第127話:ししょーがゴラピーをぼちゃんしました。
ルイスやウニーたちといった来客のない時の、マメーと師匠だけの昼食であれば簡単なものである。
パンにレタスなどの野菜と燻製肉のスライスを挟んだものと、作り置きのシチュー、今日はベリーの実が添えられている。ゴラピーが持ってくる魔力の実ではないが、単に季節の果物であり採取しやすいのである。
一般的な農村部の平民のような食事ではあるが、実のところ森の恵みは豊かだし、師匠は塩や香辛料をケチったりしないのでその味も素晴らしいのだ。
「あるかなのかみさま、きょうのごはんをありがとうございます!」
マメーはぱちんと両手を合わせてお祈りとした。
そしてパンにかぶりつく。
「おいしい!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
ゴラピーたちはわあいと喜びの声を上げると、用意されたボウルの水に身を浸した。
師匠ははいよ、と言葉を返し、シチューを口に運ぶ。そしておもむろに口を開いた。
「ま、その辺から話をしていこうか」
「ほほへんっへ?」
「食ってから話しな。別に聞いてりゃそれでいいが」
マメーはごくんとパンを飲み込んで改めて尋ねる。
「そのへんって?」
「お祈りの言葉さ。秘儀の神々よ、今日の糧に感謝しますってな」
「あるかなのかみさま!」
「そう、秘儀の神々は世界に魔術をもたらした神々だ。だから魔女や魔術師が信奉している」
「すごい!」
マメーはぱたぱたと足を動かした。
師匠はパンの端っこを齧り、飲み込んでから言葉を続ける。
「さっき来た神殿の司祭」
「ミウリーさん」
「ああ。あれは神殿のことをなんと言っていた?」
「えっとー、ばんぶつのちょーたる……なんとかをほーするしんでん?」
「万物の長たる偉大な神を奉ずる神殿な。一般に神殿と言われている組織の正式名称がそれさ」
マメーはううんと考えて身体が傾いていく。ゴラピーも水に浸かりながらマメーの方を見ているので、同じ方向に頭の花が傾いていく。
「んー……ちょーっていちばんってことよね」
「そうさね」
「あるかなのかみさまよりえらい?」
「と、彼らは言っている。魔女たちは、そんな神は存在しないと言っている」
師匠はにやりと笑みを浮かべた。
「しんでんのかみさまいないの?」
「分からんよ。いないこと、ってのは簡単に証明できないのさ」
マメーは再びううんと考える。
「そこにいないのか、すごくうまくかくれんぼしてるのかわからない?」
「そういうこったね。一方で秘儀の神々は実際にいる」
そもそも魔術の力の源たる魔素が世界に満ちているのは秘儀の神々の力によるものであるし、魔女協会にはその一柱たる“隠者”の神がおわすのであると、師匠は説明を続けた。
「ひょっとして、まじょとしんでんって、なかわるい?」
「神殿にもそういうの気にしない奴もいるさ。あたしだって別に気にしちゃいない。でもまあ、全体的にゃ良くはないさね」
先ほどの司祭の態度にもそれはあらわれていた。
ふーむ、とマメーは考えながら、パンをもぐもぐ食べた。おいしい!
今日の燻製肉は当たりだ。辛すぎず味が濃くて美味しい。マメーが顔をにこにこさせながらパンを食べていると師匠が尋ねた。
「あんたから何か聞きたいことはあるかい」
「さっき、せーじょこーほっていわれた」
「ああ」
「せーじょってなぁに?」
師匠はパンを齧り、シチューを空にしてから話し出す。
「神殿が保護するある種の魔法使いが聖人と言われる。その中で女性を特に聖女って言ってるだけさね」
「マメーまじょみならいだけど、せーじょこーほなの?」
「まあ、あんたなら歴代でも有数の聖女になれるだろうねぇ」
「ふーん?」
首を傾げるマメーに向けて師匠は指を三本立てた。
「聖女と言われる魔法使いは三種類の魔術の一つ以上に長けている必要がある。それが浄化、治癒、豊穣さ」
「ほーじょう!」
マメーは大きな声を出した。ゴラピーたちが水中でピッとマメーの方を向き、ざぶざぶと水から上がってきた。豊穣、つまり植物育成の魔術は、マンドラゴラであるゴラピーたちにとって気になるところであろう。
「そう、農作物を豊かに育てられるのが豊穣の聖女ってやつさ。植物系五つ星のマメーならそれになれそうってのはわかるだろ」
「ほーじょうのせいじょマメー。ふーん」
「聖女になるかい?」
師匠の言葉にマメーはばんばんと卓を叩いた。
「マメーりっぱなまじょになるの!」
師匠は肩をすくめる。
「ま、それでも構わんさ。だが、マメーにゃ治癒だって適性はあるだろ」
「ゴラピーなおしたこと?」
青いゴラピーが死にかけた時、〈植物再生〉の魔術を使ったのはマメーである。植物系の魔術ではあるが、治癒系の才能もなければ使えないだろう。
師匠は頷く。
「そうさ。それに浄化だって適性あるだろうね」
「んー……? 使ったことないよ?」
浄化は基礎であれば清掃や洗濯のように汚れを落とす魔術だが、長ずれば呪いや瘴気を払うことができるものだ。マメーは教わったことも使ったこともない。
師匠はゴラピーを見下ろして尋ねる。
「食事は終わったかい?」
「ピキ」
「ピ」
「ピュー」
ゴラピーたちは師匠を見上げて頷いた。
「〈土作成〉」
師匠はゴラピーたちが浸かっていたボウルの上に手を伸ばすと、指先から土を生みだした。
土がボウルの水と混じり、茶色い泥がボウルに溜まっていく。
「……ししょーなにしてんの?」
マメーが尋ねる。
師匠はそれに答えず、手近にいた黄色いゴラピーを摘み上げると、ボウルの中に落とした。
「ピーッ!?」
ぼちゃん。








