第105話:かえるさんです!
青いゴラピーはうんしょとマメーのフードから出て肩の上に登ると、内緒話でもするかのようにマメーの耳元で話し始めた。
「ピュピュー」
「ふんふん」
「ピュー」
「なるほどー」
「何を話してんのよ」
ウニーが問う。
「ゴラピーがね。かえるさんにようがあるんだって」
なるほど、ゴラピーたちの中で青いのだけがマメーについてきたのはこのためだったのだろう。
「カエル……」
ウニーは僅かに顔をしかめた。
前回、ブリギットとウニーがこの森に滞在した時のことを思い出したのである。青いゴラピーがマメーの言う『かえるさん』に食べられかけ、マメーはそれを助けようとしてカエルの棲む沼でおぼれかけ、ウニーは魔術でそれを救おうとして失敗したのだ。あの時、ちょうどルイスがやってこなければマメーか青いゴラピーのどちらかの命は失われていただろう。苦い思い出だった。
ただ、少なくともマメーにとってそれがトラウマにはなっていないようだった。
「げっこげこげこかえるさん」
マメーは変な調子の歌をうたいながら沼の方へと足をすすめる。
クレソンや水辺の薬草類が生えている沼は雑草なども生えて荒れていた。サポロニアンに行っていた間、庭の薬草園は師匠の魔法で全てしまっていたが、沼はそのまま残されていたからである。その間に伸び放題になっていたのだろう。
しかし草が生えている沼は、濁った色の水をたたえ、静かなものである。
「ただいまー、かえるさんいるー?」
岸辺に屈んだマメーが声をかけると、沼の中からぬっと目玉が二つ浮き上がってきた。
「あ、いた。ね、ね。ちょっときてー」
ずるり、と沼の中から灰色の大きいヒキガエルが姿をあらわす。マメーと師匠が不在の間、ここの留守を任されていた、師匠の使い魔である。
水草をかき分けて岸辺に上がり、ぽたぽた水滴を垂らしながら、ずるずるとマメーたちの前に歩み出た。
「ひっ」
ウニーはカエルがちょっと苦手だ。小さい悲鳴を飲み込んだ。
青いゴラピーも食べられかけたのを思い出したのか、マメーの肩の上でピュっと小さく鳴くと、マメーの緑色の髪の後ろに身を隠すようにしてカエルを覗き込む。
「げこっ」
ヒキガエルが鳴いた。マメーもウニーもカエルの言葉はわからないが、何? と問いかけているように感じた。このカエルは師匠の使い魔であるだけあり、知性が高いのだ。少なくとも人間の言葉は理解していた。
「ピュー」
青いのが鳴いた。さすがにゴラピーの言葉はマメーにしかわからない。マメーはゴラピーの言葉をヒキガエルに伝えた
「こんにちは、だって」
「げこ」
挨拶えらい。とマメーは思った。青いのはカエルに食べられかけたのに。
「ピュピュー」
「おーとにいってきたんだよって」
カエルは答えず、喉を少し膨らませた。知ってるよ、とでも言いたげであった。
「ピュ」
「それでね」
青いゴラピーはマメーのフードの中に戻ると、マメーの背中でがさごそしていたかと思うと再び肩の上に乗った。
「ひえっ」
ウニーが小さく悲鳴を上げる。
ゴラピーの手には、ゴラピーの半分くらいの大きさのいもむしが抱きかかえられ、うねうねと動いていた。
「ピュピュ」
「まえにめいわくかけちゃったからー」
青いゴラピーはいもむしを抱えたまま、マメーの肩から降りようとする。マメーは手を斜めに地面に伸ばせば、青いのは腕の上をてちてち駆け下りて、マメーの手の上にのると、地面の上にぴょんと飛び降りた。
「ピュー」
「おーとのおみやげだって」
青いのはいもむしをカエルに向けて差し出しながら鳴いた。どうやらこのいもむしは、この森のではなく王都で捕まえてきたらしい。
「げこ」
「ピュ」
カエルが鳴き、青いのは何やら頷いて、いもむしを地面に置いた。
ひゅ、っとピンク色の舌が伸びて、いもむしはぺろりとたいらげられた。カエルの喉が膨らんで、元に戻った。飲み込んだのだろう。
「げこげこ」
「おいしかったって」
まるでカエルの言葉を翻訳しているかのようだが、マメーはカエルの言葉を理解しているわけではない。だがまあ、ウニーもそう言ったのだろうと感じた。
ヒキガエルはじいっとゴラピーを見つめてから、のそのそと緩慢な動きで振り返り、ぼちゃんと沼に沈んでいった。
「ゴラピーえらいねえ」
マメーはゴラピーを持ち上げると感心してそう言った。
ヒキガエルは青いゴラピーが食べられかけた相手である。向こうに悪気があったわけではなく、マメーや師匠がしっかりとヒキガエルにゴラピーという生き物の説明をしていれば避けられた事故であったとはいえだ。
それでもゴラピーは先住者であるカエルに迷惑をかけたとお詫びをしたのである。
マメーはちょんちょんと青いゴラピーを撫でた。
「ピュー」
ゴラピーは一仕事終えたというようにだらんと力を抜いて、マメーに撫でられるに任せたのだった。
ウニーは言う。
「ゴラピーとっても偉いんだけどさ」
「うん」
マメーは頷く。
「でもマメーに言わずに、いもむしをローブのフードにしまっておくのはどうかと思うのよね。私は」
ウニーはうねうねしているいもむしを思い出したのか、ぶるりと身を震わせた。








