第123話:てんかー!
それから何事もなく一週間ほどが経った。
マメーはいつも通り、魔術の勉強をして薬草園の世話を行っている。もちろんゴラピーたちと一緒に。
「そーいえばししょー」
マメーはいつもの椅子に座って、ふんふんと魔導書を読みながら、ふと尋ねた。勉強中である。
マメーの向かいでは師匠は何やら書き物をしている。部屋にはかりかりと羽ペンが羊皮紙を滑る音が響いていた。
「何さね」
師匠は手を止めることもなく答える。
「ししょーさ、まえに『あんたにゃまじょにしかあつかえない、きけんできちょーなしょくぶちゅをあつかってもらうよー』っていってたじゃない」
「言ったね」
それはゴラピーを得た時のこと、最初にマンドラゴラの苗を与えられた時のことだった。
「でもさ、あつかってないよ?」
つまり、あれからそれなりに時間が経ったが、マンドラゴラ以外のそういう魔法植物に触れていないとマメーは言いたいのだ。
マメーはこてんと首を傾げた。師匠は羽ペンをペン立てに置き、顔を上げる。
「そりゃあたしだって扱わせるつもりだったがね」
師匠の視線が卓上でころころと転がっているゴラピーたちを追う。追いかけっこをしたり、マメーの本を覗き込んだり、寝転がったりと自由なものである。
「ピ?」
黄色いのと視線が合ったので師匠はそれを摘み上げる。
「家にゃ本当に貴重な植物もあるんだがね。それをこんな面白生き物に変えられちゃ困るんだよ」
「おもしろいきものだって!」
マメーはあははと笑った。
マンドラゴラはその薬効が高く非常に有用な魔法植物ではあるし、抜くときの危険性から高額で取引される。だが、希少ではない。金で買える程度のものである。だからゴラピーになっても問題ないのだ。
だが、例えば師匠の薬草園や〈虚空庫〉には三千年に一度しか咲かないという花なんかもある。それを勝手に動く変な生き物にされるわけにはいかないのだ。
「それより覚えたかね?」
師匠は、マメーが勉強とは無関係な話をしだすのは、やれと言われたことを終えたからだと知っている。実際、マメーはうんと頷いてみせた。
師匠は広がっていた紙をしまった。マメーも魔導書を閉じて、隣の椅子の上に置き、卓の上を片付ける。
「はいよ」
師匠は魔女見習いの杖をマメーに渡し、卓の上にゴトリ、と重いものを置いた。
銀の燭台である。僅かに黒く変色したそれに、真っ白なろうそくを一本立てる。
「ピキ〜?」
「ピュ〜?」
この家の照明はランプか魔法の光であって、あまりろうそくを使うことはない。なんだこれと赤と青のゴラピーが寄ってきてぺたぺた触り始めた。
「サポロニアンの城にゃいくつもあっただろうに。ただのろうそくさね。ほれ、おどき」
ゴラピーたちがふーんと頷き、てちてちマメーの元へと戻っていく。
「今日は〈点火〉の魔術さね」
前回は水属性の魔術の基礎である〈水探知〉を指導した。本当は〈水作成〉までは一気にやりたかったのだが、探知の魔術を使った時に青のゴラピーが探知しだすという謎の事態が発生したので、急遽、火属性を試すことにしたのである。
「あい」
「火は危ないから勝手に使うんじゃないよ」
「あい」
マメーは真剣な顔でこくこくと頷く。師匠は右の人差し指を一本立てた。
「〈点火〉」
魔力を伴った言葉と共に、師匠の指先がオレンジ色に染まり、僅かに陽炎にゆらめく。燃えて熱を放っているのだ。
「ししょーあちくないの?」
「燃えているのは魔力だからね、熱くはない。だが、もちろんずっとこのままにしてりゃ、熱が伝わって火傷しちまうよ」
師匠はその指でろうそくの芯に触れると、すぐに火は燃え移り、ぱっと明るく光を放つ。師匠は指を離した。
「まあ、あんたの場合、火がつくのはその杖の先になるはずさ。火傷の心配もない。……本来ならね」
「ん」
〈点火〉の魔術は杖の先か指先などから僅かな火と熱を放ち、ろうそくや火口に火をつける魔術である。金属を溶かしたり、攻撃に使えるようなものではない。
師匠はふっと息を吹きかけてろうそくの火を消すと、燭台ごとマメーの前へと押し出した。
「やってみな」
マメーはゴラピーたちを危ないよと遠ざけると、杖を構えた。そして高らかに詠唱する。
「〈てんかー〉!」
詠唱に問題はなく、魔力は過不足なく放出されていると師匠は確認した。
「ピィッ!?」
「ピューッ!?」
黄色いのと青いのが慌てて卓上に転がった。
「ピキー!」
赤いゴラピーは立ち上がり、元気よく鳴き声を上げた。
ゴラピーの頭上の葉っぱが赤く燃えていた。
師匠はぴしゃりと額を叩く。
「やっぱりな!」
「わあ……ゴラピー、熱くないの?」
マメーが杖を下ろして問う。
「ピキー!」
赤いゴラピーは腕を突き出し、ちっちゃな指を立てるようなポーズでマメーに無事をアピールすると、てちてちと燭台に向けて歩いて行って、燃えている頭上の葉っぱでぺちぺちとろうそくの芯を叩いた。
ろうそくは明々と光を放ち、ゴラピーの葉っぱからは火が消える。
「できた!」
「ピキー!」
マメーと赤いゴラピーは師匠に宣言した。








