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タイプJ  作者: 涼森巳王(東堂薫)
三章 クリーチャー
34/80

三章3-1

 3



 岩山のむこうは牧場になってるの——


 エンジェルの言葉の意味が、このとき、やっと理解できた。


 ここは、まさに牧場だ。

 広々とした草原が、いくつもの区域に柵で仕切られ、生き物が放牧されている。


 しかし、そこは、ただの牧場ではない。竜や獣など、外部で見かける生物は一匹もいない。いるのは、これまでジェイドの見たことない生物ばかりだ。多くは哺乳類だ。鳥や爬虫はちゅう類もいるが、それも初めて見る種類だ。


 ジェイドは草原にとびだし、柵のなかをのぞいてみた。頑丈な金あみの柵のなかに、さらに小分けの柵や家畜小屋がある。

 似た姿形の動物が、小分けの柵のなかに数十匹ずつ入れられている。


 見ているうちに、ジェイドは気づいた。

 それが、進化過程の順を追って進化した、一つの種族の生物であることに。

 つまり、これらはすべて、この研究所で進化をうながされた獣だ。遺伝子操作によって、むりやり進化させられた種——


 それだけでも充分、刺激的だった。が、ジェイドはさらに驚愕の事実をまのあたりにする。


(こいつ——!)


 それを見た瞬間、背筋が冷たくなった。


 似ている。


 その獣はいくつかの外柵の前を通りすぎたときに見かけた。小型で四つ足。全身を獣毛におおわれた哺乳動物。前につきだした長い鼻づらと、大きな耳が特徴だ。


 それが、そっくりなのだ。

 昨夜、闇のなかでジェイドたちを襲ってきた獣と。


 まちがいなく、あのときの獣だ。

 世界中のほかのどの場所でも見たことのない新種。

 この獣は、ドクの研究によって造りだされた種だったのだ。


 今すぐ、ドクを調整機からひっぱりだして聞かなければならない。

 何を目的として、進化の歴史を乱しているのか。


 ジェイドは建物にもどり、エレベーターにとびのった。反重力ボードは急降下し、さきほどの動力室で停止した。


 ジェイドが中央研究室にもどったときには、そこを出てから十五分も経過していなかった。


 三つならんだ、まんなかのハッチをあけてみたが、そこにパールはいなかった。

 ハッチのなかは長い廊下になっていて、そのさきに、もう一つドアがある。あのドアの奥を調べているのだろうか?


 あのなかに実験動物でもいるかもしれない。

 大声を出すのはためらわれた。動物があばれて、パールに危険がおよぶかもしれない。


 考えていると、となりのハッチがひらいた。


 左端のハッチ。

 けわしい顔つきのEDがとびだしてくる。


「ちょうどよかった。聞いてくれよ。エド。大変なんだ。あの右端」


 ED自身も何かにおどろいているように見えた。が、ジェイドの話を聞くうちに、平静さをとりもどしたようだ。


「昨夜の獣が? 見まちがいではないな?」

「絶対に同じヤツだった」

「では、あの獣はこの研究所から逃げだし、自然繁殖したか。あるいは……」


 つぶやいて、EDは考えこむ。


「あんたのほうはどうだったんだよ?」


 ジェイドがたずねると、そっけない答えが返ってきた。


「牧場を見たのなら、おどろくようなものではない。牧場で飼育された獣の死体標本やデータなどだ」

「そうか。ドクのヤツ。なんてことを……」


 ジェイドはぼやいたが、まだ真に重大なことには気づいていなかったのだ。

 ドクの研究がもっと深く、神の領域にまでかかわっていることを。


「ここは見たのか?」


 EDが親指で中央のハッチをさす。


「いや、まだ。パールが調べてる」

「行ってみよう。内部は一本道だ。パールとも合流できるだろう」


 エックスレイで透視してみると、たしかにそんな感じだ。


 ジェイドはEDとともに中央のハッチのなかへ入っていった。どうせ、ドクは調整機のなかだ。詰問するのはあとまわしでいい。


 まんなかのハッチのなかは、左右の二つにくらべてセキュリティが厳重だった。

 通路に何本も赤外線センサーの赤い線が走っていて、ふれるとブザーが鳴る仕掛けのようだ。とくに床上五十センチまでの高さにセンサーは集中している。

 ブザーが鳴ると何が起きるのかわからない。サポーターがかけつけて、捕まえようとするのだろうか?


(こんなとこ、パール、よく通ったな)


 通路の奥のハッチまで十メートルほどだ。

 ジェット噴射で跳躍すれば、センサーにふれずに通ることはできる。が、ハッチがあるので、着地できるスペースがない。


(変……だな)


 いぶかしく思ったが、あせりがあった。深くは考えず、EDに話しかける。


「なあ、あっちまでつれてってくれよ。あんたなら飛べるから、センサーにひっかからないだろ?」


 ジロリと、EDはジェイドをにらむ。

 が、言いあらそう時間もおしかったのだろう。EDはジェイドの腰に手をまわしてくる。かたい強化ガラスの感触が密着してくる。

 ジェイドは、ふわりと宙に浮いた。


「いっつも、こんなふうに率直だと助かるのになぁ」

「うるさい。だまれ」

「おれ、あんたのこともキライじゃないぜ? おれのなかにもAがいるから」


 バランスをとるためにEDの肩に手をまわし、ジェイドは新緑の森のようなEDの瞳をのぞきこんだ。


 EDはしぶい顔をする。


「キサマがAのチップを持っていることには気づいていた。ときどき、Aとしか思えない言動をする」


 交換できる専門知識のチップくらいでは、大きく人格は変わらない。とは言え、趣味や嗜好しこうへの影響は小さくない。好きでなければ学ぶ意欲もわかないからだ。

 EDの言うのは、そういうあたりのことだ。


「じゃあ、もっと優しくしてくれよ」


 ジェイドが言うと、ますますEDは不機嫌になる。


「そういうところがだ」


 そのまま、ジェイドをかかえて、EDは、ふわふわ飛んでいく。


「到着だ。さっさとドアをあけて、私から離れろ」

「厳しいなぁ。ちょっと切ないよ。おれ」


 ジェイドはあいてる手で、ドアノブをまわした。

 薄暗い。なかはよく見えない。どうやら、床が人感センサーになっているらしい。


「ここも、ラボだな」


 なかをのぞきこみながら、もういっちょEDをからかってやろう、と考えていたジェイドは息をのんだ。


「どうかしたのか?」


 気配を察してEDの声も緊迫する。

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