第118話:ゴラピーちゃんがきて数日がたちました5
ランセイルは礼拝堂の長椅子に載せていた籠を持ち上げた。中には小麦色のゴラピーが入っている。
「こちらで御座います。猊下」
一応、ここにやってくる神殿の者から見えない位置に置いておいたのだが、やはり確認されたと思うのであった。まあ、やってきたのがただの司祭ではなく高位の聖術が使える枢機卿では仕方ないとも。
ゴラピーはランセイルを見上げ、ルナ王女を見て、そしてイングレッシオ枢機卿の方に視線をやった。
「ピャ」
「おお! ……初めて見る生き物ですね。確認しても?」
「っ……もちろんですわ」
枢機卿は王女に確認をとる。神殿というのは国家間をまたぐ巨大組織である。その長と言っても良い存在に対し、一国の王女がそれを断れるようなものではない。
ランセイルが籠を開けてルナ王女がその籠に手を近づけると、ゴラピーはピャっと鳴いてぴょんと王女の手の上に乗った。
彼女がその手を差し出せば、イングレッシオ枢機卿はその手の上の生き物を興味深げに覗き込む。
「ふーむ、これは……。触っても?」
「ゴラピーちゃん、大丈夫かしら?」
小麦色のは特に嫌がる風もなく頷くと、イングレッシオの方に向けて歩き出す。彼が慌てて手のひらを差し出せば、ゴラピーはその白い手の上へとてちてち渡っていった。
じーっと、ちっこい瞳が枢機卿の紅い瞳を見上げる。
「ほほう」
それは体長10cmほどの人に似た姿をしているが、遥か古代の土や焼き物の像かのように素朴な造形であるとイングレッシオは感じた。全身が小麦色だが、人のようなくりっと黒い瞳と頭上にある瑞々しい緑の双葉は生命力を感じさせた。
「ピャー?」
ゴラピーは何してるんだろうとでも言うように首を傾げた。
その仕草にふふ、と彼は思わず笑みが浮かべる。人形などを好むわけではないが、こうして動いているのはなかなか可愛らしい。
「これは植物素体の使い魔ですね」
「そう……ですね」
「万象の魔女殿といえば、あらゆる魔術に精通するとされていますが、その中でも魔法薬が得手であるとか。ルナ殿下の呪いもそれで解いてもらったのでしょうか?」
イングレッシオが突然話題を変えたようにルナ王女は思った。
「ええっと呪い払いの魔術を使っていただきましたが、薬もいただきました」
「なるほど、併用したということですか。素晴らしい。製薬が得意であるということは植物系の魔術に精通されているということです。お弟子さんも植物の魔術師なのですか?」
びくり、とルナ王女は身体を震わせた。
「この使い魔、お弟子さんからいただきましたか」
話題は変わっていなかった。そして思わずルナ王女が黙ったことで、それは肯定しているに等しかった。
「いえ、もちろん責めているわけではありませんよ。ただ、殿下の才が肉体操作にあり、なおかつ魔力の放出ができないとなれば、使い魔を作成・契約することは不可能ですから」
つまり、ゴラピーは誰かから貰ったものでしかあり得ないのだ。
タイミングを考えれば、王城に滞在していた魔女たちから貰ったと考えるのは自然なことだ。
「なぜマメ……お弟子さんからだと?」
「愚僧が知る限り、万象の魔女という人物がこんな愉快な形状の使い魔を渡すとは思えませんので」
それはそうである。
ゴラピーがピャっと鳴き、イングレッシオはそれを優しい手つきで撫でた。
ルナ王女は言葉を返さない。いや、これは返せないのである。マメーの魔術に関することは、師匠にかけられた〈誓約〉の魔術で禁じられているので。
「このゴラピーを〈鑑定〉しても?」
「えっと……」
ルナ王女は明らかに困った表情を見せた。
「ピャ! ピャ!」
小麦色のゴラピーが頭上の葉っぱでべちべちと叩いた。嫌がっている様子である。
咳払いの音が一つ、礼拝堂に響いた。
「イングレッシオ猊下。万象の魔女殿もそのお弟子殿も、我が娘の恩人なのだ。あまり詮索をしないで頂きたい」
「おお、陛下。これは失礼しました。つい初めて見たものなので好奇心がね」
そう言って枢機卿はゴラピーをのせた手をルナ王女に差し出す。
「ピャ」
ゴラピーはぴょん、とルナ王女の手の上に飛び移る。王女はほっと安堵のため息をついたのだった。
その日、イングレッシオは国王夫妻らと会食し、夕方に王都聖堂へと戻った。
王都聖堂には老齢の司教が一人在籍している。イングレッシオは強い魔力を有するが体が弱く、あまり神殿の通常の業務を行うことができない。
そこで実質的なトップとして司教が配されているのだった。
王城から戻ってすぐにイングレッシオは司教と面会する。
「猊下、お勤めお疲れ様でした。体調はいかがですか?」
「うん、ハンケ司教ありがとう。今日は調子が良いね、大丈夫だ」
「それは何よりです。姫殿下はいかがでしたか?」
司教は問うた。
「〈鑑定〉の儀は問題なく。彼女は肉体操作系、特に変身の魔術に強い才があるみたいだね」
「なるほど……。猊下、何か面白いことでも御座いましたか?」
「うん?」
イングレッシオの口の端は笑みの形に上がっていた。
「そう、そうだね。面白いことがあった」
「伺っても?」
イングレッシオは聖印を切り、聖堂の天井を仰いだ。そして声をあげて笑い出す。
「ハンケ司教」
イングレッシオは笑みを消し、真っ直ぐに司教を見つめた。老司教は紅の視線の強さに驚愕し、畏れを感じるほどであった。
「はっ」
「これはまだ可能性にすぎないし、秘すべき事柄だ」
「御意」
ハンケ司教もまた指で聖印を描く。
「愚僧は聖女を見出したよ」








