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タイプJ  作者: 涼森巳王(東堂薫)
エピローグ
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エピローグ



 月面行きの最終便がもうじき出航する。

 オレンジシティーからマーズに乗って、月まで飛んでいくのだ。


 月面移住が決まってから、この十年はあわただしかった。


 これから地上は、ネオヒューマンと呼ばれるバイオボディーの者たちの住むところとなる。従来のメタルボディーの者たちは、月に移住しなければならないのだ。


 各地のドームシティーから、パーツ製造用の機器類が工場ごと運びだされ、何便もシャトルが月とこの星を往復した。


 月には急ピッチで、新たなドームシティーが建設され、真空の世界から大気のある世界へと、環境改造計画が進められている。メタルボディーには酸素は不要だが、オイルや樹脂を得るために、植物の生育する環境が必要なのだ。


 多くの市民には、そんな苦労をしてまで、なぜ、とつぜん月面移住などしなければならないのかわからない。

 だが、とにかく、神の代理人の決定なのだそうだから、従わないわけにはいかない。


 ジェイドは月へむかう最終便に乗り遅れないよう、つれのオニキスをせきたてて、マーズへ乗りこむためのエレベーターへと急いでいた。


 この十年、オニキスには、ほんとに世話になった。

 事故で壊れかけているところを、オニキスと、その友人が見つけて助けてくれたのだそうだ。


 ジェイドはその事故のショックで、それ以前の記憶データがデリートされてしまった。だから最初は、自分の型式さえわからなかったくらいだ。

 十年でだいぶ回復したけれど、どうも基本人格チップの働きさえ弱いようで、ときどき不安になる。


 しかし、そんなとき、オニキスは決まって、マジメくさった顔で言うのだ。


「ジェイド。おまえさんはね。僕たちアン——ああ、いや、メタルヒューマンの理想形だよ。僕やED、Eオリジナルでさえ、君を羨望している。君こそ、僕らの望む進化をとげた、第一号のメタルヒューマンだ。

 君は経験を学習することで嗜好しこうを形成していく。僕らのように、愛情まで基本人格にしばられることはない。

 天使の型式の女の子が、そのように改造してくれたんだ。破壊されずに残っていた、君のごく基本的な人格チップと、まっさらなチップを組みあわせてね。もっとも、そばでEDが言うとおりに組みたてただけらしいが。あの子は機械オンチだからね。だが、あの子は僕らと違って、AIに手をくわえることができる。

 君もあの子の手術を受けて、メタルヒューマンのAI設計が可能になった。だから、これからは、君のような新しいメタルヒューマンを、君が造っていく番だ。悲しい過去の思いにとらわれた、亡霊の僕らみたいなメタルヒューマンではなくね。

 Eオリジナルも、彼の神を復活させたことで満足したんだろう。ようやく、神から授かった、つらいだけの古い記憶を、バックアップして忘れてしまう気になったようだね。ちょっと優しい顔になっていたよ。我々、全市民の人格チップを全複写して、オリジナルヒューマン全員のシークレットファイルを集めることにも合意してくれた。

 思うに、やはり神は、復讐より何より、自分自身が奥さんと、今度こそ幸福に結ばれるところを、自分の目でたしかめたかったんだろう。だから機械に性格をつけ、自分の記憶を託して、自分自身の分身を——Eを造ったんだ。そこまで一人の女に惚れこんで、一途っちゃあ一途なんだが。ヤツは気位高いからね。愛情表現が屈折してしまうところが、はた迷惑な原因なんだな。

 一途って言えば、EDもねぇ。人間とロ——メタルヒューマンの恋なんて、悲しい結末になるのは目に見えてるのに。エンジェルは長生きしても百年。それでも、今が幸せならいいのかね。EDはこの星に残るらしいよ。これからの数十年を、エンジェルとすごすためだけにね。まあ、僕らにできることは、二人のために幸あれかしって祈ることぐらいだな」


 聞きあきるほど聞いた話だ。

 オニキスはおしゃべりだから、しゃべりだしたら止まらない。


「あ、オニキス。早くしないと船が出る。急ごうぜ」

「ほんとにね。マーズに宇宙航行機能があったなんて、まったく、ぬかりがないっていうか、なんていうか」

「何ブツブツ言ってるんだ。早く、早く」


 いっぱいの荷物を背負って、モタモタしているオニキスの背中を、ジェイドは押した。

 こうなるのがわかっていたから、もっと早い便で行こうと言ったのに、オニキスがわけのわからないことを言って、ひきとめていたのだ。最終便じゃないと、まにあわないとか。


 まったく、だから言わんこっちゃないと考えながら、ジェイドはエレベーターにとびのった。

 さきに乗っていたブロンドの美女が、くすりと笑う。

 ジェイドはドキリとした。

 Aタイプだ。


「やあ、一人?」

「そうよ。最終便は乗船客も少ないみたいね。きっと、わたしたちで最後だわ」

「最終便にしてラッキーだったよ。君みたいな美人と同乗できるなんて。おれ、JADE。君は?」

「AMBERよ」

「アンバー……」


 その瞬間、ジェイドは奇妙な幻影を見た。

 琥珀色のなかで笑っている、美しいAの姿を。


 それはAのチップをひきずりだすために、他のほとんどのチップが破壊されたジェイドの回路のなかで、わずかに無傷で今も残されているチップ。

 遠い昔に、オリジナルヒューマンから受けついだ、本物の記憶——


「どうしたの? あなた、泣いてるわよ」

「ほんとだ。なんでだろう? でも、なんか、むしょうに、ほっとしたんだ。生きててくれたんだって」


「なんのこと?」

「ごめん。ただ、君といられるなら、月での暮らしも楽しいだろうな。おれたち、きっと気があうよ。パートナーにならない?」


「月につくまで、わたしをタイクツさせなかったら考えてもいいわ」

「おお、そりゃ、がんばらなくちゃ」


 微笑のなかにも、ほんのりと痛む、胸のうずき。


 きっと今夜は、あの夢を見る。

 終わることのない、琥珀色の夢を……。





 了

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