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タイプJ  作者: 涼森巳王(東堂薫)
一章 マーダー
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一章3-1

 3



 ウォーターシティーについたのは、翌日の午後のこと。


 ジェイドの口座の残高は、もうあまり多くはないので、高速エアボートなどの乗り物はレンタルしなかった。乗り物なら、もっと早く着いていたろう。


 といっても、ウォーターシティーへの道筋は、ずっとソテツやシダの密生した亜熱帯ジャングルなので、高速ボートの威力は半減だ。

 ジェイドのエアガンは、肘から吸入した空気を超高圧で撃ちだす仕組みだが、高速ボートも同じ原理で動く。直線の長距離移動にはむいているものの、あまり小回りはきかない。


 もっと便利な乗り物は、レンタル料が、さらに高いので、とても手が出ない。だから、徒歩だ。


「旅に出たのは久しぶり。わりと気候が穏やかになったんじゃない? 三百年前くらいまでは、今より摂氏で0.4度、高かった気がするわ」


「活火山の噴火も少なくなったね。前は、あっちでもこっちでも、火柱ふいてたのに。おかげで空がすごくキレイになった」

「火山の噴火が減少したのは、前にニュースでも見たわ」


「でも、竜はますます巨大化してる。植物の種類が増加して、エサが豊富になったせいかな」

「哺乳類や鳥類の種類も、ちかごろ、すごく増えたって聞くわ」

「うん。昨日今日だけで、初めて見るような獣が何度も出てきて、びっくりしたよ」


 ジェイドもシティを出て旅をするのは二百年ぶりだ。外界の変化は予想以上だった。


「あれ以上、竜が巨大になると、さすがにシティのドームもふみつぶされるんじゃないか? なんだか、だんだん、人間が住みにくい世界になってくる。竜なんて、みんな殺しちまえばいいのに」


「でも、それは神様に禁じられてるんでしょ? あたしたちの身に危険がおよばないかぎり、生物を傷つけてはいけないって」


「まったく、神様も面倒なルール作ってくれたよ。おれたち人間はドームのなかで暮らすこと。シティの外の生態系を乱さないこと。絶滅の危険のある生物を傷つけてはならない。その他の生物は正当防衛にかぎり、傷つけることを許す」


 最初の二十六体が、この星をあたえられたときの、神との取り決めらしい。

 だが、それが真実かどうかはわからない。

 今ではもう、神の存在なんて、ただの神話だ。


 オリジナルの二十六体たちが分身、配合して子孫をふやし、あるいはチップを交換して自分を改造し、型式を変化させては、また分身するうちに、何億年という月日が流れた。


 古い記憶は消去され、またはバックアップに取ったまま、ディスクの所在が知れなくなるなどして失われ、そのころの記憶を正しく持つ者など、いなくなってしまった。


 世界のどこかには、不慮の事故で死んでさえいなければ、オリジナルの二十六体も生きているはずだ。

 が、オリジナル自身にも、自分が神話に出てくるオリジナルだと、わからなくなっているのではないだろうか。


 それでも人間が神との約束を守り続けるのは、ひとえに、そうプログラムされているからに他ならない。


 神の命令は、絶対である——と。


「ウォーターシティーが見えてきた」

「きれいね。でも、あたし、あそこ、苦手よ」

「なんなら、君、ここで待ってていいよ。ウォーターシティーでは、マーブルと話すだけだから」


「ベースキャンプに行くんでしょう? 遠くなら調整しておきたいもの」

「だよね。じゃ、行こうか」


 パールがウォーターシティーが苦手という意味はわかる。

 ジェイドだって、あまり得意ではない。水中での動きに適したボディに造ってないからだ。


 ウォーターシティーは水中都市だ。

 湖のまんなかに、ガラスの塔のような風車が何百本もつきだしている。なかば水中に没した水車が水しぶきをあげて回り、とてもメルヘンチックだ。


 水中都市は外敵の侵入をふせぐには有効だが、都市を運営するエネルギー源として、太陽光発電を頼ることが難しくなる。このウォーターシティーは、風力と水力がメインになっている。


 都市のまわりにドームはないが、かわりに電磁バリアが張られている。旅に疲れた渡り鳥や、迂闊うかつな翼竜が風車を止まり木にすることはできない。


 水中はクリスタルドームが都市を包んでいる。都市の入口は、そっちにあるのだ。つまり、ウォーターシティーへ入るためには、誰でも必ず、水中に潜らなければならない。


「じゃ、行こうか」

「ラジャー」


 こういうときのパールは、決まって、こめかみのよこっちょに、そりかえらせた右手をあてて、変なポーズをとる。

 最初は、ふざけているのかと思ったが、どうもそうではない。

 Pタイプの人格プログラムに書きこまれたクセらしい。


 しかも、ジェイドのほうも、そうされると、妙に既視感をおぼえるというか、記憶の底をつつかれるような、不思議な感じがするのだ。


「行こう」


 その感覚をふりはらい、ジェイドはウォーターシティーをのぞむ湖岸に立った。


 いちおう生活防水はしてあるが、水中歩行となると完全防備しておかないといけない。体表装甲板の内側に水が入りでもしたら、内部の機器がサビてしまう。AIや動力システムだけは、完全防水だが手足の配線などは、その処理をほどこしていない。


 レザースーツのジッパーを喉元まで引きあげ、耳、鼻、口、目など、外部にひらいた穴には防水シャッターをおろす。


 竜に襲われるなどして、体の一部が切断されたとき、内部のメカニックをホコリや酸化から守るための体内非常シャッターも、すべて閉ざした。

 こうすると体内に熱がこもって、オイル冷却装置をフル回転しても、一時間ばかりで内部機器がオーバーヒートしてしまう。

 だが、ウォーターシティーは水中だから、その心配はない。水中のほうが熱伝導率が高い。


 ウォーターシティーまでは、十分ていどだ。


 双眸のシャッターをとじてしまっているから、光スコープの通常視界はきかない。

 かわりに視界を赤外線スコープに切りかえた。これなら熱探知で、まわりのだいたいの形状が識別できる。

 これに体内レーダーを併用すれば、光スコープに充分、匹敵する。


 ジェイドはレーダーでウォーターシティーの位置を確認して、水中に入った。


 湖底にそって歩いていくと、またたくまに頭の上まで水につかる。


 泳ぐといっても、ジェイドはスクリューなどの水中移動用装置がついてないから、シティのガラスドームにつきあたるまで、ひたすら湖底を歩いていくのだ。


 泥のなかにひそむアンモナイトや魚をふみ殺さないよう、細心の注意をはらいながら、できるかぎりのスピードでドームをめざした。


 かなり大きな湖だが、ここには水生の竜はいない。それだけが救いだ。

 こんな不自由な体勢で、よろよろ歩いているところを竜に襲われたのでは、たまったもんじゃない。

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