのと赤いのがそれぞれ反応する。ランセイルにはその理由はわからないのだが。
「ほう、では〈光〉で植物以外に三属性目ですか」
「ん」
グリフィンを連れて行こうと去りかけたルイスが思わず足を止めて尋ねる。
「四属性も使えるというと結構凄いんじゃないのか?」
「無論素晴らしいことだ。凄さに関してはそうとも、そうでないとも言える」
ランセイルはそう答えた。
「ふむ?」
「お前にも分かりやすいように言うと、そうだな。武芸百般が最強の戦士であると思うか?」
「あー……状況に応じる力は武芸百般が非常に優れているが、闘技場で一対一の決闘であれば剣聖が勝つ、というやつか」
ランセイルは頷いた。剣も槍も斧も弓も、馬術にも体術にも優れるという人物がいるとして、それは剣のみをひたすら極めんとした人物に勝てるであろうか。戦場であればともかく、決闘であれば後者が勝つであろう。
剣というそれにのみ専心しているのだから。
「不才も万能系の才能ですから、師にはそれを忠告されたものです」
ランセイルはマメーにそう言った。
あらゆる属性に手を出せば器用貧乏になりかねないということである。魔女に魔術師の理論が通用するのかはわからないが。
「とりあえずはこのみっつまでかなー」
マメーはゴラピーたちの数を見てそう言った。
「良いところでしょうな」
ランセイルは、マメーがゴラピーを使って魔術を使うとは知らないが、その三属性の基礎が使えるというのは、こうした自然の中で暮らすのであれば良い選択であると考えた。つまり、火と水と光があれば日常の生活の中でも便利であるし、たとえ遭難するようなことがあっても生存できるのだ。
「今は魔術は使わないのですか?」
「ししょーにつえあずけてるからダメー」
魔術師の杖は極論、あってもなくても魔術は使える。ただ、魔術の制御や増幅などの効果があるものだ。初心者は杖なしでは魔術が使えないことも多い。
基本的には見習いは師匠の前でしか魔術の使用が許されないものである。それは危険であるからだ。マメーの場合はそれに加えて、勝手に魔術を使われると何が起きるかわからないというのが大きいが。
「ではお絵描きでもして待っていましょうか」
「うん!」
ランセイルとマメーは地面に魔法陣や魔術のシンボルとなる意匠を書いて時間を潰した。
そしてしばらくすると小屋の扉がばたんとあいて、声がかけられたのである。
「何してるんだい、入っておいで!」
師匠であった。








