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タイプJ  作者: 涼森巳王(東堂薫)
五章 メモリー

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五章2-3

 *


「ジェイド!」


 大声で呼ばれて、ジェイドは目をあけた。

 EDとオニキスが上から覗きこんでいる。


「おい。大丈夫か? とつぜん倒れたんで、ビックリしたぞ」


 オニキスに言われて、あたりを見まわした。

 自分が、どこで何をしていたのか、思いだすのに、しばらくかかった。


「あれ? ここ……そうか。宇宙船のなかだっけ」


 なんだか頭の奥が熱い。

 それに胸が刺すように痛んだ。

 とまどいながら起きあがると、するっとオイルが頰にこぼれる。


「やだな。なんでだよ。涙が止まらない」


 なんだか変な夢を見たような気がする。

 夢のなかで、誰かがなげき悲しんでいたような?

 あのとき泣けなかった涙が、今になってあふれてきたような……そんな気がする。


「おれ……どうしたんだ?」

「どうしたのかは、こっちが聞きたいよ。どうしたんだ? ジェイド。充電量が少ないのか? それとも、ウィルスのあるような安宿に泊まったことはないか?」


 心配げなオニキスに対して、EDはそっけない。


「この男の回路には故障がある。感情パラメータの抑制がききにくいのだ。おどろきのあまり抑制不能になり、配線がショートしたんだろう」


 皮肉はいつものことだ。

 だが、なんでかこのときは、いつにもまして腹立たしかった。

 EDの端整なマスクじたいが、むしょうに小憎らしい。


 しかし、その感覚は、涙がおさまると同時にやんだ。

 わずか数分間のことだが、自分でも説明のつかない妙な感覚におちいっていたことが、かえって不思議でならない。


(なんか、前にもこんなことなかったっけ? おれ、ほんとにパールが言ってたみたいに、全停止メンテナンス受けたほうがいいんじゃないか? どっかヒューズでもとんでるかもしれない。なんか、この前から変だ)


 ジェイドは不安を抑えきれなかった。

 涙のあとをぬぐいとることで、その思いを払拭しようとした。


「ごめん。ごめん。なんでもないよ。蓄電量も、まだ九十五パーセントある。大丈夫だ。ええと、なんの話してたっけ? そうそう。オリジナルヒューマンの姿が、オリジナルボディといっしょだってことだ。それでビックリしたんだっけ。

 じゃあさ、オリジナルボディたち二十六人は、オリジナルヒューマンの最後の生き残りってことかな。体をバイオボディからメタルボディに、とりかえたんだ。オニキス。あんたが言ってたのは、そういうことだろ?」


 オニキスたちは、ジェイドの不具合をまだ危ぶんでいる。不審そうな目で、ジェイドを見ている。

 ジェイドは、わざと快活にまくしたてた。

 しょうがなさそうに、オニキスは話を続ける。


「まあ、うん。そうなんだろうな。ただ、オリジナルヒューマンたちが、そこで歴史の節目と考えたのは明白なんだ。乗船員リストはここで閉じられ、次の新規ファイルに引き継がれる。新規ファイルのリストに最初に登場するのが、オリジナル二十六体だ。

 ED、ここまでのファイルはダウンロードできたかい? オッケー? じゃあ、次のファイルに行こう。ここからさきは、オリジナル二十六体を祖とする住人たち。ファーストシティへ都市が移されるまでのあいだの全住人だ。EDの個人データもある。そうだ。このファイルをコピーしてるうちに、ジェイド。あんたのIDも住民登録しておこう。そのほうが何かと便利だ。IDプレートは、どこだ?」


「ここだよ」


 ジェイドはスキャナをかざすオニキスに、左手をさしだした。登録作業をオニキスに任せながら、ジェイドは考えこむ。


(オリジナルヒューマンが、オリジナルボディたち? でも、それじゃ、ドクの話とあわない。おれたちは人に造られたロボットだっていう話と。

 オリジナルヒューマンが、体のどこにも機械部品を持たない、完全に生身の人間のことなんだとしたら、オリジナルボディがオリジナルヒューマンであるはずがない。もしかして、おれたちは……オリジナル二十六体の各タイプは、最後の二十数人のオリジナルヒューマンをモデルにして造られたロボット——ってことか?)


 そう考えたほうが、しっくりする。

 ファイルをわけて管理されたのは、そのせいではないだろうか。両者が根本的に異なる存在だから、リストを区別したのだ。


(人間は……オリジナルヒューマンは、一人残らず滅んだのか)


 人間の寿命は百年。

 これらのリストが現在進行形の時間だったのは、今から何億年も前の話だ。

 どこかに彼らが生きながらえているなんてことはありえない。


 オリジナル二十六体が造られたのは宇宙航行中だったらしい。

 それなら、この船のほんとの持ちぬしたちは、目的地であるこの惑星にたどりつくことなく、滅んでしまったのだ。

 ただの一人も生きのびることなく。


 いったい、なんのために、どんな事情があって、彼らは長い旅をしていたのだろう?

 ふるさとの星を離れて、見も知らぬ宇宙のかなたへ旅立たなければならないほどの理由とはなんだったのだろう?


 何十万人もの人間が、何世代にも渡って、無謀とも思えるほどの危険な旅を続け、やりとげなければならないほどのことが、はたしてあるのだろうか?


 あるとしたら、それは種の存続にかかわるほどの切迫した理由……。


 そう。彼らは自分たちの種を残すために旅していたのかもしれない。


 宇宙船『フューチャー』——

 この船は人類の未来そのものだったのだ。

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