第129話:よさそーなえだがおちてるとうれしいです!
ミウリーという神殿の司祭が森の庵にやってきて、そして師匠に追い返されてから数日が経った。
「ふんふんふーん」
「ピーキキー」
あれ以降、神殿からは連絡はない。それは当然のことで、王国の辺境にあるエベッツィーの村からさらに危険なこの森に踏み込んだところにある庵など、そうそう使者が送れるはずはないのだ。
この森が接する一帯は王国の辺境伯領であり、エベッツィー村はその辺境伯の血縁である男爵が支配している村である。
「ふーふふーん」
「ピピピー」
エベッツィー村にも小さな神殿があるが、準司祭、それも高齢のおじいちゃんが一人いるだけである。ミウリー司祭は辺境伯領都の神殿からここまで派遣されたのだ。彼らはやっとそこに戻れたか、まだ戻る旅の途中であろう。
空を長距離飛ぶことのできるグリフィンライダーや魔女といった存在の速度が異常なのであって、本来、旅というのは危険で、時間のかかるものなのである。
「ふふーん」
「ピュピュー」
マメーは庵の外で雑草をむしって、その上をてしてしと踏み固めていた。ゴラピーがいるようになってから、彼らが移動に引っかかるので、小径のまわりくらいはしっかりと整えるようにしているのである。
ゴラピーたちもちっちゃなあんよで、てちてち土を踏み固めていたが、効果があるのかは謎である。
今はそれもひと段落し、マメーは良さそうな枝を拾って、ご機嫌に鼻歌など歌いながら土の露出した地面に枝で何やら描き始めたのである。
ゴラピーたちは地面に寝転がって、ぽかぽか日光浴を始めていた。そしてマメーがごりごり地面に描いているのを見ながら、鼻歌に合わせて鳴いているのである。
「ふふーん……ん?」
「ピキ?」
「ピ?」
「ピュ?」
マメーとゴラピーは揃って空を見上げた。森の上をばっさばっさと羽ばたいて飛んでいる生き物がいるのだ。
それは遠くの空からこちらに向かってきているように見えた。
「ピキー!」
赤いのがぴょんと立ち上がって、手を振った。
「オースチンなの? ……おーい!」
マメーも手を振った。黄色いのと青いのも立ち上がって手を振る。
オースチンはルイスの乗るグリフィンの名前である。赤いのは彼から風切羽根を一枚貰っていたりと仲が良い様子だった。
少しするとグリフィンの上で鎧が陽光を反射してぴかりと光り、さらに近づけば向こうでも手を振っているのが見えるようになる。
「ルイスー! あ、ランセイルものってる!」
グリフィンの背には二人の人影があり、ルイスの後ろにはランセイルの黒髪も見えたのだ。
グリフィンは森の奥の空き地の上、師匠の家を中心にぐるりと一度旋回すると、森の小径の上に降り立った。
「うわぁ」
グリフィンの着地に土ぼこりが舞い、マメーは顔のあたりを服の袖で隠す。風圧でゴラピーたちがころころと転がった。
グリフィンの上でルイスが謝罪する。
「すいません、着地が近すぎました! おい、ランセイル降りてくれ」
ぐったりとしたランセイルがよろよろとグリフィンの背から降りて、小径の横の草の上にどさりと腰を下ろした。
「ランセイルだいじょーぶ?」
マメーにとってはよく見かける光景であった。ウニーがブリギットの箒から降りた時に良く見かける光景である。きっとグリフィンを飛ばしてきたのだろうとマメーは思ったし、実際その通りであった。
ルイスがオースチンの手綱をひきながらマメーのもとへ歩み寄る。
「ええ、大丈夫ですよ。こんにちは、マメー」
「ルイスこんにちはー」
「ピキー」
「ピー」
「ピュー」
マメーと、立ち上がってきたゴラピーたちが挨拶する。
「ピグルゥ」
「オースチンもこんにちはー」
オースチンが鳴いてくちばしをカチカチ鳴らしたので、マメーたちはオースチンにも挨拶を返した。
ルイスはマメーの様子を見て、周囲を一度見渡した。
「グラニッピナ師はいらっしゃいますか?」
「なかにいるよー、おしごとしてる。マメーはおしごとおわっちゃった」
薬草園の世話を終えたり勉強をしたということだろう。
「なるほど。おや、素敵な枝ですね」
ルイスはマメーの持つ枝を見て、わざとらしく驚いたように言った。
子供は枝とか好きなものである。彼だって子供の頃に良さげな枝があれば振り回し、騎士ごっこなどしていたのだ。マメーが握るにはちょうど良い長さと太さであるのはわかるのだった。
マメーは笑みを浮かべて枝を持ち上げる。
「ふふー、ルイスわかってるー」
「お絵描きですか?」
地面には丸や三角などの図形を組み合わせたものに、ボールのようなものを持った女の子らしき人型などが描かれている。
「んー、そだよー」
「お上手ですね」
「えへへー」
ルイスとマメーが話していると、ランセイルが立ち上がり、ふらふらとマメーたちに寄ってきた。
「……なにがお絵描きなものか」
「あ、ランセイルだ。げんきー?」
「おお、小さき賢人マメーよ。不才にご心配賜り感謝いたします」
ランセイルはルイスの肩に手を置いて、なんとか真っ直ぐ立った。
「新しき魔術の学習ですか」
「そだよー」
ランセイルの言葉をマメーが肯定したので、ルイスは驚いた。思わず落書きにしか見えない地面を指差して言う。
「これが!?」








