第108話:ししょーにコンってされました。
「私には何も感じられないけどね?」
「ええ、マメー。『すごいの』とはどのようなものでしょうか?」
小屋に戻っても窓の向こうをちらちら気にしているマメーに、ウニーとルイスは尋ねた。
ゴラピーたちも卓の上に座り、マメーの見る方をじっと見ている。彼らがマメーと同じものを知覚しているのか、マメーが気にしている方を見ているのかまでは二人にはわからないが。
「んー」
とマメーは少し言葉を探すように考える。
「ししょーがね、たまにもりのおくにいくんだけどー、なんかすごいのかんじるの。でも、なにかはおしえてもらってないの」
「そーなんだ」
ん、とマメーは頷いた。
ウニーとルイスは推察する。この深いの森の奥に、秘された何かがいるか、あるのだろうと。
そのような話は聞いたことがないが、師匠が完全に隠し切るという意図はないのに違いない。そうでなければルイスがいる時に行くはずもないし、そもそもブリギットも着いて行ってたのだから。
ウニーが気付かず、マメーはわかるというのだから単純な魔力の問題ではなく、植物かそれに関わる何かであろうとも想像がついた。
「あ、きえた」
「ピー」
マメーが呟く。黄色いのが鳴いて、卓上にぺたんと腰を下ろした。
彼らにはわからないことであるが、この時、師匠が再び結界を張って世界樹をその中に隠したのである。
そしてすぐに師匠とブリギットが帰ってきた。扉にはかんぬきを掛けていたが、そこは魔法の家である。師匠が近づいただけで一人でにかんぬきは落ち、扉は触れることもなく開かれた。
「はいはい、帰ってきたよ」
「ただいまー」
師匠たちが言う。ブリギットは軽く手を振りながら庵へと入ってきた。
「あ、おかえりー」
「おかえりなさい」
「おかえりなさい、グラニッピナ師、ブリギット師」
師匠はドアマットで靴の土を落としながら、部屋にじろりと視線をやった。
卓上ではゴラピーたちがおかえりとでも言いたいのか、ブリギットに答えてかぶんぶんと手を振っている。
ふん、と師匠はゴラピーたちの頭上を見て鼻を鳴らすと、部屋の中を横切って、杖の先端をマメーの頭に軽く落とした。
「いったーい!」
コンと音がして、マメーが頭を押さえる。実際、そこまで強く叩いたわけではない。ただ、マメーもびっくりしてそう言ったのだった。
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
ゴラピーたちがぴょんぴょん跳ねて抗議の声を上げる。
「ゴラピーたちの秘密を一つ漏らしたろう」
「ふえぇ……ごめんなさい、ししょー」
「まったく……」
ウニーが驚きを表情に浮かべ、すぐ納得に頷いた。つまり師匠たちはその場にいなかったのに、なぜ知っているのかという意味であり、そんなものはグラニッピナ師匠が凄腕の魔女であるからというそれだけのことであると気付いたためである。
師匠はヒキガエルなどの使い魔を通じて庵の周辺の様子を見張っていたのだ。それはルイスを監視するためでもあった。もちろんルイスがマメーたちに危害を加えるとは思っていないが、それでも師匠は慎重なのである。見聞きできたのはマメーがぽろりと魔力の実と漏らしたことであったが。
「なになに、何の秘密かしら?」
ブリギットが興味ありげに尋ねる。
ウニーもマメーもわざとらしげに顔を背けた。ゴラピーたちは三匹揃って口を両手で押さえる。
ブリギットの視線がルイスに向いた。
「ははは、私は聞いてませんよ」
師匠はため息を一つ。
「聞いちゃおらんにしても、どういうことか想像つくかね? 言ってみな」
ふむ、とルイスは手を顎に当てると、視線をマメーとゴラピーたちに向けながら話し出す。
「そうですね、彼女たちが出た時と今の違いはゴラピーたちの頭に青い花が生えていることでしょうね。これが秘密に関わっているのはグラニッピナ師が戻られた時の瞳の動きを見ても間違いないかと」
「なんだい、あたしの視線まで読んでるのかい」
ルイスは騎士である。戦いにおいては視線から相手がどう動くかを予測することも多いのだ。ルイスは曖昧に笑みを浮かべると、言葉を続ける。
「ゴラピーたちの頭上の葉が花になるのは魔力に反応してですから、マメーが魔力を得るか与えるかした方法が秘密だったのではないですか? 魔術師ではないので分かりかねますが、それはマメーかゴラピーの価値が極めて高いことを示すようなものなのでしょうね」
マメーとウニーは口をぽかんと開けてルイスを見た。師匠はため息を一つ。
「それで当たってるよ。やれやれ、探偵でも始めた方がいいんじゃないかね?」
「おばあちゃーんなによう、まだゴラピーちゃんたちの価値が上がっちゃうのかしら?」
ブリギットはゴラピーの蜜がほぼ純粋な魔力溶液であることを知っている。それでも彼らが魔力の実を探してこれることまでは知らないのだ。
「ごめんなさい」
マメーが改めて頭を下げた。師匠は杖を持たない手でぐりぐりとその頭を荒く撫でると、かまどへと向かった。
「ま、反省したならいいさ。ともあれ昼を食べたら村へと向かうとするさね」








