第128話:せーじょなんていわれましても
「ピキー!?」
「ピュー!?」
黄色いのが突然、師匠によって泥水の中に落とされて、赤いゴラピーと青いゴラピーがびっくり慌てて鳴き声をあげた。
「ししょーなにするの!」
マメーもぷりぷり怒る。
だが師匠は気にした様子もなく、ボウルの中の黄色いゴラピーに視線をやりながら言った。
「まあ見ててみなよ」
泥の中から黄色いのがぷはっと、頭を出した。頭上の花も身体も茶色く泥まみれである。
「ピー……」
ぬとぬとの泥の塊のようになった黄色いのは、どことなくしょぼくれた鳴き声をあげた。
「すまんね、上がっといで」
師匠がそう声をかけると、茶色い泥の塊はボウルのへりに寄り、うんしょと身体を持ち上げてべちゃりと卓の上に降りた。
「ピ」
ぷるぷるぷると身体を振れば、泥は飛沫となって卓上に落ち、黄色いのの足元に水溜りのように広がる。
泥を落とした黄色いのはてちてちとマメーの元に駆け寄った。
「ししょーひどいねー」
「ピピー」
ゴラピーは植物であるので、泥にはまったところでそれに対し特に何か思うわけではない。でもいきなりでびっくりしたよーというような意思が伝わってくる。
師匠は肩をすくめた。
「ほらね」
「なにがほらね、なの?」
師匠はゴラピーを指さした。
「なあマメー。泥ってのはこう簡単に落ちるようなもんじゃないだろ」
ゴラピーの身体はいつも通りの黄色でつやつやしていて、頭上の花だって泥ひとつ跳ねてなかった。小し花びらが集まって複雑に重なっているにのである。
マメーは黄色いゴラピーをじっと見た。ゴラピーはふりふりと手を振り返す。
そしてマメーは師匠の作った泥水の中に手を入れてみた。師匠が使った〈土作成〉の魔術はよほど粒子をきめ細やかにするようアレンジして使ったのか、まるで茶色いクリームのようである。
指をちょんと泥の中に入れてみると、妙なこそばゆさがある。
「うひぃ」
泥が指についた。ゴラピーのように指先をぷるぷると振れば、泥の雫は卓上に落ちるが、指は茶色のままである。もう一度ゴラピーを見れば、綺麗な黄色の身体をしている。
「ほんとだ!」
マメーはびっくりした。
「ゴラピーは外に出ちゃ、がさごそ草むらに突っ込んでるのに戻ってきても汚れたふうじゃあない。それに土の中で寝てるのに、朝見ても土のひとかけらすらついちゃいない。〈浄化〉の魔術が常時その身体に働いてるんじゃないかねと思ったのさ」
師匠は手を一振りすると〈浄化〉の魔術を使った。マメーの手と卓、ボウルについた泥がかき消える。
「なんでだろー?」
「多分だがね、あたしがマメーに清潔にしてろって言ってるだろ」
「うん」
こんな森の中に住んでいて、薬草園で畑いじりなどしているにしては師匠もマメーも着ているローブも清潔なものであり、一般の農民や狩人とは全く違う。
これは師匠が裕福な魔女であり、清潔さを保てるというのもあるが、調薬のために衛生観念を重視しているというのが大きい。
「だから、あんたもそういうのを無意識にゴラピーたちに求めたんだろ」
そーいえば、最初の頃、ゴラピーたちは汚れた様子がないなーと思ったことをマメーは思い出し、師匠にそれを伝えた。
師匠は頷く。
「な、だからあんたは浄化にも治癒にも適性があって、豊穣なら世界でも最高の素質がある。そりゃあ立派な聖女になれるとも」
マメーは眉をへにゃりと下げた。
「せーじょなんていわれましても……」
しょぼくれた様子に師匠はぷっと吹き出した。
「まあ、マメーあんたはあたしの弟子だが、将来何になったっていいんだよ。魔女だって聖女だっていいし、薬屋だって花屋だって構いはしないのさ」
「……ん」
本来は正式な魔女の見習い、新参者となってから職業を選択するようなことはあり得ない。これは職人の徒弟制度のようなものなのだから。だが、マメーはまだ八歳なのだ。もしマメーが魔女ではない道を歩みたいというなら、師匠は無理を通すつもりであるのもまた事実だった。
「もちろんあんたが立派な魔女になりたいってならそれはそれでいい」
「うん!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
マメーとゴラピーは力強く頷いた。
「別に神殿が何を言おうが断っちまえばいいのさ。大体それ言ったらあたしだって聖女になる資格があるんだからね」
師匠は万象の魔女なのだ。なんにでも通じているということは当然、浄化も治癒も豊穣もできるということなのだから。
マメーはきょとんとして言った。
「ししょーがせーじょ」
「ああ」
「せーじょししょー」
「そうだよ」
マメーはさっきやって来たミウリー司祭のように、白くてきらきらした飾りがついた法衣を着た師匠の姿を想像した。
マメーはけたけた笑い出す。
「あはははは、せーじょししょー! ししょーせーじょにあわない!」
いつも真っ黒のローブを身に纏う師匠は、ふん、と鼻で笑う。
まあ神殿での暮らしなぞ似合わないだろうねぇと自分でも分かっているのだった。








