第104話:ひさしぶりのはたけです!
「王都に出る時に、エベッツィー村に寄っただろう?」
「ん」
師匠とマメーの住む帰らずの森は中心がサポロニアン王国にあるが、いくつかの国に隣接して国境のように広がっている。そのサポロニアン側の森に隣接している村がエベッツィー村である。
「あの村とは古い契約があってね。あたしが出る時は留守番を頼んだりしているし、出るのが長くなるなら薬も預ける。それを回収に行かなきゃならんのさね」
「ししょーのおくすり」
「ああ、そうさ。それにね、好まぬ相手でも隣人ではあることにゃ変わりない。単純に切り捨てるってわけにもいかんのさ」
都市から離れ、村落や僻地に行くほど人とのつながりは重要である。魔女にとってはもちろんそんなものなくても生きていけるとはいえ、あまりにも悪評が立ち、魔女狩りでもされればことである。
それを返り討ちにすることもできるが、そうしたらこんどは軍や神殿、英雄も出てくるだろう。少なくともその土地にはいられなくなることは間違いなかった。
「わかった」
エベッツィー村はマメーの出身地であり、マメーを森に捨てた家族のいるところでもある。それでもその複雑な思いを飲み込み、マメーはこくりと頷いた。
「いい子だ」
一方でブリギットは驚いたような表情を浮かべて尋ねた。
「お婆ちゃん、あの村との契約ってまだ生きてるの?」
「お婆ちゃんはよしな。一応ね」
「それって師匠の契約よね?」
グラニッピナは頷いた。ここで言う師匠とはグラニッピナとブリギットの師匠ということになる。つまりそれはこの二人の人生よりも長い契約ということであり、百年を超えるものであるということだ。
「ま、それはここで話すことでもあるまいよ」
ルイスがほう、と感心したような顔をして聞いているのである。部外者に聞かせるような話でもないのは間違いなかった。
止まっていた食事が再開され、平らげられると、皆は外に出る用意をした。五人と三匹が外に出ると、小屋の鍵は閉められる。
「じゃあ出かけるとするかね」
「行ってくるわ」
師匠とブリギットは森の奥へと向かう。
「じゃーねー」
「いってらっしゃい」
マメーとウニーは手を振って見送った。
「では私は裏手にいますので、何かありましたら声をかけてください」
ルイスはマメーたちに向かって笑みを浮かべてそう言うと、薪割り用の斧と枝落とし用のナイフを持って小屋の裏手へと向かった。
マメーが手をあげて言う。
「じゃーはたけにいくよー」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー!」
ゴラピーたちも、みんなちっちゃな手をあげて鳴いた。
「……」
「……」
マメーがウニーを見た。ゴラピーたちの三対の瞳がじいっとウニーを見上げた。
ウニーはおずおずと手をあげて言った。
「おー?」
「うん、いこー」
マメーは満足して頷くと、跳ねるようにるんるんと歩き出し、ゴラピーたちもピキピーピューと鳴いて、てちてちその後についていく。ウニーもゴラピーたちを踏まないよう注意しながら彼らの後を追った。
「はたけにとーちゃくです!」
マメーはそう宣言するとゴラピーたちはわあいと跳ねた。頭の上の葉っぱがふわりと揺れる。
「マメーはおしごとしているね!」
「手伝うわ」
「ゴラピーたちはそのへんにいてね!」
「ピキー!」
「ピー!」
「ピュー……」
赤いのと黄色いのは元気よく返事したが、青いのはおずおずとマメーのローブの裾を掴んだ。
「どうしたの?」
「ピュー」
「いいよー」
マメーはしゃがみ込み、青いのとふんふんと話しだす。
赤いのと黄色いのはてちてち離れていった。
「どうしたの?」
ウニーが問う。
「なんかね、いっしょにいたいんだって」
というわけで、赤いのと黄色いのは散歩に出かけた。きっとまた魔力の実など探しているのだろう。マメーは青いのをローブのフードの中に入れると、いつも通りまずは井戸の手押しポンプに向かう。
「うんしょうんしょ」
「よいしょよいしょ」
ウニーが作り出した水をポンプに呼び水として落とし、二人で体重をかけて取っ手を下げれば、だばだばと勢いよく水が出る。じょうろに水を溜めて、二人は薬草園を回った。
「みんなげんきー? ゼラニウムさん、さいてるねー」
マメーの目の前ではオレンジ色の花が咲いていた。ウニーはマメーの横で水をやりながら尋ねる。
「ゼラニウムは何に使うんだっけ」
「こーゆとか、げりどめとかー」
香油か。ウニーは植物には詳しくないが、そういえばブリギットの香油に使われていたから聞き覚えがあるのかと思い出す。
「ミントさんはいつもげんきだねー。ん、キンレンカさんはちょっとげんきないかなー」
マメーは植物に話しかけながら草花の間を動く。
ウニーの目にはマメーが話しかけるキンレンカが全く弱っているようには見えないが、その些細な違いがわかるのがマメーの特質なのだろう。
「なんで元気ないのかしら」
「ちょっとあついかもって」
二人は薬草園の間をくるくる動き、水や肥料をやったり、鉢植えの位置を調整したりしていく。
家の方からはコーンと薪を割る音が高く響いていた。
「あとはクレソンさんかな」
奥の沼に生えている草である。
そう言った時、フードの中のゴラピーがごそりと動いた。
「ピュ」
なにか用があるようだった。








