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タイプJ  作者: 涼森巳王(東堂薫)
一章 マーダー
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一章1-4


 パールはキューブシティーに来てからの新しい友人だ。型式はPEARL。


 Pタイプだが、Aのチップを持っている。ジェイドがパールといると心がなごむのは、彼女にアンバーの面影を見るせいだろう。

 もちろん基本がPタイプだから、似ていると言っても、ふとした瞬間のちょっとした仕草くらいだが。


「やあ、パール。いいのかい?」

「もちろんよ。一人で飲んでただけだもの」


 というわけで、遠慮なく、ジェイドはパールのテーブルに同席した。


 二人がけの席なので、しょうがなく、エヴァンをテーブルに腰かけさせて、壁に頭をもたせかけておく。

 エヴァンはトロンとした目を半眼にして、ぼんやり口をあけている。とうぶん、このままだろう。


「悪いね。ちょっと窮屈きゅうくつだけど」

「いいのよ。またエヴァンは酔いつぶれちゃったのね」

「今日は、おれが悪いんだ。むりやり飲ませちまった」


 いつ見てもパールはきれいだ。パールも外見はわりとオリジナルに近い。


 骨格フレームは各タイプに基本が決まっている。どのタイプでも、基本から大きく変化させることはできないプログラムになっている。


 とくに頭部のフレームは手出し不能。

 なので、パールのマスクは、少しもアンバーには似ていない。アンバーほど華麗な造作ではないが、充分、チャーミングだ。


 ラメ入りの人工皮膚をもちいているので、肌が真珠色に輝いている。髪もほんのりピンクがかったラメ入りだ。

 海からぬけだしてきた真珠の精みたい。


 最近の流行の突起物はついていないが、同じく流行のタトゥーはしている。色とりどりの鉱石を人工皮膚に象嵌ぞうがんして、模様を作るのだ。

 パールは左右の手の甲に花模様、それに両頬にひとつずつ、ティアドロップカットのピンクサファイアを埋めこんでいる。だから、いつも泣いているみたいに可憐に見えた。


「なに飲んでるの?」

「スローリーだよ。君は?」

「あたしは、ただのフレーバーオイルよ」


 ドリンクオイルには香りを楽しむものもある。

 このオイルは体内でオイル浄化装置にかかるとき、全身から香りが発散するので、スローリーやクィックみたいな回路の働きを変調させるオイルより、女の子には人気が高い。


「今日はローズにしてみたわ。わかる?」

「まだ、あんまり」

「じゃあ、もうすぐね。体が熱くなってきた」


 と言って、パールは色っぽい目を、ちろりとジェイドに向けてきた。


「あたしのうちに来ない?」


 ジェイドはエヴァンを流し見た。


「エヴァンをこのままにしておけないよ」

「そう?」


 ザンネン、というように、パールは肩をすくめた。そういう仕草は、ふっとアンバーを思いださせる。


 パールは二十年前からの恋人だ。週に二回くらいは、パールの部屋に行く。

 だが、マザーに登録した正式な伴侶ではない。ジェイドにはアンバー以外の伴侶は考えられない。パートナーにはなってもよいが、伴侶ではない。


 パールはそれでもいいのだという。


 パールもずいぶん長いこと、一人でいたのだ。毎日、酒場に通って、相手を探していた。

 パールが探していたのは、パートナーのいないJタイプだ。そう。ジェイドのような。


 Pの基本人格にそうプログラムされているからだ。Jが好きだというプログラム。

 だけど、Jタイプが求めるのはAタイプ。一心不乱にAの後ばかり追っている。だから、Pの女は相対的にあぶれていることが多い。


 パールは何度か違うタイプの男をパートナーにしてみたこともあるが、結局、うまくいかなかったのだ——と言っていた。


「どうして神様は、そういうふうにプログラムしたのかしら」


 ジェイドやパールやエヴァンや、その他すべての人間のもととなった、オリジナル二十六体を作った神のことだ。


「Aみたいに二人の男に好かれて、自分もその二人が好きで、二人のどちらかを自分で選べる女もいれば、あたしみたいに、絶対に自分をふりむいてくれない一人の男ばかりを追いまわしてる女もいる。二十六体のオリジナルだって、男女の比率が半々じゃないんでしょ? うまくペアを組むためなら、十三体ずつ男女を作って、ひと組みずつペアにしておけばよかったのよ」


 初めて会った日に、パールはそう言っていた。


「それじゃダメなんだ。それじゃ、いつまでたっても、同じ組みあわせの子孫しかできない」


 納得いかないようすのパールに、ジェイドはさらに続ける。


「いろんなタイプの人格チップを交換して、多様な子孫を残さないと。同じ人格ばかりだと、ひとつの問題に対して、同じ失敗ばかりをくりかえしてしまう。あらゆる局面を乗りこえるためには、人類は多様化する必要があったんだ」


 ジェイドの講釈は、やっぱりパールの胸には響かなかったようだ。


 アンバーなら、こんなとき、冷たい目をしてジェイドをにらんだあと、ぱっと花が咲いたような艶やかな笑みを浮かべたのだが。


 アンバーとは基本相性はよかったが、もちろん、まったく口論がなかったわけではない。


 一度だけ、本当にひどい言い争いをしたときなど、これっきりアンバーを失うことになるのではないかとヒヤヒヤした。


 だが、ジェイドに背を向けていたアンバーが、ずいぶん経ってから、くるりとふりかえったとき、おもてに浮かんでいたのは、いつもの笑みだった。


 ただ、瞳は少し、悲しげだった。


「ゆるしてあげる。あなたを愛しているから」


 美しい瞳から琥珀色のオイルが、すっとこぼれおちる。

 ジェイドは百万回も許しをこいながら、アンバーを抱きしめた。アンバーは女王だ。微笑も涙も勝利を勝ちとるためにだけ存在している。


 あのときだけは、少し違ったけれど。


 そういえば、あのときの口論の原因も、配合に関してだった。配合のなかでも、たがいの人格チップを組みあわせて新しい個体を造る、配合分身だ。


 アンバーは以前から、JADEにAのチップをたした男の個体を造ろうと言っていた。一人では可哀想だから、AMBERにJのチップをたしたAタイプとの双子がいいと。


 ジェイドはアンバーとのあいだに、この話が出るたびに、いつも、はぐらかしていた。

 なぜだかわからないが、ジェイド自身は配合分身にも、分身にも乗り気になれない。プログラムの禁止事項に、分身はするなとでも書かれているかのように。きっと、Jタイプの男が家庭的な性質ではないためだ。


 この話が出るたびに、ジェイドは気が重くなった。反対に、はぐらかそうとするジェイドにアンバーは不満をつのらせていた。


 それで、あの日、大口論になってしまったのだ。


 アンバーはジェイドがあくまで子どもを造らないというなら、二人の関係も考え直さなければならないと、別れを匂わせさえした。


 だが、これだけは譲れないと、ジェイドも言いはった。

 まったく、自分でも、あの強情の理由が理解できない。

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