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涼 と 香 と 解体と


 涼がダンジョンのエントランスへとあがってくると、香がそこで待っていた。


 香は飛んでくるドローンを受け止めつつ、軽く手を挙げる。


「涼。疲れてるとこ悪いが早めにここを離れるぞ」

「うん」


 もちろん、涼もそれに異論はない。

 香とともにエントランスから出て、さらに史跡資料館から外へと出る。


「駅前に行って雑踏に紛れちまえばいいかもしれないが、しつこい馬鹿だった場合が面倒だな」


 史跡の前にある道を左に行って住宅街へと紛れるか、右へ行って駅前の雑踏に紛れるかで、香は逡巡する。


 ちょうどその時、見慣れた車がクラックションを慣らしながら近づいてきた。


「二人とも乗ってください」

「白凪さん!?」

「え? どうして?」

「その辺りの話はあとの方が良いでしょう?」


 涼も香も驚いたものの、白凪の言葉にうなずいた。


「じゃあ、すいませんけどお邪魔します」

「助かります」


 そうして、白凪の車は二人を乗せてそろそろと発進する。


 史跡のある裏通りから住宅街へと出て、その住宅街から伸びる下り坂を降りていく。

 このまま降りていけば競馬場がある通りにつくはずだ。


「どこに向かってるんです?」

「目的地はなくもないのですが、とりあえずはこのまま競馬場の周囲を一周して、駅前に戻ります」


 香と白凪がやりとりしている横で、涼は探索用のコートを脱いでSAIに収納する。


 それをミラー越しに見ていた白凪が訊ねた。


「涼さん、探協に寄ります?」

「寄ってもらえると助かります」

「なら市役所の方へ行きましょうか」


 最寄りの日本探索者協会の支部は、府中市役所の近くだ。

 競馬場を一周するなら、駅前に戻るついでに寄ることができる。


 だが、香がそれに待ったを掛ける。


「すみません。府中支部は無しで。

 連中が配信を見ていたというなら、マツタケ候の下りも知っているはず。俺たちを見失ったなら連中は府中支部にやってくる可能性があります。何せ史跡からすぐのところにある支部ですからね」

「なるほど……しかし、彼らは何なのでしょうね。ディアさんの横から配信は見させてもらってましたが……」

「それが分かったら苦労しないですね」


 やれやれと香が嘆息すると、それもそうかと白凪も息を吐く。


「調布支部に行きましょうか。車ならここからそうかかりませんし。競馬場を一周せず、そちらへと向かう形で」

「白凪さんに問題がないようでしたらそれでお願いします」


 そうして、白凪の駆る車は、調布支部へと向けて進む。

 その道中で、白凪はどうして自分が史跡ダンジョンにやってきたのかを教えてくれた。


「単純に配信を見て、涼さんが警戒した時点でちょっと思うところがあったんです。

 仕事の打ち合わせで近くにいましたし、ディアさんと先方に断って車を出してきました」

「打ち合わせ中に配信みてたんですか?」

「ディアさんと先方は、涼ちゃんねるのファンなので……」


 涼の問いに、白凪が疲れたように口にする。

 そんな白凪に涼も香も苦笑しかできない。


「逆にそのおかげで助けに来てくれたんですから、感謝しかないですけどね」

「改めてありがとうございます」


 香と涼の何度目かのお礼に、白凪は気にしないでくださいと微笑んだ。


「その関連というワケではないのですけど……調布支部へ顔を出したあとは、そのままお二人を打ち合わせの現場にお連れしますのでそのつもりで」

「マジですか」

「鶏肉食べれます?」

「お前はお前でどういう質問だそれ」


 ツッコミに忙しい香に、白凪は笑いながら、答える。


「鶏肉はわかりませんが――食事くらいは何か用意されてるかもしれませんね。

 さっきも言いましたけど、オーナーさんが涼ちゃんねるのファンなので、必要ならうちの店で(かくま)っても良いと言ってくれてたんですよ。

 もともと、涼ちゃんねるを誘ってそのお店でディアーズキッチンとのコラボ配信でもしようか――という話も出ていましたので」

「なるほど。打ち合わせに一枚噛んで欲しいんですね」

「端的にいうと、はい」


 白凪からの提案に、香が頭を回転させる。

 悪い話ではないだろう。


 ただ、少し嫌な懸念がある。


「店名を明かす予定は?」

「最初はありましたけど、今日の涼ちゃんねるの配信を見て、コラボするなら明かさない方がいいかもしれない――とはなりましたね」

「ふむ」


 何やら白凪と香が難しい話を始めたので、涼は窓の外に流れる風景をぼんやりと目で追い始める。


 そんな涼の様子に白凪は気づくと、赤信号で停止した時に、助手席においてあった荷物からペットボトルを二本取り出した。


 すぐに渡すつもりだったのだが、白凪はうっかり忘れていたのだ。


「よかったらどうぞ、お二人とも。探索からこっち、なにも口にされてないでしょう?」

「あ、すみません」

「ありがとうございます」


 やがて、探索者協会の調布支部へと到着。


 あまり説明の上手くない涼の代わりに、香と白凪が事情を説明し、マツタケ候の死体まるまる受け取ってもらった。


 ついでに、敷地内にある解体場の一角を借りて、ネギ魔導の血抜きをする。

 毛抜きは後回しにするにしても、血抜きだけはしておきたかったのだ。


 白凪は探索用の格好ではないので手伝えず申し訳ない様子だったが、涼と香は気にしないでくれてと告げて、二人で血抜き作業を進めていく。


 探索者協会の支部は、一つでもダンジョンを持っている市区町村であれば、例外を除き最低一つは存在している。

 ただ、すべての支部にこういう解体場があるわけではない。


 そんな中でも調布や府中の支部に解体場が併設されているのは、市内や近隣にダンジョンが多いことが理由だ。

 ほかにも、近隣にダンジョンがあり少なくとも大きな敷地を持っている支部などには併設されている。


 田舎の村にある支部などは、探索者よりも地元の猟師さんたちが解体場を使ったりしているとも聞く。

 設備も道具も揃っているので、鹿や熊などのジビエを解体するのに便利なのだそうだ。


 それはともかくとして――ダンジョン内でのんびり解体できず、死体をそのまま持って帰ってきた人などはここで解体を行う。


 あるいは、自分で解体が出来ない人は、有料だがここで解体を依頼したりすることもできる。


 涼や湊のように食材としてでなくとも、牙や皮、鱗などを探索者協会は買い取りしてくれるので、それを手に入れる為に解体するのである。


 とはいえ、学生探索者は未成年探索者保護法の影響もあって、解体の手間と報酬が釣り合わないから、あまりやらないのがだが。


 実際、涼も最近はともかく、以前は必要な時以外の解体は避けていたくらいである。


「よ、涼ちゃん。かおるくん。精が出るな」


 そこへ見慣れない男がやってきた。

 細身ながら鍛えられた体をした男性だ。

 長めの後ろ髪を、うなじの辺りで束ねて垂らしている。

 歳は二十代中盤くらいだろうか。 


「ええっと、どちらさまで?」


 警戒しながら涼が訊ねると、男性は少しバツが悪そうに頭を掻いて答えた。


「チキンの一人だよ。何人かいる探索者ニキの一人でもある」

「あ、いつもありがとうございます」


 ペコりと涼は頭を下げる。


「よしてくれよ。こっちは楽しませて貰ってる身なんだ。これからも無理しない程度に楽しませてくれ。無理しない程度に。死ぬようなマネしない程度に」

「ちょっと後半しつこくありません?」

「もっと言ってやってください」

「香……!」


 止めるどころか煽る香に、涼はジト目を向ける。

 だが、香はどこ吹く風で作業を進めている。


「それと、そちらはディアーズキッチンのシロナさんだよね」

「ええ」

「ディアちゃんはいないの?」

「そういう探り、あまり好きではありませんね」

「うーん……手強い」


 男は肩を竦めてから、少しだけ真面目な顔をした。


「涼ちゃんにも聞いて欲しいけど――たぶん、かおるくんとシロナさんの耳に入れておいた方が良さげな話をしたい」


 瞬間、香と白凪の目が(すが)められる。


「今日の配信のラスト。君たちがここで解体をしている理由たるあの連中の話だ」

「そりゃあ気になりますね」


 香の言葉に、男はうなずく。


「まだ情報は確定してないんだが、恐らくは四国をメインに活躍していた探索者パーティの可能性がある。最近、四国から姿を消したそうだ。

 四国の知り合い曰く、ようやく四国からいなくなった……らしいけどな」


 思わず香と白凪が顔をしかめた。

 出て行くことが歓迎されたパーティだ。絶対にロクなパーティではないだろう。


「ぶっちゃけシロナさん的には、古巣の馬鹿の同類と言えば理解してもらえる気はするけど……」

「そこまで把握されてましたか」

「悪いね。暴くつもりはなかったんだが情報集めてたらたどり着いちまった」

「別に隠しているワケではありませんので構いませんが……」


 白凪は首を横に振り、大きめの嘆息を漏らした。


「あれらの同類だったなら、逃げて正解ですね」

「白凪さんの過去は分かりませんが、二人のやりとりから、だいたいの予想は出来てしまって嫌になりますね」


 香はそう口にして、顎を撫でる。


「涼を狙った目的とかわかります?」

「そこまではわからないんだよな。だが配信を見ながら涼ちゃんを追いかけてたのは間違いないぜ。それに気づいたから、今日は途中で配信を切ったんだろうが……」

「ええ。あいつらの動きが妙でしたからね」

「かおるくんの気づき? モカPが涼ちゃんに指示を出してたけど」

「そんな感じです」

「涼ちゃんもかおるくんもモカPも、判断や発想が高校生離れしてるよなぁ」


 カラカラと男は笑って、でも良かった――と笑う。


「配信が終わったあとでトラブってたらどうしようかと思ってたけど、何事もなくて良かったよ」

「ご心配おかけしました」


 血抜き作業をしながら、それでも耳は傾けていたのだろう。

 涼は男のその言葉を聞くなり、すぐにそう返した。


「今後も無事に涼ちゃんねるを続けてってくれるならそれでいいさ」


 気の良い笑みを浮かべてそう告げる男に、裏のようなものはなさそうだ。


「そうだ。涼ちゃん。

 チキンの一人ではなく、探索者の一人として連絡先を交換したいんだが、ダメか?」

「それは是非」


 うなずいて、涼は立ち上がるが――


「あー……手がベタベタだ……。香――も、手が汚れてるか」

「やべ、オレってばクセで顎を撫でちまった」

「ネギ魔導のあれこれでベッタリしてる」

「マジかよ」

「あとでシャワールーム借りる?」

「だな。白凪さんには時間掛けてばっかで悪いんですが」

「いえ。こちらとしても急なお願いなので」

「おっと、コラボ的な相談?」

「それはまだヒミツってコトで」


 興味津々な男に、香はニヤっと返してから苦笑する。


「連絡先の交換ちょっと待っててもらってもいいです?」

「おう。なんなら解体を手伝うぜ」

「助かります」

「そうそう。俺は、鳴鐘(ナルカネ) (マモル)ってんだ。よろしく頼むぜ」


 そうして、守に手伝ってもらい血抜きを終わらせた涼と香は、探索者協会のシャワールームでサッパリしたあと、守と連絡先を交換し、探索者協会の調布支部を後にするのだった。




【Idle Talk】


 ネギ魔導の血抜きが思ったより時間が掛かってしまっており、暇を持て余している二人――


ディア

「遅いなー……涼ちゃんたち」


オーナー

「待っている間に、何か料理に関するコトとか何か教えようか?」


ディア

「本当ですか!?」


 ――料理の勉強会が始まっていた。



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