涼 と 帰路 と 同業者
涼はマツタケ型の様子を窺ったまま、ドローンを手元に引き寄せてコメント欄を開いた。
「情報収集はしたいんですけど……正面からやりあうのはちょっと不安なんですよね。どうしましょうか」
:強さの確認とかは確かにして欲しくはあるけど
:希少種だもんなぁ……たぶんシンドいぞ
:データが存在しない未確認モンスターだから情報は確かに欲しいが
:データないんだ
「とりあえず呼び名がないのは不便なので、暫定的にあれをマツタケ候と呼びます」
:マツタケそーろーww
:どこからそういう発想が笑
「……あのマツタケ候――チキンの中にいる探索者の方々、どうするのがいいです?」
:新種なら情報は欲しいが涼ちゃんには無理して欲しくないな
:涼ちんのスタイルが暗殺だもんな
:正面からやって勝てればいいけど勝てなかったらシャレにならん
:暗殺狙って成功したら死体をまるっとギルドに投げたら?
:SAIの容量がまだあるなら↑それが一番かもね
「ふむ……ではそうしましょうか。
みなさんありがとうございます。コメント欄閉じますね」
やるべきことが決まれば、涼の動きは早い。
小さく呼吸を整えてスニークスキルを多重起動。
マツタケ候の背後を取るように、素早く忍び寄り――
「斬ッ!」
――暗殺系バフを発動していつものように一閃した。
「!?!?!?」
しかし、マツタケ候は一撃で終わらずよろよろしながらも、こちらに振り向く。
「……マズ……!」
思わず舌打ちしつつ、マツタケ候の振り回す長巻を躱す。
:一撃で終わらなかった!?
:明らかにエリギンフェンサーよりタフだぞ
:だいぶ効いてるのかフラついてるのが救いだけど
エリギンフェンサーと似たような、つぶらな瞳にだらしなく垂らした長い舌を持った顔を、苦痛に歪ませながらマツタケ候は戦意をなくさずに得物を構えている。
「武技:走菌刃!」
マツタケ候は、長巻の切っ先で地面を擦りながら振り上げた。
どことなく粘性を感じる衝撃波が地面を這い進み、涼に襲いかかる。
涼はそれを躱しながら、マツタケ候に肉薄し、逆手に構えたダガーを振り上げた。
それを、マツタケ候は長巻の鍔元で受け止める。
:粘るなマツタケ
:なにせ菌糸類だから
:粘菌暮らしも長そうだ
:松の養分で生活保護も十分だしな
:お前ら何の話してるの?
涼はマツタケ候と鍔迫り合いをしながらも――
「武技:燕閃軌」
――スキルを発動させる。
涼の姿がブレて鍔迫り合いを一方的に終了させた。
拮抗していた力が突然消え失せたことで、マツタケ候はバランスを崩す。
よろめくマツタケ候の脇を抜けながら、涼は不可視の斬撃で切りつけていく。
それで決着はつかないものの、フラついて膝をつくマツタケ候。
(ここを逃したら、たぶん不味い気がする)
ただの直感。
それでも、涼はその直感に従って手にしたダガーに力を込めた。
「武技:洗礼・閃遷界帰」
燕閃軌で背後へと移動した直後、流れるように振り向いて、力強く大地を踏みしめる。
瞬間、涼は爆発するような衝撃を伴い地面を蹴って、瞬間移動でもしたかのような強烈な突きを繰り出した。
膝をついていたマツタケ候を突きが貫く。
大きく体を曲げるマツタケ候。それと同時に涼の姿がかき消えて、マツタケ候を挟んで反対側へと移動し、同じように突きを構えていた。
そして、初撃と同じ勢いで、突きを放つ。
二度目の突きは、突きというよりも衝撃波を纏った体当たりだ。その勢いでマツタケ候を弾きとばし、上空へと吹き飛ばす。
それでも突きの勢いは止まらず、突きを放った姿勢のまま初撃を繰り出した位置へと戻り、ようやく止まった。
:おおおおおお!まさに必殺技って感じだ!
:涼ちんにしては力強いパワー系な見た目だったな
:マツタケ候はどうなった?
真上へと吹き飛ばされたマツタケ候が、どさりと地面に落ちてくる。
すぐには駆け寄らず、涼はそこで様子を窺い――
:動かない……か?
:倒したとは思うけど……
「…………」
涼は無言で左腕につけたSAIを撫でて、マツタケ候を収納する。
完全に事切れているのならば収納できるはずだ。
そして、マツタケ候が腕輪に吸い込まれていくのを確認して、盛大に息を吐いた。
「バックスタブで倒せなかったのはちょっと焦りましたね」
心の底から漏れ出るような言葉。
:勝ててよかった
:バックスタブで弱ってたから何とかなった感じだもんね
涼はコメント欄を開いていないが、コメント欄には安堵と労う言葉があふれていた。
「エリギンフェンサーが様子を見に集まってくる気配がありますので、急いで離脱します」
:あいつら律儀だからな
:つくづく厄介なフロアだなここ
:フロア全体が厄介なモンスターにあふれすぎてる
そうして涼は、スニーキングスキルを発動させて、気配を殺しながら、松林から離脱していった。
「……ようやく砂浜エリアまで戻ってきましたね」
:収穫祭りはともかくマツタケ候はちょっと危なかった
「カニは最初にも言いましたがボクだと狩りづらいのでパスです」
ドローンへとそう告げて歩き出そうとした涼が、足を止めて目を眇める。
「転移門のところに誰かいますね。後続が門から出てくるので、パーティ単位で入ってきてるんでしょう。
あの人たちは珍しくこのダンジョンに入ってきた探索者なんでしょうけど……」
:確かにこのダンジョンにくる人は珍しいな
:しかも町から多数のフロアへ移動できるのに移動先がかぶるのも珍しい
「……直感ですが、少し隠れましょう。
配信嫌いなパーティなのか、それとは別なのか分かりませんが、あまり間近ですれ違わない方が良い気がします」
そう告げると、涼はスニークスキルを発動し直して、松林エリアへと戻った。
「ダンジョン内は、最初から踏み固められている正規の道みたいのが存在するのは以前にも言ったと思います。
探索者は基本的にその道を中心に据えて動きますので、こういう時は敢えて外れて身を隠します」
言いながら、松林の道から外れて茂みの中を進み出す。
そのままだいぶ進むと、良い感じの岩があったので、その影に座り込んだ。
同時に、ドローンが涼の顔の近くに突然移動してきてコメント欄が勝手に開く。
:《モカP》Linkerを見てくれ カメラには映らないように
:モカP?どうしたんだ?
:なんだ?
涼はモカPの指示通りに、スマホを開いてLinkerのトークルームを呼び出した。
「…………」
そこには、モカPパパからのメッセージが入っている。
内容は涼の直感を裏付けるようなものだった。
【すぐに今日のライブをやめた方がいい
君が直感的に逃げた連中は、恐らく君のライブを見ながら探索しているんだと推測できる
その上でわざわざ同じフロアにやってくるというコトは君を狙っている可能性が高い
事情は説明せず、急にライブを止めることをお詫びしながら、すぐにライブを止めて全力で彼らから離れてダンジョンを脱出しなさい】
「チッ」
涼は思わず舌打ちをしてしまう。
舌打ちは、モカPパパに対してではない。言うまでもなく、涼を狙っているかもしれない連中に対してだ。
何よりネギ魔導の血抜きや毛抜きがまだ終わっていないというのに。この重要な作業をしておかなければ、湊に料理してもらうまでに時間が掛かってしまう。
楽しい配信、楽しい探索。楽しみなアフター。そられをすべて台無しにされてしまったような気分だ。
だが、背は腹に代えられない。
自分を狙う理由は不明なれど、モカPパパがわざわざLinkerで――しかも涼ちゃんねる配信中にメッセージを送ってきた時点で、緊急性が高いと考えていいだろう。無視はしない方がいい。
:涼ちんが舌打ちとは珍しい
:何かやばい情報がきたのか
「みなさん突然で申し訳ありませんが、今日はここで配信を終了させてください。ちょっと緊急性の高い、探索案件が入りました」
:えー
:それが舌打ちする内容だったのかな?
:仕方ないかなー
:まぁ緊急となると仕方ないかな
:だいたい案件内容予想はできたけど伏せるなら協力する
:予想できる人もいる内容なんだ
:近くにエンドリーパーでも出た?
:伏せてるんだから探りはいれないの
「そんなワケで挨拶もそこそこで申し訳ないですが切ります。今日もありがとうございました」
:早口だ
:堅くない
:マジで緊急感ある
:じゃあねー
:またねー
:今日もたのしかった
:緊急案件気をつけてがんばってね
===この配信は終了しました===
「よし、香。ドローン操作は頼むよ」
:《モカP》まかせとけ ライブ配信はしないが撮影はしておくぜ 何かあった時の証拠画像はあった方がいい
コメント欄風の画面からメッセージが飛んでくるが、これは完全なプライベートモードだ。
ネットなどに残るようなコメントではない。
「うん、頼んだ」
方角の感覚は涼の中にある。
このまま正規ルートから外れた茂みを突っ切って、転移門のある崖まで戻る。
茂みをかき分けて進みつつ、横を飛ぶドローンへと涼は話しかける。
「人数は恐らく三人……かな?
遠目から見た感じ、全員が二十代前半から中盤。
恐らくは弱くない。全員が湊と同じか少し上くらいの強さかな? でも白凪さんと比べると下。
ただ実戦経験なら湊の方が上だろうから、探索勝負にしろ模擬戦にしろ湊が勝ちそうではある」
:《モカP》それなりに厄介だな 多少の腕は立つのか
「……モカP。ごめん、ちょっと木に登る」
話を突然打ち切って、涼は手近な木をよじ登っていく。
「松以外の木も多少生えてるのはありがたい」
:《モカP》松ヤニつくと大変だもんな
:《モカP》だけどどうした?急に登って
「連中が恐らく追ってきてる。
茂みを進んでも枝とかは草木が折れて多少の痕跡は残る」
:《モカP》マジかよ その程度の追跡能力はあるのか
:《モカP》しかし連中の目的は何なんだ?
「わかんない。でも素直に追跡させる気もないってコトで……コメ欄閉じて」
:《モカP》了解
「……習得してみたものの使い道があまりなかった魔技。こんな風に使うコトになるとはなぁ……」
そんなことを独りごちながら、涼はスキルを発動を宣言する。
「魔技:フェザーウェイト」
そのスキルは言ってしまえば体重――というか重量を一時的に減らすスキルだ。
これを使えば、普段よりも枝の先の方へと乗ることができる。
どのくらいまで枝が耐えてくれるかを軽く試し――
「よし、このくらいまで行けるなら、飛び移っていけるかな?」
――だいたいの限界を把握できたら、あとは移動するだけだ。
枝から枝へ。
涼は軽やかに飛び移りながら、松林の樹上を進んでいく。
「登った木の周辺にモンスターの気配があったし……まぁ撒くことは出来たんじゃないかな」
彼らが涼を見失い、モンスターに襲われた結果として人死にがでるかもしれない。
そのことに対して思うことがないワケではない。
だが、湊を助けた時と異なり、明確に涼を狙いこのフロアに入ってきた連中だ。
その上で、自分たちの実力を把握せず分不相応なフロアに入ってきてやられてしまうのであれば、準備不足や探索ミスによる自業自得である。
少なくとも、涼はドライにそう考える。
「面倒事で唐揚げ食べられなくなるのはイヤだしね」
小さく呟いて、涼は乗っていた松の枝から跳躍して、松林を飛び出した。
砂浜へ着地すると同時にフェザーウェイトを解除して、急いで坂道を上り転移門へと飛び込むのだった。
【Skill Talk】
《走菌刃》:
多くの探索者が習得している武技・走牙刃のアレンジバージョン。マッシュファイター系モンスター専用。
武器の先端で地面を擦りながら振り上げることで、地面を走る衝撃波を放つ技。
基本的な性能は、大本の走牙刃と同じはずなのだが、どことなく衝撃波が粘性を持っているように感じる。
また、衝撃波そのものに菌をまき散らすようなエフェクトっぽいものが見えたりすることもあるのだが、これに状態異常などを付与する効果はなく、見た目だけである。
《洗礼・閃遷界帰》:
短剣系の上位武技。
力強い踏み込みから、強烈な突きを繰り出す技。
初撃が当たる当たらない関係なく、瞬間移動じみた動きで相手の背後に周り二撃目を放つ。
二撃目は、ダガーだけでなく全身にマナを纏ってくりだす為、突きというよりも体当たりに近い技となる。
使い手の纏う力に対して、被ダメ側が耐えきれないと、轢き逃げされるかのように吹き飛ばされてしまう。
衝撃波に耐えても、初撃以上に重い突きを食らう形になる為、回避も防御の難しい優秀な技である。
優秀な技であるのだが――如何せん、短剣技の使い手は腕力等が低いことが多いため、相手によってはダメージソースとして期待できない威力しか出ないこともある。
涼の手持ちの中では、単体でも威力の高い技の一つ。もちろん、スタブ系バフと組み合わせることで初撃の威力を高めることもできる。
余談だが槍技に二閃一陣という似たような上級技がある。こちらは二撃目も強烈な突きであり、轢き逃げにはならない。
《フェザーウェイト》:
中級の魔技に分類されるスキル。
自分または仲間単体の重量を軽減する効果がある。
基本は50%軽減だが、使いこなせるようになるにつれ、±5%くらいずつ調整できるようになっていく。
ただし、上限95%下限5%が限度で、100や0にはできない。
このスキルは、対象となった本人は、自身の軽量化を実感しづらく、それでいて掛かっていること忘れると、いつもより遠くに吹っ飛ばされたり、いつもよりふんばりが効かなかったりなど、デメリットばかりが目立つ為、ゴミスキル扱いされている魔技の一つでもある。
一方で、涼がやったように重量制限のあるある場面で、それを乗り越えるのに使おうと思えば使い道があるスキル。
重量設定のある落とし穴を起動させずに渡ったり、下から噴出する風に乗ってより高く飛んだりなど……工夫すれば使い道もある。
重量が軽減されている為、高いところから着地したりする時の衝撃緩和にも使える。