第120話:みずたんちー!
マメーはごくんとクッキーを飲み込んでからもう一度答えた。
「みずぞくせい!」
「そうさね、今日あたしは魔導書から水属性の魔術の箇所を読んどくようにと言った」
師匠は頷いた。彼女は森に採取に出かける前、そこを読んで覚えておくようマメーに指示を出していたのだ。こくこくとマメーは頷く。
「よんだよ」
「うむ、何か質問はあるかい」
「はい!」
マメーはぴっと右手をあげた。
「何さね」
「ししょーはまえに、マメーにはしょくぶちゅけいからおしえるっていってたけど、そんなにおそわってないのにみずぞくせいだった!」
「まあそうさね」
ふーむ、と師匠は唸る。実際、マメーには植物系の基礎である〈繁茂〉の魔術を指導したが、それ以外をまともに教えてはいない。もちろんブリギットやウニーが滞在していたり、ルナ王女の角を治すためにサポロニアンの王宮に行ったりとそこまで魔術の学習に集中できなかったという理由もあるが。
「マメーあんたにゃあね、正直あまり植物系を教える必要はないんじゃないかと思ってきている」
マメーは、んー? と首を傾げた。ゴラピーたちもピー? と首を傾げる。
「どうしてー?」
「そりゃあマメー、あんた植物系の魔術なら教えてなくても使えるじゃあないか。青いのが死にかけた時にゃ〈植物再生〉を勝手に使っただろう?」
〈植物再生〉は〈植物治癒〉の上位術式である。当然、師匠はまだマメーにそんなもの教えてはいなかったが使えてしまったのだ。それ以外にもサポロニアンの王城の庭園では、〈植物鑑定〉と〈植物会話〉の魔術を使っていた。
それが星五つの才能というものなのだろう。
「もちろん植物系にはどんな魔術があるかは知らなきゃならん。知識は力だ。だが、一つ一つ魔術を指導する必要はないんじゃないかねえ」
「そっかー」
「多分だが、あんたは植物系なら複合魔術でもなきゃ自分で勝手に使えると思うよ」
「ふくごーまじゅちゅ。えっとー……」
複数の魔術を掛け合わせて、特別な効果を与えたり、魔術を強化することだ。
前者は例えば〈眠りの茨〉、棘の刺さった者を眠らせる効果のある薔薇を生み出す魔術であり、精神系魔術である〈昏睡〉との複合である。
後者は例えばブリギットのオリジナル魔術である〈遥かなる蒼天の向こうへ〉、これは〈箒飛行〉の魔術に〈加速〉や〈空気抵抗低減〉などの魔術を組み合わせて誰にも追いつけない高速飛行を可能としているのである。
師匠はそのようなことを説明した。
「複合魔術には他の属性も必要になるさね。あんたは準特化型だから植物以外の魔術は不得手だろうけど……」
「マメーもブリギットししょーみたいに、マメーのまじゅちゅつくるからがんばる!」
「それでいいさ」
オリジナルの魔術を作ると言っているのである。それは極めて高度なことだ。
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュ!」
三色のゴラピーたちがマメーに頑張ってと応援を送り、マメーはえへへと笑った。
まあ、そもそもゴラピーを生み出すというのが誰にも不可能なオリジナルの極みのようなものであるが、マメーのやる気に水を差すこともない。師匠は単に頑張んなと言うにとどめた。
「複合魔術覚えるにゃ、他の属性の魔術も使えるようにならにゃいかん」
「うん」
「とりあえず、植物系ならまず使えるようになっときたいのは水属性だろってことだ」
植物の育成にはどうやっても水が必須であるということだ。植物の育成を祝福する魔術師や聖女というのが存在するが、渇水の時に雨乞いの儀式などできれば術者としての価値は跳ね上がる。
「しょくぶちゅにおみずだいじ」
「ピキ」
「ピ」
「ピュ」
マメーがそう言えば、ゴラピーたちもうんうんと頷きながら同意の鳴き声をあげた。
「ま、そういうわけであんたにゃ水に魔力を通す訓練をさせていた。最初は難しそうにしてたが慣れてきたろ?」
「あい」
「だから次は水属性の基本の魔術だ。本には最初に覚えなきゃならないのはどういうのだって書いてあった?」
「えっと、まずはみずがどこにあるのかさがすのと、みずをきれーにするまじゅちゅ。これをおぼえると、つぎにみずがつくれるまじゅちゅ」
「そう、〈水探知〉と〈水浄化〉さね。それができりゃ〈水作成〉で、ここまでが水属性の基本さ。だからまずやるのは〈水探知〉ってことだ」
〈水探知〉、水を探すというその名の通り、見えない場所にある水がどこにあるかわかる魔術である。普通に暮らす分には特に役立つようなものではないかもしれないが、熟達すれば地下の水脈を探して正確な場所に井戸を掘らせるようなこともできる魔術だ。
師匠はぐいっとカップの紅茶を飲み干すと、そこに新しく水をそそぎ、卓の上に三つの空箱を並べて置いた。
「今からこの箱のどれかにカップに入った水を隠す。〈水探知〉の魔術を使って10回連続で当ててみな。そうすりゃ覚えたっていえるだろうね」
「わかった!」
マメーは顔を手で隠してくるりと後ろを向いた。どこに隠すか見えないようにということだろう。ゴラピーたちも真似してか後ろを向く。
師匠は左の箱にカップを入れた。
「はい、入れたよ。やってみな」
そう言って、向き直ったマメーに初心者用の杖を渡す。
マメーは短杖を前に振りながら魔力を放出した。
「〈みずたんちー〉!」
マメーが高らかに魔術の詠唱をする。師匠は特に問題なく発動できているだろうと感じた。
「ピュ」
青いゴラピーがぴょんと座っていた本の上から立ち上がって卓上に降りる。
てちてち卓の上を横切って歩き、師匠の左の箱の前に進んだ。
「ピュ、ピュ」
そしてこっちこっちとでも言いたいように、ぺちぺちと箱を叩いた。








