第115話:ゴラピーちゃんたちがきて数日がたちました2
ルナ王女は朝食をとり、その後、魔法の訓練兼、運動のために外、彼女の部屋から降りてすぐの庭へと向かう。
もちろんゴラピーと侍女のクーヤを伴ってである。
「はぁ、毎日毎日運動ですわ……」
「良いことではないですか、健康的で」
ルナ王女のぼやきにクーヤが気さくに答える。小麦色のゴラピーがピャ、と鳴いた。ちなみにゴラピーは今、クーヤの着る白いエプロンのポケットの中にいる。
一応、王城の中でも廊下など人目につきやすいところではこうして隠して移動しているのである。
「うーん、王族の女性としてはどうかとも思うのですけどね」
深窓の令嬢という言葉もあるように、若い女性は少し儚いくらいに痩せていて色白であるほうが王侯貴族の間では好まれる傾向にあった。
とは言え、ルナ王女はまだ幼くふっくらとしている。深窓の令嬢という存在からもまだ遠かった。
「健康的な女性も好まれるものですよ。運動していて良いこともありますでしょう?」
ルナ王女は真剣な表情を浮かべた。
「最近ご飯がですね……」
「はい」
「美味しいのです」
クーヤは思わず吹き出した。身体を動かして活力を使えば、それは食事が美味しいことだろう。
話しているうちに二人と一匹は、赤い屋根の瀟洒な四阿に到着する。庭園のここの裏手は四阿と、狼の形に刈り込まれたトピアリーによって城側から死角になっているのだ。人払いを済ませておけば、姫君がこっそり運動するにはもってこいだった。
「ご機嫌麗しゅう、ルナ王女殿下」
四阿にいた先客が椅子から立ち上がり、低く落ち着いた声で慇懃に挨拶の言葉をかけた。
彼の前の机には読みさしの分厚い魔導書と、メモ用の紙と羽ペン。朝からここで魔術の研究を行いながらルナ王女らの到着を待っていたのだろう。
「ご機嫌よう、ランセイル」
宮廷魔術師を示すローブを身に纏った男性、ランセイルは杖を持つ右手を後ろ手に、ルナ王女に頭を垂れていた。正式な魔術師の礼である。
「毎回言いますけど、そこまで丁寧にしなくても良いのですよ、ランセイル。あなたは私の師匠なのですから」
王女の言葉に頭を上げたランセイルはにやりと笑みを浮かべる。
「不才如きが、グラニッピナ師やブリギット師のように師匠と呼ばれるわけにはいきませんな」
「はいはい、始めましょう、先生」
「ええ、姫殿下の仰せのままに」
ルナ王女がランセイルの向かいの椅子に座ろうとし、クーヤが椅子を引くために机に近づくと、彼女のエプロンのポケットから、ゴラピーがぴょんと机の上に飛び降りた。
「ピャッ」
「ゴラピー殿もご機嫌よう」
小麦色のはランセイルに向けて軽く手を上げ、ランセイルもそれに挨拶を返した。
ルナ王女はそれを見てふふ、と笑みを浮かべて椅子に座る。
「ランセイル先生、今日は何の魔術から始めますか?」
ルナ王女の顔には興味と好奇心が明らかにあらわれていた。
彼女は元々運動を好むたちでもないし、勉強だって苦手ではなかったが、決して好きではない。だが、魔術には大いに関心があるのであった。それは魔女であるグラニッピナ師匠に呪いを解いてもらったこともあるし、彼女の弟子であるマメーたちと仲良くなったことが大きく影響しているだろう。
「今日は昨日までの復習として、覚えた魔術を魔導書を見ずにしっかり発動できるかの確認を。それと実際に身体を動かしてみましょう」
なのでランセイルがこう言ったのに、ちょっとがっかりしたのである。それが分かるので、ランセイルは言葉を続けた。
「今日はついに、姫殿下の魔術の才能が判明する素晴らしき日ですからね。昼に向けて疲れのでないようにしなくては」
今日の昼に神殿から司祭がやってきてルナ王女に〈鑑定〉の儀式を行うのである。
「素晴らしいですか?」
「もちろんですとも。例えば学問であれば、誰であっても学べば成果を得ることができます」
ランセイルは自らの頭を指で叩いた。
「もちろん、頭の出来と努力によってどこまで極められるかは異なりますがね。ですが魔術は別です」
「……その属性の才能がないと学んでも意味がない?」
ルナ王女の言葉にランセイルは頷く。
「もちろん、使えない魔術であっても知っているということは大切です。知識は常に役に立ちますから。ですが、使えるようにはならない」
この世界に存在する魔術は一般に知られているもので500種ほどと言われる。それに秘匿されたり失われた魔術、既存の魔術を組み合わせて独自の魔術としたものなどを考えればそれは無数に、無限に広がっていく。例えば、ブリギットの使う箒での飛行魔術、〈遥かなる蒼天の向こうへ〉は〈飛行〉魔術をベースに、スピードを加速するための魔術を複数組み合わせた彼女のオリジナルだ。
そのためには魔術への深い知識が必要なのである。
ランセイルは魔術を知ることの重要性を語る。ただしそれは少々、一国の王女にとって必要なものであるかどうかは疑問視されるところであろう。
その講義を中断する者があった。
「ピャ、ピャ」
ゴラピーがてちてちと机の上を横切り、鳴きながらランセイルの手をぺちぺち叩いたのであった。
「おや、なんでしょう」
「ピャ」
「えっと、おそらく早く魔術の学習にうつれと言っているのでは」
「おや、これは失礼」
こうして、ルナ王女は魔術を確認されてから運動を行うのであった。








