第100話:じゃーねー!
革の袋に納められたずしりと重い金貨である。しかし師匠は中を検めることもなく、手を一振りしてそれを虚空庫へとしまった。
「はいよ、どうもね」
「確認しないのかね?」
「あたしゃ商売人じゃないからね。それに魔女相手に金払いを渋るほどバカな真似はしないだろう?」
魔女相手に契約の不履行なぞしたら呪われるどころの騒ぎではあるまい。
とはいえ、それ以上に師匠が金に興味がないということを示す所作であった。師匠が受け取った金額は平民では決して稼げぬ額であり、貴族の領地の予算に相当するような大金である。師匠は魔女の働きを安く見られては困るという観点から大金を要求しているが、それはどちらかというと他の魔女のためだ。彼女とマメーの住まう森の中では金の使い道などないのだから。
国王は頷いた。騎士は次いで師匠やマメーたちに羊皮紙に記された書状と美しく装飾のされた短剣を渡していく。
「きらきらしてる!」
マメーは喜んだ。
短剣の鞘には黄金でサポロニアン王国を示す印章が捺されていた。王は言った。
「グラニッピナ殿からの要望はサポロニアンの王城にある図書の自由な閲覧の権利。それを自身とその弟子、マメー殿に与えるというささやかなものであった」
今後もルナ王女の魔術の学習について、その進捗を見るために師匠とマメーはここに戻ってくる予定がある。その時に蔵書でも読ませてもらいたいと告げたのだ。
王にとっては大した価値がなくとも、魔女にとって知識は金銭などより遥かに価値のあるものである。
「その短剣を示せばこの国の城門も王城のどの部屋の扉も、開かれぬものはないであろう」
とはいえ図書の閲覧だけでは一般的に褒美としては不足であり、王は落とし所としてこの短剣を下賜したのだ。これはそういった身分証明のためのものであり、サポロニアン国王がその人物の後援者となると示すものでもある。例えば商取引の場でこれを出せばそれだけで大きな信用となるものだ。
逆に王国としても高位の魔女が自国に繋がっていると示すことは非常に価値がある。
「ふん、あの森は一応サポロニアンにあるからね。税金なんぞ払ったことはないが、多少の便宜ははかってもいい。ありがたくいただいとくよ」
師匠はそれも分かってそう言った。マメーの短剣も預かると、書状とともに虚空庫へとしまった。
「おや、税金を払ったことがないとは」
「うちの庵まで来られる気合いの入った徴税官がいるなら払ってやるよ」
王と師匠は笑い合う。
魔女の所属は基本的に魔女協会である。そちらに上納金を払うことはあっても、国にまともに税金を払うような魔女はいないと王も知っているのだ。
「さ、報酬の話は終わりだ。宴としようではないか」
王の言葉と共に部屋の扉が開け放たれ、使用人たちが食事を運んでくる。
宴であった。贅の尽くされた料理が卓に並ぶ。美味しい食事に舌鼓をうち、会話に花を咲かせる。そして食後のデザートを食べている時に、ルナ王女が呟いた。
「ああ、寂しくなってしまいますわ」
この食事を終えたらマメーもウニーも帰ってしまうのだ。これは別れの宴でもあった。
「ルナちゃん、またくるよ」
「そうね、必ずまた来るわ」
マメーとウニーは約束した。魔女は約束を守るのである。
「ええ、もちろんですわ。いつでも歓迎しますから」
ルナ王女がそういうと、彼女の前から食事の皿や飾られた花の合間を縫って、卓の上を小麦色のゴラピーがてちてちとマメーの方に歩いてきた。
「あ、ゴラピー」
「ピャ」
「げんきでね」
ルナ王女は涙を浮かべて言った。
「マメーちゃんからいただいたゴラピーちゃん。大切にいたしますから」
「ん」
マメーもしょんぼり寂しいのである。だが森の奥で師匠と二人ぽっちの生活をしているマメーのほうが孤独には慣れていた。
「ゴラピー、ルナちゃんをよろしくね」
「ピャー」
小麦色のゴラピーは任せておけとでも言うように胸を張った。マメーは卓上に人差し指をちょんと伸ばす。ゴラピーはそれを両手で握った。
マメーの背中がもぞもぞと動く。ピキピーピューと鳴きながらゴラピーたちがフードから這い出してきたのだ。
ここには国王とルナ王女以外の王族や使用人たちの目もあるので、隠れているように師匠に言いつけられていたのだ。しかし別れを惜しみに出てきてしまったのである。
「ピキー」
「ピャー」
赤いのと小麦色のが別れの握手をした。
「ピー!」
「ピャッ」
黄色いのが抱きつこうとして、それは嫌なのか小麦色のは手を伸ばして押し留めている。
「……ピュー」
「ピャ」
青いのはひょいと手をあげるような仕草をみせ、小麦色のもそれにこたえて手をあげて短く鳴いた。
そして四匹はてちてち卓上をルナ王女の方に向かう。
「ピキー」
「ピー」
「ピュー」
そして赤黄青の三匹は、鳴いてルナ王女の指と握手を交わした。
「ゴラピーちゃんたち……」
王女はぽたぽたと涙をこぼす。
「ピャ」
小麦色のが慰めるようにぺちぺちと王女の手を叩き、王女はゴラピーを手で包むようにして抱いた。
三匹がマメーのもとに戻ってくる。
「おわかれすんだ?」
ゴラピーたちはこくこくとマメーに頷き、よじよじとマメーのローブを登ってローブのフードにおさまった。
「ひひひ、じゃああたしたちは行こうかね」
師匠はとんがった帽子をひょいと被る。
「もう夜だというのに行かれてしまうのか」
あらかじめ聞かされてはいたが、それでも国王はそう尋ねた。
「長居しちまうと飛び立つのがおっくうになるからねえ」
「見送りもしたいのだが」
「そういう面倒なのは嫌だよ」
「そうよ、それに夜こそ魔女が飛ぶ時間だからね」
ブリギットも立ち上がり、腕を一振りして箒を手元に召喚しながら言う。
マメーとウニーは立ち上がると挨拶をしてそれぞれの師匠の箒の後ろにまたがった。
「じゃあ行くさね」
「ご馳走さま。また来るわ」
「へーかもおーひでんかも、ルナちゃんもまたね!」
「それでは失礼します。……じゃあね」
そうしてゆっくりと彼らの足が地面から離れていく。師匠が指を一振りすれば、カーテンとガラス張りの窓はひとりでに開け放たれ、夜の外気が部屋に流れ込んでくる。
「ありがとうございました! さようなら!」
ルナ王女の声にマメーが笑みを浮かべながら手を振り返す。マメーのフードの中では三匹が並んでぶんぶんと手を振っていた。
四人は王城の窓から満天の星空へと飛び立って行く。
そこに高らかな鳴き声と共に、巨大な翼の影が箒で飛ぶ魔女たちに合流した。
ルイスとそのグリフィン、オースチンである。彼女たちを送るため、ずっと外で控えていたのだ。
箒に跨がって飛ぶ魔女たちの影と、グリフィンに乗る騎士の影が見えなくなるまで、王女たちは窓から空を見上げていた。
マメーとちっこいの 〜 魔女見習いの少女は鉢植えを手にとことこ歩く
第一部:角の生えたお姫さま 完
ξ˚⊿˚)ξ第一部完!(100話、20万字超)
ご高覧いただいた皆さんには感謝を!
第二部はちょっとプロットというほどではなくともネタ考えてから書くのでしばし更新は開けます。内容はマメーの生家絡みの話になる予定。
第二部は必ず執筆しますので、ブックマークはそのままにしていただけると幸いです。
あと、評価とか下さると嬉しいですよ!
感想等もいただけると幸いです。滞ってる感想の返信もいたしますね。よろしくお願いします。
では引き続き第二部(か、息抜きのなんか別の作品か)でお会いしましょう。








