一章3-3
ちょっとのあいだ、あぜんと男を見つめてしまった。
自身の美を誇示するように、金属片をつなぎあわせた、ギラギラ輝くローブみたいな服を着た男は、尊大に顎をそびやかして、ジェイドをいちべつした。
「浮気相手かな? 私は帰ったほうがよかろうか? マーブル」
マーブルは妙にオドオドしたようすになって、EDの機嫌をうかがった。
「そんなんじゃないのよ。彼は古い友人なの。型式は——」
言いかけるのをさえぎって、
「君の知人など紹介してもらわなくて結構。君がJを友人に持っているとは知らなかった。不愉快だ」
「ご……ごめんなさい。でも、Jタイプの友人はジェイドだけよ。めったに会うこともないし……」
「もういい。私は帰る」
そう言ってから、EDはマーブルが手にしたエヴァンのチップに気づいた。
「これは?」
冷たい目をして、ジェイドを流し見る。
「まさか、彼に改造をすすめられたのか?」
「違うの。これは……」
マーブルはオロオロするばかりだ。
さっきから男の高飛車なようすに、いいかげん、ジェイドはウンザリしていた。
自分のなかにAのチップを持っているから、ジェイド自身は、見栄えのいいEDはカッコイイと思う。
しかし、こうも、傲慢だと、やはりいただけない。
なにより、EDがJタイプの自分を嫌っているのが、ヒシヒシ伝わってきて胸が苦しかった。
(Aの入ってないEって、こんなに手ごわいもんだっけ? なんか落ちこむよ)
ジェイドは椅子から立ちあがり、二人のほうへ近づいた。
そっちに出口があったからだが、EDはジェイドが食ってかかるとでも思ったようだ。
先手を打って、マーブルの手から防水ケースをとりあげると、ジェイドに向かって投げつけてきた。
「これは持って帰れ。かまわないな? マーブル。でなければ、君とのつきあいは今日かぎりだ」
ジェイドは言われなくても帰るつもりだったから、なげすてられたエヴァンのチップをひろい、ポケットにおさめた。
「帰るよ。マーブル。一つだけ教えてくれ。エヴァンのベースキャンプは、どこにあるんだ?」
マーブルは疑問に思ったろうが、EDをひきとめたいからだろう。早口に答える。
「湖底ぞいに東へまわって。二十メートルほど岸をのぼると洞くつがあるの。そのなかよ」
なるほど。
マーブルはエヴァンの近くにいるためもあるが、彼の宝の番人のような気持ちもあって、ウォーターシティーに移住したのだろう。
「そんなに近くか」
「子どもみたいでしょう? そんなところに秘密基地を作って」
一瞬、マーブルは小さく笑った。
そんなところも愛しくてならないというように。
EDがムッツリしていたので、ジェイドは手短かに別れを告げて外へ出た。
ウォーターパークへ行ってみたが、約束より一時間も早かった。まだパールは来ていない。
(一時間か。どうやって時間をつぶそう?)
しょうがなく公園のなかへ入って、ベンチに腰かけた。
ウォーターパークのなかには、色あざやかな魚の影がクルクルまわって、空中を泳いでいるみたいだ。あちこちに投影機がすえつけてあるのだ。
ゆっくり、まわっていく魚の影をながめていると、小走りに近づいてくる足音があった。
となりに誰かが座った。
パールかと思ったが、マーブルだった。
「君、いいの?」
「EDは帰ってしまったわ。また来るとは言っていたけど……」
「なんだか大変そうだね」
マーブルは、うつむいた。
「ごめんなさい。いつもはあんなに、ひどくはないのよ。あの人、気位は高いけど、ほんとは繊細なのよ。とても、傷つきやすい。エヴァンもそうだった」
それは、たしかにそうだった。
「おれは、嫌われてるからね」
「あの人の型式、EDなの。 それも、Dのチップも、専門知識をコピーして足しただけ。だから、ほとんどオリジナルタイプに近くて……そのぶんEの個性がきわだってるから」
「とにかく、Jは顔を見るのも嫌ってわけか。でも、すごいな。オリジナルタイプか」
「オリジナルが分身した何体かのうちの一体だと、本人は言ってるわ。ガンコに配合しないのは……ごめんなさい。Jを許したくないからだって」
「君が謝ることはないさ」
「あの人ね。ほんとはAを伴侶にしたいのよ」
マーブルは吐息をついた。
「これまでにも何人かのAとペアを組んでいたみたい。でも、うまくいかないの。彼が配合を嫌がるからよ。Aのチップを入れると、Jを好きになってしまうから」
「そこまで嫌われてると、いっそ清々しいよ。じゃあ、君、こんなところ見つかると困るじゃないか」
「そうなの。あの人、自分が甘えたいときだけ来るのよ。ふだんは寄りつきもしないくせに。だから、きっとまた、すぐ訪ねてくると思うわ。そういう人だから。これ、エヴァンのベースキャンプに入るためのキーよ。岩壁にカモフラージュしてあるから、入口が見つけにくいと思うわ」
パスワードかIDを入力したカードキーだ。
「ありがとう」
ジェイドはキーをポケットにしまい、かわりにエヴァンのチップをとりだした。
「これ」
だが、マーブルは首をふった。
「ごめんなさい。受けとれないわ。EDに叱られるから。でも、わかってね。わたし、エヴァンを愛してたのよ」
ジェイドは手の内のチップを見つめ、悲しい気持ちで、うなずいた。
「ああ。わかってる。おれたち、もう会わないほうがいいね」
ちょうど、一時間たっていた。
ジェイドはマーブルと別れて、公園の入口へ歩いていった。パールが人待ち顔で立っている。
「お待たせ」
「わかったの? ベースキャンプ」
「やっぱり、エヴァンだよ。おもしろいところに基地がある。ここから近いよ」
「もしかして、また水のなか?」
「君の察しのいいとこ、好きだよ」
「あたしは、あきれるわ。あたしって、あなたにとって都合のよすぎる女かしら?」
ああ、こういう口調はAのチップが働いてるな。アンバーと、いっしょだ。
「置いていこうか?」
「いい。行くわ」
「どっちにしろ、今夜はここに泊まるかもだけど? エヴァンのベースキャンプが、二人、泊まれる広さかわからないし」
「わかってる。でも、ここまで来たんだもの」
時刻はPM三時すぎ。
エヴァンのベースキャンプが、すぐに見つかるとはかぎらない。が、気持ちはせいていた。
やっと、これで、アンバーを殺した犯人の正体がわかるかもしれない。