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タイプJ  作者: 涼森巳王(東堂薫)
六章 アンバーカラー
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六章4-3


 ジェイドのおびえを、Eは恍惚ともとれる表情で見つめていた。


「なに。やりかたさえ知っていれば簡単なことだ。このシークレットファイルは、他のデータファイルとは異なる性質を持っている。ファイルをコピーしたとき、コピーさきの書きこみが終了した時点で、コピーもとのデータは自動的に削除される。塩基配列は、ひと組みだけ完全に残っていればいいのだからな。

 つまり、ほかのタイプと配合する前に、AIを丸々コピーして保管しておけば、ファイルは完全なものが手元に残る。その後は何体、分身を造ろうと、ファイルが流出する心配はない。そして、手元に残したシークレットファイルを、この専用読みとり機にかければ、塩基配列が再現される」


 Eの示したのは、二重らせんのホログラフィーだ。

 なるほど。電影管の下に、チップをさしこむ挿入口がある。


「言ったろう? それは神の遺伝子だ。わが敬愛する父上の現在の姿。私が自分の頭を最初にコピーした、人工知能に収まっていた。もうじき、彼を復活させることができる。時は満ちた。環境は整い、人間が暮らしやすいドームシティーも建設した。クローン体の遺伝子を定着させる卵子の提供者も、ぶじ成長した。あとは彼のための花嫁の遺伝子を完成させるだけだ。

 神は我々を創った。そして、次は、我々が神を創る」


 熱い口調で語るEオリジナルは、さきほどまでの冷えきった男ではない。あの妄執じみたAIを造った男の意思をそのまま受け継いだ、マッドサイエンティストの顔だ。


 たしかに彼の功績は偉大だ。

 だが、その我執は狂気と紙一重だ。


 彼を狂わせたのは、おれだと、ジェイドは思った。


 あのとき、アンバー……いや、アンジェリクはさみしさから、おれにすがりついてきたけど、彼女が夫を責める口調でわかった。

 アンジェがほんとに求めていたのは、あのころにはもう、ジュンではなかった。貧しい子ども時代をすごした幼なじみよりも長い時間を、彼女はすでに夫とすごしていたのだ。


 これは、罰だ。

 アンジェリクの心がどこにあるかを知りながら、黙っていた、おれへの罰なんだ……。


「思いだしたよ。あんたは言った。おれとアンジェリクに娘がいると。あんたの実験に使うと言っていた。あのときの受精卵を人工子宮で成育させたのが、エンジェルなんだな? エンジェルは……おれの娘なんだな?」


 Eのおもてに、あの手術台の上で見たのと同じ笑みがよみがえる。


「そうとも。浮気女の罪の結晶が、種の存続に貢献できるのだ。これ以上、光栄なことはないだろう? 受精卵の保存期間は当初、五百年しかなかった。この星に到着してから、私がもっと長期で保管できるよう定期的にメンテナンスしていた。人間が住める環境になるまでは、もたせておかなければならなかったからな。しかし、もう用済みだ。卵巣さえ手に入ればいいのだから」


 カッと頭に血がのぼってくる。

 いつもなら、早急に抑制装置が働くはずなのにと、ジュンの心が片隅で思った。


「なんてことするんだ! じゃあ、もうエンジェルは子どもを生めないじゃないか!」


「なぜ、そんな必要がある? どうせ人類最初の男は、まだ誕生さえしていないのだ。今のままなら、その娘は、この世に一人きりの哀れな種として、無意味な生を送り、死んでいくだけだ。せめて最後のオリジナルヒューマンとして、その卵子を新たな人類の誕生のために捧げることができただけでも、ありがたく思うべきだ」


「きさま……」


「いいか。この星での人類の歴史は、これから創られるのだ。人類の最初の男と女。すべての人類の祖となるべき遺伝子は、優秀なものでなければならない。その男女はもう決まっている。

 生まれ変わるのだ。恨んで、苦しんで、嫉妬に狂いそうになって、いっそ徹底的に憎悪できたなら、どれほどマシだと願ったことか。

 だが、憎みきれなかった。おろかなことに、これほどの偉業を——一度は滅んだ種を、何億年もの時を超え、復活させるほどの天才がだぞ。おろかにも、たった一人の女への未練をすてきることができなかった。

 神は望んだ。すべてを忘れ、彼女ともう一度やりなおすことを。楽園で、ただ二人のアダムとイブになることを。それを止める権利は、おまえにはない。この計画の創始者である、彼にだけ与えられるのだ」


 ジェイドは泣きそうになりながら、Eを見返した。


「そう……そうだよ。わかってる。でも、それじゃ、ほかのオリジナルヒューマンはどうなるんだ? エドガーとアンジェリク以外の二十三人は?」


 Eの顔に落ちつきが戻ってくる。

 Eは操縦席に深々とすわりなおした。ことさら優雅に長い足をくむ。


「安心したまえ。神も生来は公正な男だった。晩年は私怨に知性をにぶらせ、公正さに欠いた面もあったと思うがね。彼の記憶を共有する私としては、彼の事業の崇高さに免じて、その点は大目に見てもらいたい。

 話をもどすが、彼は永遠に二人のクローンだけを造り続けたいと考えていたわけではない。彼らの子や孫の配偶者として、いずれ他の二十三人もクローン化していく計画だ。ただし、うまく全部のチップが集まり、シークレットファイルが完成すればの話だが」


 そう言って、Eはイジワルな笑みをうかべる。


 問いかけたのはEDだ。


「それでマーブルを殺したのですか? 今、気づいた。AMBER、EVAN、MARBLE、PEARL、DIAMOND、SAPPHIRE——彼らは全員、一つだけ共通点がある。Aのチップを持っているということだ。それも、おそらくは、Aのチップを持ってからのち、分身や配合分身をしたことがない。彼らを殺害し、チップをぬきだしていったのは、彼らのAのチップを集めるためだった。バラバラになった、シークレットファイルを完成させるために」

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