四章1-3
(水面に油は浮いてなかった。ドクは頭部を破壊されてないかもしれないぞ。急げば、まにあう)
今ここでドクを失うのは痛い。
やっと、真相に近づいたというのに、かんじんの犯人の型式を、まだドクから聞いていない。ドクには無事でいてもらわなければならないのだ。
ジェイドはEDのあとを走りながら聞いてみた。
「サポーターに引きあげさせることができるかな?」
「ムリだろう。実験補助に造られたサポーターだ。潜水能力があるとは思えない。私が調べたほうが早い」
「まあ、そうだよな」
EDの言うことは、もっともだ。
サポーターがおさまっている調整機の前を通りすぎ、ジェイドたち三人は中央研究室から、右端の動力室へ入った。エレベーターにとびのる。
エレベーターは三人乗るのがギリギリだった。
自動ドアが閉まり、下降していく。
だが、そのとたん、EDが叫んだ。
「しまった! 罠だ——」
「罠?」
「たったいま、中央研究室で誰かが起動した。おそらく、サポーター用の調整機のなかで、休止モードになっていたんだ」
ジェイドも確認してみた。
EDの言うとおりだ。
さっきまでは、たしかに活動しているロボットの電波はそこになかった。
なのに今、研究室のなかを動きまわる一体の影が、ジェイドの体内レーダーにも映っていた。
ジェイドはとまどい、つぶやいた。
「ドク……か?」
「ドクなら、まだいい」
そうだ。ドクなら、ただ単に研究のあいまに休憩をとり、その場にある調整機を使っただけのことだ。
ジェイドの見た水底の影は、貯水槽の清掃か点検中に故障したサポーターが、放置されているだけかもしれない。
しかし、このレーダーに映る影が、ドクでなかったなら……?
やはり、ジェイドの考えたとおり、水底に沈んでいるのが、ドクだとしたら……。
(機能を全停止させたドクのボディをおとりに使った? おれたちを地下に集めるために?)
しかし、反重力ボードはいったん動くと、次の階へ到着するまで停止できない。罠かもしれないと思いつつ、どうにもしようがなかった。
指定どおり、地下二階の貯水槽で、ボードは停止した。自動ドアがひらく。
ジェイドは急いで外へ出て、操作パネルの上昇ボタンを押した。そして、またボードにとびのる。が、エレベーターはもう作動しなかった。
エレベーターを制御する、おおもとのシステムが、研究室のコンピューターから止められてしまったらしい。
「おれたちを、ここに永遠に閉じこめておこうってつもりか?」
EDもエンジェルも答えない。
何をしたいのかわかるのは、上にいる“誰か”だけだ。
地下二階には、自然光はまったく入ってこない。殺菌用の紫外線を止められてしまったら、ジェイドには発電ができなくなってしまう。
最初のうちは体内に蓄電した電力と、体内のオイルを燃焼する火力発電で活動できる。
が、長くて二週間だ。
節電モードにしても半年だろう。
電力を使いきって、いずれ停止してしまう。
犯人はそこを襲うつもりだろうか?
「エド。あんたは風力発電ができるよな?」
「風力発電も水力発電もできる。この状態でも私が機能停止することはない。だが、エンジェルは……」
そうだった。
ロボットのジェイドたちと違って、エンジェルは生身だ。一日三回、口からエネルギーを摂取しなければ、すぐに……。
「水だけはあるけど……クソッ! よくもやってくれたな」
「もとはと言えば、おまえが研究室の調整機のなかまで調べていなかったからだ。私は調べているものとばかり思っていたが」
悔しいが、弁解の余地はない。
「なんとかして、エンジェルだけでも逃がしてやれないかな。そうだ。あんた、飛べるんだから、エンジェルをつれて上へ行けよ。エレベーターの出入口をこわせば、地下一階へ戻れるだろ?」
「ムリだな。この材質は私のボディと同じ特殊強化ガラスだ」
やはり、EDでも壊せないのか。
ジェイドは、ため息をついた。
「しょうがない。ぬけ道でも探すか」
あきらめて、三人そろってエレベーターから降りた。貯水槽のふちに立ち、四方の壁をチェックする。
四方の壁は岩肌がむきだしだ。
エックス線照射で調べるが、ぬけ道らしきものはなかった。
EDがつぶやく。
「あとは水底か。地下湧水をひいているということは、水脈づたいに外へ出られるかもしれない」
「水中か……そういえば、あそこに沈んでる人影は、けっきょく誰なんだろう?」
EDはジェイドをよこ目で見た。
そして、何も言わずに薄紫の水面へととびこんでいく。
EDの姿が水面下に沈むと、ガラスの体は水に溶けたように見えなくなる。
しばらく、無数の気泡が浮かんできた。
やがて、EDの頭があがり、小脇にかかえていたものを貯水槽のふちになげあげる。
ドクではなかった。
サポーターだ。
「ドクじゃない……」
じゃあ、いったい、ドクはどこにいるんだ?
そのときだ。
ジェイドの心を読んだように、どこからかパルスが届いてきた。
——すまない。ジェイド。ゆるしてくれ。
——ドク? ドクなのか?
ジェイドは電波信号を返す。
しかし、とつぜん、EDが叫んだ。
「水だ!」
ふりかえると、貯水槽の水面が急速に上昇していた。 水面が貯水槽いっぱいになり、みるみる、ふちを越えてくる。
足首、ひざ、腰——
またたくまに水につかる。
ジェイドはあわてて体じゅうの防水シャッターを閉じた。
そのときには、EDがエンジェルを抱きあげて空中に飛びあがっていた。
岩肌の天井までは十メートルほどだ。
ジェイドは岩壁に走りより、しがみついた。わずかな、おうとつに手足をかけて、天井近くまでのぼる。
しかし、それでも水の勢いはおさまらない。
——ドク! やめてくれ、ドク!
ドクからの返答はなかった。
すでに水は天井まで迫ってきている。
EDが飛ぶ空間もなくなってきた。
EDはガラスの翼をボディの前面にまわして、翼とボディのあいだにできたスキマに、エンジェルを入れた。そして、ガラス管の一つをエンジェルにくわえさせる。
「息をするときは口から吸って、鼻から出すように」
生き物には酸素がなくてはならない。
自分の羽を酸素ボンベがわりにする気なのだ。
直後、水が天井まで達した。
地下二階は水で満タンになった。
すると、その水に流れができてくる。
貯水槽の中心に向かって、大きく渦をまいている。
水底の排水口がひらかれたのだ。
ジェイドは岩にしがみついていることができなくなった。渦まく水中にひきずりこまれる。なすすべなく、水流に飲みこまれた……。