第119話:あめあめざあざあ
エベッツィー村でルイスとお別れしてから十日ほどが経った。
ウニーとブリギットも先日、庵を後にした。
「はあ、ここは快適で長居しすぎると、離れるのが億劫になるわ」
「ブリギットししょーもウニーちゃんも、ししょーんちのこになっちゃえばいいのにー」
「そうもいかないのよ、お仕事があるしね」
「ん」
「数日後に長めの雨が降るから、その前に出るわ」
ブリギットは空を見上げてそう言った。マメーには魔術かどうかはわからないが、ブリギットは天気が読める。それもとても正確だと知っていた。
「さきにおせんたくしないと!」
そんな会話をし、ウニーとはまたねとお別れの言葉を交わしたのだ。そして二人はブリギットの箒ですっ飛んでいった。
「あめあめざあざあ」
そして今、雨が降り出していた。
この地方はそもそも年間通じて雨の多い地域ではないが、それでも夏の時期は強めの雨が降ることも、雷を伴うこともある。
遠い空でころころと空が鳴った。
マメーは家の扉をちょっと開けて、外の様子を見ていた。
「みずやりもいらないしー」
今は朝で、普段なら薬草園に水をあげている時間だ。だがもちろんこの天気では必要ない。師匠は雨の日にだけ生えるきのこや、雨の日に採取すると効果が変わるという高価な魔法植物の採取のため、森の中へ出かけて行った。
師匠と森を歩くのはマメーも好きなのだが、雨の日は足元がぬかるんだり危ないのでまだダメと言われているのだ。ひとりぽっちでお留守番である。
「ピキー?」
「ピー?」
「ピュー?」
いや、ひとりぽっちではない。ゴラピーたちがいるから一人と三匹である。彼らの鳴き声に、マメーは下を見てえへへと笑った。
マメーの足元ではゴラピーたちも外を覗いていた。彼らが生まれてから、ちょっとの雨は何度かあったが、本降りの雨は今日が初めてだ。
「ピュー」
てちてちと青いのが扉の隙間から外に出て、玄関のひさしのぎりぎりのところまで前に出た。
ちっちゃな手と頭の双葉を前に出し、ぽたぽたと垂れる雨水を受ける。
青いのがマメーを見上げて首を傾げた。
「きょうはおそとはだめー」
「ピュー」
特に残念がるそぶりもなく、ゴラピーはてちてちと扉の内側に戻ってきた。
彼らはマンドラゴラ、つまり植物なので雨だってへっちゃらなのだろうとマメーは思う。だけどやっぱり視界も悪いし、危ないだろう。師匠のヒキガエルはもうゴラピーを食べようとすることはないけど、他のかえるさんたちだって外を歩いてるかもしれないのだ。
森の小径に人かげが見えた。小柄な黒いローブ姿である。
「あ、ししょーだ。ししょー!」
マメーはぶんぶんと手を振った。足元ではゴラピーたちもマメーの真似をするようにピキピーピューと鳴いて手を振った。
だんだんと近づいてくる人かげは、いつもどおり右手で長く曲がった杖をつき、黒いローブ姿である。左手には特に何も持っていないが、採取物は〈虚空庫〉に放り込んでいるためである。珍しくローブのフードはかぶって、白い髪をその内にしまっていた。
「ししょーおかえりー!」
「なんだい、出迎えかい? はいはいただいま」
師匠は玄関でばさりとフードを跳ね上げる。傘も持っていないが、ほとんど水気はとんでこなかった。〈雨傘〉の魔術、雨を弾く小規模な結界を使っているのである。
足下やローブの裾がちょっと汚れているのを玄関前でとんとんと払って、〈浄化〉の魔術を使う。
「きれいなった!」
「ああ、ほれ入るよ。……お前たちもそんなとこいると踏んづけちまうよ」
ゴラピーたちはとてとて部屋の中へ走って行った。
「勉強は?」
「やった!」
マメーはぴょんぴょん跳ねながら答える。師匠に出された今日の課題はちゃんと終えているのだ。
師匠はマメーの頭に手を置いた。
「そうかい、じゃあ部屋に今日取ったのを置いてくるから、そしたら魔術をやるかい」
「うん! まじゅちゅやる!」
マメーは魔法の勉強が好きである。なんと言っても師匠のような立派な魔女になりたいのである。
「んじゃ座ってな。ああ、お茶でも淹れといておくれ」
「はーい!」
マメーはとてとてかまどへと走っていった。ゴラピーたちがてちてちついていくのを見送って、師匠は自分の部屋に戻る。取ってきた透明な花を瓶に詰め、きのこをくるくると紐に縛って、乾燥のために壁にぶら下げて戻れば、淹れたての紅茶がほかほかと湯気を立てていた。
マメーはその向かいに座り、自分の分の紅茶にふうふうと息を吹きかけている。ゴラピーたちは卓上に横倒しに置かれた本の上に並んで座り、足をぶらぶらとさせてた。
「はいよ、お茶どうもね」
茶を啜れば、身体の内から温まる。夏であるし、魔術で雨は弾いていたとはいえ雨の中歩いていれば身体は冷えてしまっているのだ。
「ほれ、食いな」
「わあい」
師匠は〈虚空庫〉から無雑作にクッキーを、ティーソーサーの上にざらざらと置いて自分は一枚取ると、残りをマメーの方に押し出した。
マメーは紅茶を置いてそれを取ると、もそもそ頬張り始める。
「さて、食いながら聞きな。今日から何の魔術をやるかだが……」
「ひふほふへい!」
マメーはクッキーを口に入れたまま答えた。








