第109話:こんかいもむらまでひとっとびです!
「そういやルイス、あんたこの後、どうするんだね」
かまどへと向かいながら師匠が振り返って尋ねた。
「エベッツィー村まで同行させていただき、そのまま王都へと帰還しようかと」
「えー、かえっちゃうのー?」
それにルイスが答え、マメーが残念がる。
魔女一行を送り届けるというのは任務、仕事であるのだ。そう長々と滞在できるわけではない。村に行ってからこの庵に戻ってしまったら、もう一泊してしまうか、負担が重く危険な夜間飛行をせざるを得なくなる。
ルイスはマメーの前に膝をつき、視線を合わせて言った。
「申し訳ありません。お城に戻らねばならないのです」
「ん」
もちろんマメーもそれは分かっているから、引き止めるようなことはしない。この森の中にぽつんと建つ庵において、来客との出会いと別れは幼い彼女にとって常なのだ。
「またきてね」
「また必ず来ます」
「やくそく、ルイス」
「ええ、約束しましょう、マメー」
だが、再訪の約束はさせるのだった。ルイスは笑みを浮かべて右手を差し出した。マメーはそれを握り返してぶんぶんと上下に振る。古く、単純な約束の仕草であった。
「ピキー!」
赤いゴラピーが卓上をてちてちテーブルの端までやってきて鳴いた。
マメーはルイスと手を離し、ゴラピーの言葉を伝える。
「やくそく、だって」
「分かりました」
ルイスは笑って姿勢を変え、卓に向かって正対する。
「また来ます、ゴラピー」
そう言ってルイスは右手の小指を立てて差し出した。赤いゴラピーは右手でそれを握る。
「ピキ」
黄色いのと青いのも、赤いのの後ろに並び順にルイスの小指をとる。
「ピ」
「ピュ」
「んじゃ私も……」
ウニーが卓を回り込んでやってくる。
「また会いましょう、ルイスさん」
「もちろんです。約束です、ウニー」
ブリギットが笑う。
「ふふ、大人気ね、騎士様」
師匠もかまどの前で鍋に向かいながら、それを聞いて笑みを浮かべる。
「やれやれ、ちょいと飯は奮発してやるとするかね」
この地方の食文化として昼食は軽めに取ることが多い。平民でも貧困層は昼は抜くものも多く、逆に貴族の令嬢などでは昼食はとらずに午後の茶会などでお菓子を食す習慣もある。
この魔女の小屋でも前日の残りのスープなどを翌日の昼食とすることが多いが、昨日まで王城に行っていたので残りものがないのに加え、せっかくの別れの宴である。豪勢な食事が供されたのであった。
たっぷりの牛肉、焼きたてのパン、野菜が柔らかくなるまで煮込まれたスープ、さらにはデザートに果物を添えたアイスクリームまで。到底一人では用意できないような食事を、魔法も使って短い時間で師匠は用意したのだ。
みんなお腹いっぱいになって、食後の茶も一服して、いよいよ村へと出発である。
庵の前に全員が集まった。ルイスは鎧を着込んでグリフィンのオースチンも連れている。ゴラピーたちがマメーの肩の上で、何やらピキピーピューと話しかけるように鳴いていた。
オースチンはカチカチと嘴を鳴らす。
「忘れ物はないさね?」
師匠はルイスに尋ねた。ルイスは頷く。
「んじゃ行くよ」
師匠は古風な銀製の鍵を懐から取り出すと、何もない空中に鍵を差し込んだ。鍵の先端が消え、師匠が右手を捻れば、空間がぐにゃりと歪み、師匠の前に平原が広がっている。エベッツィー村の牧草地であった。
「すごい……これが〈転移門〉……!」
ウニーが感嘆の声を上げた。おそらく魔法の道具であろう鍵を使用しているとはいえ、空間を操る系統における最高峰の魔術である。
「ふふん」
なぜかブリギットが自慢げに笑みを浮かべた。
「ふふー」
マメーも満足そうに笑った。師匠が褒められるのが嬉しいのである。
師匠はさっさと草地へと足を踏み出した。
「ほら、さっさとついてきな」
「ピグルウゥゥゥ!?」
オースチンが怪しい空間に踏み出すのを嫌がったりもしたが、ルイスになだめられておそるおそる空間の歪みをくぐっていった。
マメーとその肩のゴラピー、ウニー、ブリギットと続く。ブリギットが出てすぐに空間の歪みは閉じ、背後には森の庵へと続く小道がそこにあった。
オースチンは不思議なのか、きょろきょろと鷲の頭を周囲に向けたり、地上で羽をばさりと広げて動かしたりしている。
「うわー」
マメーの緑色の髪が風に煽られてボサボサになった。
ゴラピーたちはピキピーピューと悲鳴を上げながらローブのフードの中に転がり落ちていった。
「ふん、賢いグリフィンだね。わけが分からないことが起きたとちゃんと分かっている」
師匠はそう言う。ウニーが手櫛でマメーの髪の毛を直すのを終えるのを待ってから、一行はエベッツィー村へ向かって歩き始めたのだった。








