第112話:あかいのがふーっ!っておこりました。
ドロテアがマメーに指を突きつけて『ずるい』と叫ぶので、マメーはびくりと身を震わせた。
かつて、歳の近い姉であった彼女がそうやってマメーを糾弾すると、父や母たちもドロテアに同調してマメーを責めたのだ。もちろん、まだ言葉もろくにわからなかった幼子だった頃のことである。
何を言われていたかなどは全く覚えていないが、その怒られる雰囲気はマメーの身体に刻み込まれているのだ。
前回の時は父とドロテアしかいなかったが、今日は母や兄弟もいる。そのせいで、マメーはかつてのことをより思い出してしまったのだった。
「……ず」
マメーが口を開き、何か言葉を発しようとしたが、ドロテアはそれを遮るように言葉を続けた。
「エミリアのくせに王都に行って、しかもずっとお城にいただなんて!」
彼女はマメーが王都に行く前にこの村に寄った時にもずるいと言っていた。それが再燃したのであろう。
「おい、やめなさい」
ジョンが嗜めるが、その視線はむしろマメーを咎めるようなものが向けられていた。母たちもそうだ。
ドロテアは止まらず、さらに卓の上に身を乗り出す。
「私だって行ったことないのに!」
「ピキッ!」
その時、なんか可愛い声が響いた。
可愛い声は怒っていた。
赤いゴラピーがマメーの肩にぴょんとのり、ふーっ! と肩をいからせ、頭上の青い花を震わせながら、ドロテアに指を突きつけたのだった。
「ピキーピーピーピキー!」
赤いのは、なにかドロテアに抗議しているようだった。
「なによそれ……そんなの怖くもなんともないんだからね!」
「ピキー!」
赤いのとドロテアが何か言い合っている間に、黄色いのと青いのは逆の肩の側でピーピューと鳴いて、マメーに元気出してとか大丈夫だよというように鳴く。
マメーは小さく、「ありがと」と言ってから、ゆっくりと声を放つ。
「ねーちゃ……ドロテアちゃん。マメーはずるくない」
姉ではなく名前で呼ばれたことで、ドロテアは一瞬きょとんとし、キッと眉を吊り上げた。
「なによエミリアのくせに!」
「エミリアじゃない。マメーはマメー。かんけーないひとが、まじょのおしごとをずるいっていってはいけない」
マメーはこの家族とは縁を切っているのだ。それに、師匠は立派なお仕事のために出かけて、マメーもそれについて行った。ずるいと言われる筋合いはなかった。
「お仕事したのはマメーじゃなくて森の魔女でしょう!」
師匠は咳払いを一つ。
「マメーもちゃんと役に立ったけどねぇ。ちゃんと仕事してたさ」
実際、ルナ王女にかけられた呪いを見破るなど、マメーは活躍したのだった。
「うそよ!」
興奮しているドロテアにとってそんなことは関係なく、さらに言い募ろうとした。
しかしそれはドン、と床を叩く音によって中断させられた。カチャリ、と金属が擦れる音が響いた。
ルイスであった。彼が剣の鞘で床を強く打ったのである。普段は柔和な笑みを浮かべている彼は、厳しい表情を浮かべていた。
代官一家をそれだけで威圧した彼は、ゆっくりと口を開く。
「……代官ジョンよ」
「は、はい!」
「私の前で娘にそれ以上言わせていて良いのか?」
マメーがこの家の捨て子であるということを認めて良いのかということと、森の魔女を嘘つき呼ばわりしたのをそのままにして良いのかという意味だ。
ルイスは王国において地位ある騎士である。騎士というのは身分的にはさほど高くないが、その言葉は信用に足るとみなされるし、さらに銀翼騎士団は王家の直属なのだ。
つまり、ルイスはこの家は自らの子を捨てるような家であり、王家が恩ある師匠らに暴言をはいたと王の耳に入れることすら可能である。
びくり、とジョンは震え、急ぎドロテアの手を掴んだ。
「何よ、パパ」
「い、今はやめなさい。……おい、部屋に連れて行け」
そう言って息子にドロテアを預けた。ドロテアは喚こうとしたが、口を押さえられて奥へと連れて行かれたのだった。
ゴラピーたちがぴょんぴょんぴょんとフードの中に戻る。
静かになった部屋で、ジョンはルイスに頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
ジョンのその言葉に、ルイスは、ふっと鼻で笑う。
「謝罪するのは私にではなかろう」
ジョンは逡巡する様子を見せたが、マメーに少し頭を下げた。
「あー……エー……お嬢ちゃん、すまなかった。森の魔女殿も申し訳ありませんでした」
「ん」
ルイスはちらりと師匠を見る。彼女が頷いたのでルイスはこう告げた。
「次はないぞ」
「は、はい」
師匠はこつん、と床に杖をつきゆっくりと立ち上がった。
「ま、魔女なんてね、歓迎なぞされないのは当然のことさね」
師匠はマメーの頭を逆の手でぽんぽんと叩く。
「歓迎されないところに長居するもんでもない。さっさとお暇するとしようかねぇ」
マメーはぴょんと椅子から立ち上がり、ルイスとウニー、ブリギットも立ち上がる。そして辞去の挨拶をし、ぞろぞろと家から出ていったのだった。
卓上には誰も手をつけなかったお茶と、師匠の置いた王都土産の菓子だけが残された。








