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涼 と 湊 と 二人のファン


 調布支部での解体を終えた涼と香は、守に別れを告げて、白凪の車で府中方面へと戻る。


 そして、府中駅近くの高架下のコインパーキングに、白凪は車を駐車した。


「目的地に一番近いパーキングがここですので、ちょっと歩きます」

「あいつらと遭遇したりしないですよね?」

「さすがに待つのに飽きてどっかで遊んでるとは思うけどな」


 車から降りる時に漏らした涼の不安に、香は気楽な調子で肩を竦める。それに、白凪も同意した。


「待ち伏せに飽きて、どこかで食事や飲み会をするにも駅ビルや駅前の飲み屋街だけでもかなりお店ありますし、遊ぶにしてもギルドの近くにボーリングやゲームセンターの入った施設オールラウンドがあります。駅前にだってカラオケを筆頭に色々ありますしね」


 香はその言葉にうなずいて補足する。


「それに、駅のこっち側は個人経営店の多い――言っちまえばマニアックな区画だ。

 地元民やそういう店を探すのが好きでもないと、あまりこっち側には来ないよ。

 連中が噂通りのキャラをしてて、しかも上京したてだっていうなら、あまり選択肢には入らないんじゃないのかね」


 二人の解説に、涼はなるほどとうなずいた。

 細部までは理解したわけではないが、香と白凪の二人が同意見だというのであれば、問題ないのだろう。


「それじゃあ、お店に案内しますね」

「お願いします」


 ・

 ・

 ・


 鉄板ビストロ

 Ipercalorico


「これはまた隠れ家的な……」

「香にでも連れて来てもらわないと自分では見つけられそうにないお店だ」


 どこぞの雑居ビルの三階。

 そこにあったお店の店構えを見た二人の感想はそんな感じだった。


「ところで何て読むんですか?」


 涼が白凪に訊ねる。


「イペルカロリコ。イタリア語でハイカロリーって意味らしいですよ」

「それはまた面白店名ですね」


 意味が分かると面白いが、イタリア語というだけでお洒落にも感じてしまう。

 その事に香と涼が苦笑していると、白凪はドアに手をかける。


 入り口のドアノブにはcloseと書かれた木札がぶら下がっているが、彼女は気にせず中に入っていく。


「あ、すぐに入ってきてください。

 オープンしていると勘違いされてしまいますと、お店にもお客さんにも迷惑をかけてしまいますので」


 段差には気をつけて――と付け加えつつ、中に入っていく白凪を追いかけて二人もお店の中へ入る。


 中に入ると、何やら料理を作っているのか、肉の焼ける良い香りが漂っていた。


「すみません、お待たせしました」

「白凪さんお帰り! 涼ちゃんも香くんもいらっしゃい!」


 湊は白凪の姿を確認すると、笑顔を浮かべる。

 続けて、その背後にいる涼たちに気がつくと、さらに笑顔を華やかせた。


「おお! 本当に涼ちゃんねるの涼ちんとかおるくんだ!」


 そして、湊の後ろで何やら感動している男性がいる。

 コックコートを着ているので、お店の人だとは思うのだが。


「こちら、お店のオーナーの千道(センドウ) 鉄平(テツヒラ)さん」

「実はちゃんねる視聴しているチキンの一人です。よろしくお願いします」

「ええっと、はい……いつも見ていただきありがとうございます」


 鉄平から手を差し出されて、涼はあわててその手を取ってお辞儀する。


「初めまして千道シェフ。涼ちゃんねるの編集などの裏方兼マネジメント担当の香です」

「あ。香さんってマネジメントも担当してたんですね」

「最近はちょいちょいカメラに映ってしまっていただけで、基本的には裏方ですよ自分は」


 鉄平はそういいながら、香にも手を差し出したので、香も丁寧にその手を握って握手を交わした。


「しっかりした手ですね。格闘技やボディガードもできるというのは本当みたいだ」

「嘘は言ってませんからね」


 嬉しそうな様子の鉄平に応えるように、香はうなずく。


「三人がなかなか戻ってこないから、ちょっと料理教えてもらってたんだー」


 そうして、挨拶を交わし終えただろうところで、湊は何やらお皿を持ってくる。

 その上には、料理が乗っているようだ。


「はい。涼ちゃん」

「チキンステーキ!?」


 皿の上の料理を見た瞬間、涼の双眸が星空のように輝いた。


「探索も配信も途中で切り上げたし、打ち上げする余裕も無かっただろうからね。おいしく焼くコツを教えてもらいつつ焼いて待ってた」


 どうぞ――と、皿を渡される。

 それを湊から受け取りつつ、どうしようと周囲を見回す。


 すると、鉄平が楽しそうに席を示した。


「涼ちん。こちらの席でどうぞ」


 他のテーブルにはカトラリーセットは置いてないのに、鉄平が示す席にだけ、カトラリーセットが置いてある。


 チキンステーキを受け取り席を示されたものの、どうして良いのか分からず、助けを求めるように香へと視線を向ける涼。


 そんな涼に、香は小さくうなずいた。


「素直に受け取って席に着けばいいさ。

 湊と千道シェフからのご厚意だ。ありがたく頂け」

「そうする!!」


 涼は力強くハイテンションにうなずくと、勢いとは裏腹に丁寧に席につき、ナイフとフォークを手に取る。


「いただきます」


 切り分けようとナイフを刺したステーキの皮目からパリパリという心地よい音がする。

 皮目がしっかりパリっと焼かれているようだ。


「ん~~~……!!

 やっぱり鶏肉。鶏肉は世界を救うし身体の状態を整えてくれるしストレスも癒される。君は究極で完璧な栄養(フード)!!」

「鶏肉を究極で完璧な栄養(フード)として摂取できるのはお前くらいじゃないのか?」


 香のツッコミは無視して、涼は嬉しそうに切り分けたチキンステーキを口に運ぶ。


「本当に顔が輝くんですね!」

「嬉しそうに食べてる涼ちゃんの顔が一番かわいい!」


 そんな涼の様子を、鉄平と湊は嬉しそうに眺めている。


「あー……なんというか」


 涼、湊、鉄平の様子を見ながら、香はどこか疲れたような笑みを浮かべて白凪に話しかけた。


「話し合いってもうしばらく始まらない感じですかね?」

「そのようですね。なんというかすみません……」

「いえ。白凪さんが謝るようなコトじゃないので。というか謝る理由がないどころか、(こっち)のせいも何割かはあるんで……」


 そうして二人は小さく息を吐きあうと、涼、湊、鉄平が落ち着くまでしばらく待つことにするのだった。




 涼がステーキを食べ終わるのを待ってから簡単な話し合いが始まった。


 ――と、言っても涼と湊はほとんど喋ることはなかったのだが。


 お店は水曜定休日で、もう一日不定休みがあるという。

 そのお店が休みのタイミングでよければ、ディアーズキッチンと涼ちゃんねるの配信の場にしても良い――という話だ。

 もちろん、事前に相談は必要だそうなのだが。


「……ルベライト・スタジオという事務所が後ろにあるディアーズキッチンはともかく、うちは――涼ちゃんねるは完全にソロです。

 場所をお借りできるのは大変ありがたいですけど、それにあたって出せるモノがありませんよ?」

「承知していますとも。なので、現金である必要はありません」

「……と、いいますと?」


 香が首を傾げると、鉄平は楽しそうな笑みを浮かべる。


「ダンジョン食材払い……というコトで」

「こちらとしては助かりますが――探索者が、探索者資格を持たない人へ個別にダンジョン素材を譲渡するコトに関する面倒な法があるのはご存じですか?」


 難しい顔をして香が訊ねれば、鉄平は承知の上だとうなずいた。


「その法律、抜け道がありますので。

 そういうのに詳しい、デキる女みたいな友人から教えて貰っておりますよ」

「抜け道くぐったら逮捕とかないですよね?」

「大丈夫ですよ。合法手段なので」


 ニカっと笑う鉄平。

 それを見ながら、白凪が苦笑を浮かべる。


「なんでしょう……犯罪相談を見せられているような気分です」

「ちょっとちょっと! 合法だって言ってるじゃないですか!」

「くっくっくっくっく……それで千道シェフ、その合法面に堕ちた手段とはなんですか?」

「なんでちょと悪役っぽい顔して笑ってるの香くん!? あと合法面に堕ちるって何!?」


 思わず勢いで悪ノリしてしまった香だったが、このままでは話も進まないのでちょっと表情をシリアスに戻す。


「真面目な話、どうすればいいんですか?」

「お兄さん、香くんのノリの温度差に風邪ひきそうだよ」


 困ったような顔をしながらも、鉄平は真面目に答える。


「事前にギルドを通すだけですよ。

 ギルドを通して指名依頼の形で、こちらから探索者である涼ちんやディアちゃんに食材調達の依頼をする。

 食材の内容は指定せず自由と記載しておき、報酬は提出された食材に応じて変更有り、物品報酬の場合も有り、というコトにしておけば金銭による報酬でなくても問題はない。

 その上で、依頼達成時に報酬を受け取った側が、その報酬に関して問題がないとして受理すれば、別に報酬が0円であっても問題にはならない」


 それを聞いて、香と白凪、そして横で聞いていた涼は自分の知識にある法律を引っ張り出してきて思考する。


 思考の結果、自分では答えがだせないと判断した香が涼の名前を呼ぶ。

 ことダンジョンや探索者が絡んだ内容であれば、自分よりも涼の方が詳しいだろうという判断だ。


「涼……」

「あー……うん。香。現行法だとたぶん問題ないよ、これ。

 お店側が探索者を脅して了承させたとかなら問題になるだろうけど、今回の話の場合、お店の使用料をお店に支払う為の食材調達だから、別に報酬が0でもボクらは納得して報酬受け取り完了のサインするワケでしょ?」

「あまり公言できる手法ではない気がしますけど、確かに合法のようですね」

「うんうん。やっぱこういうコト考えさせると、静音と海咲は強いよな!」

「うあ、義姉(ねえ)さんだけでなく兄さんも関わってるんだ……」


 どうやら考案者は湊の兄姉であるらしい。


「報酬が低いとトラブルになる原因は、労力と報酬の釣り合いが悪いからだしなぁ……」

「お互いが事前に納得してれば報酬が0でも何一つ問題はないのか……」

「どうにも狐狸(こり)に化かされてるような気にもなりますが……」


 自分たちの知らないところで色々と悪用されてそうな気もするが、気にしたら負けな気がする――と、涼、香、白凪は自分を無理矢理納得させた上で、その方法をありがたく受け入れることにした。


「それじゃあ依頼期間無期限で定期的に依頼を入れるから、よろしくお願いします」


 何はともあれ、こうしてディアーズキッチンだけでなく、涼ちゃんねるもイペルカロリコで配信ができるようになるのだった。


「それでは香さん。このまま、ディアーズキッチンと涼ちゃんねるのコラボ企画の相談をさせてください」

「もしかして、そっちが本命ですか?」

「もちろん」


 話し合いはまだまだ続くようである。



【Idle Talk】

 鉄平は湊の兄である海咲から妹自慢の一環としてディアーズキッチンについて聞かされていた。

 ダンジョンの食材を料理するというので興味を持ち、見たところからダンジョン配信というジャンルにハマっていった人。

 ディアーズキッチンのコラボであるドレイクカツカレー回から、涼ちゃんねるも見るようになりチキンとなった。

 ディアや涼のファンであると同時にそもそもダンジョン配信というジャンルそのもののファンである。


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