第12話:ルイス森から出る。
「まあ、とりあえず依頼はできたし成功か」
ルイスは森を歩きながら一人ごちる。
彼の右手には剣。それも血に濡れていた。先ほど襲いかかってきた頭が二つある蛇を斬ったためだ。
迷いの森と呼ばれるこの森は危険な動植物、魔物が数多住んでいることで有名である。ルイスも数度の襲撃を受けていた。
「陛下が何と仰るかはわからないが……」
サポロニアン王国の国王は特に無理難題を臣下や民に要求するような王ではない。ただ、愛する姫殿下のご病気を誰も治せないので焦ってはおられる。ルイスはそう判断している。
必ずや薬を貰ってくるか本人を招聘するようにと命じられていたが、それは叶わなかった。
ルイスは腰に手を当てる。
「この薬が陛下や姫の御心を安んじられれば良いが」
ルイスは左手を腰に当てる。そこにはグラニッピナ師より預かった、呪いや病魔の進行を抑えるという薬が大切に仕舞い込まれている。
もちろん落とすような不注意を働いてはいない。だが魔物などに襲われて動いた後は必ず確認している。
「それにしても……」
ふふ、とルイスの顔に笑みが浮かぶ。面白く可愛らしい少女であった。
ルイスはマメーとその使い魔、ゴラピーのことを思う。彼女が魔女の弟子としてあの小屋でくるくると楽しい表情を浮かべているのはルイスにとって幸いであったと言わざるを得ない。
森の中の魔女の伝承はたくさん聞いている。どれも気難しく、難解な言い回しを好み、難題を要求する。
だがこうもすんなりと話が通ったのはマメーのおかげで魔女の性格が丸くなったのではと思うのだ。
「抜けた……か」
深く暗い森の木立の合間から強い陽光が差し込んできた。森の端に戻ってきたのだ。
「ピエエエエェェェェーーーー!」
森の側の村に預けてあった彼のグリフォンであるオースチンの鳴き声が響いた。
まだ遠くにあってもルイスの帰還に気づいたのであろう。
それから程なくしてルイスが森の外に出れば、村と森の間にある牧草地でオースチンが地上でばっさばっさと翼を広げて喜びをあらわにしていた。
その嘴から伸びる手綱には一人の女の子がしがみつくようにしてオースチンが走り出したり飛び出さないよう抑えている。
「オースチンただいま! それと連れてきてくれてありがとう、娘さん!」
連れてきたというか連れ出されたというか。手綱を握っているのは確かオースチンを預けた村長のところの娘さんだったはずだ。
「ドロテアですわ! ナイアント様!」
10歳ほどの娘である。だが、村長の娘だけあって多少裕福な生活をしているためか、同年代の農民の少女より少し背も高くふっくらとしていた。
ルイスは彼女から手綱を受け取る。
「よーしよしよし」
「ピグルルゥウエェェェ!」
片手でオースチンの首元をガシガシと撫でてやれば彼は機嫌の良さそうな鳴き声をあげた。
「いやあ、ドロテアさん。こんな大きな生き物の世話は大変だったろう。ありがとうな」
少女はつんと鼻を高くして答える。
「お安いご用ですわ。それより騎士様、魔女様のところはいかがでしたか? お願いは聞いてもらえたのです?」
二人は歩き、話しながら村へと戻る。
ルイスに休む暇はない。この後は村長にグリフォンを預かってもらったことの挨拶をし、また少ししたら戻ってくる旨を伝えたらすぐにオースチンに跨り、城へと戻らねばならないのだ。
ただ、ここで少しゆっくりと牧草地を歩むくらいは構うまい。
「そうだねぇ……」
とは言え王命に関わるところは話はできないのである。薬の話などはぼやかして、迷いの森での冒険やらを話してあげれば少女はきゃっきゃと喜んで聞いていた。
「魔女殿の小屋にはお弟子さんがいてね」
「お弟子さんですか」
「君よりも少し小さな、かわいい女の子の魔女見習いさんだったよ」
びくり、とドロテアが身を竦ませて足を止める。
数歩先に進んだところでルイスもそれに気づき、足を止めた。
「どうかした?」
「い、いえ。そんな森の深くで暮らしていることを想像したら恐ろしくて足が動かなくなってしまいましたわ」
「そうだよね、ごめんね、気が利かなくて」
ルイスはオースチンの手綱を握るのとは逆の手でドロテアの手を取った。
「それで、その女の子はどんな子でしたか? なんという名なのですか?」
ドロテアは立て続けに尋ねた。
ルイスはやはり女の子だから他の女の子のこととか気になるのかなあと考えた。名前は魔女の名を言って呪われたりしないのかわからないので伝えなかったが、その他のことは答えていった。
「うん、特徴的な緑色の髪の女の子でね。瞳の色は君と似た琥珀色だね……」
そして村に辿り着き、ルイスはドロテアと別れ、彼女の父である村長に挨拶に行った。
だから彼は知らない。
「エミリア……生きていたの」
少女が憎々しげにそう呟いたことを。








