涼 と 崩壊 と メイズクリーナー
:うええええ増えてる!?
:どっから沸いてるんだこいつら?
「真面目にやり合うのもバカらしそうなので、逃げます」
:それはそう
:逃げきれるのか?
涼は宣言するなり、岩場エリアから離れるように走り出す。
全部ではないものの、解体屋たちは追いかけてくる。
速度は速くないのでこのまま逃げ切ろう――涼はそう判断して、走る速度をあげた時だ。
「え?」
涼は、正面に黒いモヤが渦巻いている場所があるのに気づいて、足を緩める。
:なんぞあれ?
:マジでこのダンジョンに何が起きてるんだ?
:見たことのない現象ばっかだぞ
その渦は、中心につれて色が濃くなり、やがて人の形を取ると、実像を得て解体屋へと姿を変えた。
:うえええええええ
:fack! not only is tough, but it keeps increasing!!
:これを繰り返して増えてるならダンジョン内に何体いるか分からんぞ
「突っ切る。ドローン操作気をつけて」
実体化した正面の解体屋は、涼に気づくと剣を構えて近寄ってくる。
「武技:燕葉歩」
涼は解体屋へと向かって走る速度をあげながら、スキルが発動する。
すると、涼の姿は蜃気楼のように揺らめいた。そのまま、解体屋の脇をスルリとすり抜けて、背後に出ると、その揺らめきが収まる。
だが涼は、スキルの効果が切れたのも気にせず、振り向きもせずに入り口に向かって走っていく。
それを追いかけるドローンも、涼がスキルを使う前に少し高い位置に移動して、解体屋の頭上を飛び越えつつ涼を映し続ける。
来た道を引き返すように走っている涼だったが、走りながら顔を顰めた。
:フォレストゴブリンが解体屋に集団リンチされてる
:ひまわりサーファーもだ
:どうなってんだよマジで
「解体屋のポップ速度とポップ量が上がってきてる……まずいな」
足を止めた涼が周囲を見回しながら、うめく。
:モンスターの数より解体屋の方が多くなってきてるかも
:逃げるにしたってこれはキツいぞ
:カメラに映ってる範囲でも黒い渦は四つくらいあるもんな
渦発生から実体化まではおおよそ一分ほど掛かるようなので、見つけたなら即座に逃げればなんとかなるだろう。
だが、渦の数が増え、そこかしこで実体化が発生している状況となると、その発生と実体までのタイムラグによる猶予などあってないようなモノとなる。
「とにかく、脱出を優先する。エンドリーパーの時同様に、状況次第ではドローンを捨てるから」
:そのレベルで追いつめられてるのか
:is RYO ok? can you escape properly?
:《翻鶏》in the worst case scenario, they will abandon the drone and prioritize escaps.
:i pray for RYO's safety...
:海外のチキンたちも気が気じゃないよな、これ
:トラブルに愛される涼ちん
:↑シャレにならんからやめい
不安と心配に溢れるコメント欄をよそに、涼は帰路を全力で走り出す。
そうして、なんとかエントランスへ戻る為の階段のある崖が見えてきた。
「あの洞窟の中にエントランスへの階段があります。なんとか振り切れるようですね」
荒い息をしながら、涼がそう安堵の言葉を漏らしながら、洞窟の前までやってきた。
だが――
「……え?」
:涼ちん?
:どうした?
「うまく説明できませんが……この階段、エントランスとの繋がりが、なくなってるようです……何というかフロア移動用の門とか階段とかから感じる不思議な感覚が、まったく感じられません」
洞窟の入り口――その地面を撫で、しゃがんだまま階段を見上げて呆然とつぶやく。
:は?
:まてまてまて
:じゃあどうやって脱出するんだ?
:what up? what happened?
:《翻鶏》it seems that the connection between the cave and the entrance is broken.
:涼ちん、どうするんだよこれ
:そもそも階段とエントランスの繋がりがなくなるってどういうコト?
:why? why? why!?
:探索者ニキ解説よろ!!
:無茶いうな!!階段の繋がりが消えるとか初めて見たわ!!!!
:涼くん・・・
しゃがんだ姿勢で階段を見上げたまま、涼は必死に思考を回す。
(どうする。他に脱出経路はある?
いっそ下に向かってコアを破壊すれば……いやたぶんダメ。そんな時間は恐らくない。それに、コアはもう死んでると考えた方がいいかも)
ならば、自分はここまでの可能性を考慮して、残すだけ情報を残すしかないだろう。
「ボクもチキンの皆さんも、この現象の前兆はすでに知っているはずです」
:涼ちん?
:急にどうした・・・?
「すでにボクたちは見ています。
文巡る風の書架。あのダンジョンで一部がしなびていた現象。あれの最終段階が、今このダンジョンで発生している現象の正体ではないかと、ボクは考えています」
:終末って印象は間違いじゃなかったのか
:つまり消滅直前のダンジョンってコト?
:待って!脱出できないなら涼くんは崩落に巻き込まれるの?
「ここはすでに――書架の時のようなエンドリーパーによる最終確認が終わったダンジョンなんでしょう」
そこで涼は言葉を切る。
それから言葉を選ぶようにしながら、続けた。
「ボクがあの黒マントたちを解体屋と呼んだ理由はそれです」
:ここまで来れば分かってくるな
:マジかよ
:いやまってぜんぜんわからん
「あいつらは、消滅直前に機能不全を起こしたダンジョンを正しく終わらせる為に現れているのだと思います。
恐らくモンスターが死体という形であっても残っていると消滅に不具合が生じるのでしょう。だからモヤに変えて回っている」
:確かにその推察なら一連の状況にも筋は通るが
:そんなコトより涼ちゃん脱出手段とか考えてる?
「モンスターというよりも、もっと世界の根幹。
エンドリーパーと同様の、ダンジョンというか世界というか、そういうもののシステムそのものから生じた存在じゃないかっていうのが、ボクの推測です」
:システムって
:いや推理とかいいから脱出!
「名付けるなら、迷宮の解体屋メイズクリーナー。
彼らは機械的なだけで、別にボクを殺すつもりはないのでしょう。彼らにとってはダンジョンの消滅の邪魔になるモノは全て解体対象なだけです」
そして、その理由だからこそ、各国のデータベースに彼らの存在は記載されていない。
「恐らく、メイズクリーナーと遭遇したのはボクが初めてというワケではないのでしょう。だけど発生条件を思えば、ギルドやダンジョン庁の図鑑に登録されてないのも納得できる」
:ようするにそれって
:出会っても報告に戻れた奴がいないってコトか
「だって、あいつらの姿をちゃんの認識できるっていうのは、同時にあいつらによる解体工事が始まっているというコトです。
今回のように、フロア同士の繋がりも解体されてても不思議じゃあない。遭遇した時点で、詳細を持って帰れる人がいなかったんですよ」
恐らくは涼と同様に、脱出ルートが塞がれてしまい、二進も三進も行かなくなってしまったのだろう。
だからこそ、データベースに登録できる情報を持ち帰れた者はいなかったのだ。
:つまり、涼ちんはここまで……?
:そんなのダメだろ
:《大角ディア》涼ちゃん!!!!!!!!!!
:ディアちゃん来ちゃったか
:いやまぁ来るよな来ちゃうよ
:《大角ディア》何とか脱出できないの?涼ちゃん!!!!!!??
:《大角ディア》せっかくエンドリーパーからは助かったのに涼ちゃん!!
コメント欄に広がっていく強い悲壮感。
ディアのコメントの連投が、なおさら配信内の悲壮感を強めていく。
だが――
「……そのような諦め混じりの推測を口にしながらも……胸中は生き延びようと必死ではないか……」
――そこに、涼もコメント欄も想定していなかったような存在が、声をかけてきた。
「エンドリーパー……さん?」
「……貴様がそこに浮いている道具に話しかけた推測、概ね正解だ……」
:エンドリーパー!?
:what? what? what!?
「迷宮の解体屋、メイズクリーナー……か。では我もそう呼ぼうか」
:涼ちんの推理正解って
:じゃあマジでクリーナーってダンジョンの解体屋なのか
「……リョウ。貴様の推測を補強してやりたいところだが……もう時間がない……」
そう言ってエンドリーパーは、涼に向けてチェーンソーの生えた手をさしのべた。
「我が手を取れ涼」
「いやこわいです。ていうかその手は取りようがないです」
「む……すまぬ。ついな」
:それはそう
:やっぱ天然かこの死神
:《大角ディア》助かる?涼ちゃん助かる??
改めて差し出された細い方の腕。
涼はその手をためらいがちに握った。
「この階段……まだ僅かに繋がりは残っている……それを一時的に拡張し、こじ開けて昇るとしよう……我が手を絶対にはなすなよ?」
「はい」
「……そちらの道具も我が持つ……いいな? ……持ち方はあるか?」
「あ、それなら、レンズ――この部分は触らないようにして……」
ドローンの持ち方の説明を終えたら、エンドリーパーに手を引かれ、涼は階段を上っていく。
いつもとは違う不可解な圧迫感に顔を顰めながら。
:なんか来たときより長くね?
:エンドリーパーが小脇に抱えるドローン…
:涼ちゃんが喜びそうなダンジョンならでは映像?
:いやもう何て言うか涼ならではの間違いでは?
そうして、明らかに入ってきた時よりも長い距離の階段を上り終わると、エントランスである土間っぽい空間へと戻ってこれた。
「……ダンジョンの出入り口そのものはまだ壊れていないようだな。すぐに出て行くがよかろう……」
涼とドローンはエンドリーパーから手を離される。
すぐに踵を返して、竈の中の階段へ戻ろうとするエンドリーパーの背中に涼は声をかける。
「あ、あの!」
「……なんだ? ……今日はあまり時間がないぞ?」
「今日はどうしてこのダンジョンに?」
「寿命の尽きたダンジョン……その核たる魂を刈り取りに……」
「核の魂っていうのが刈り取ったらどうなるんですか?」
「……完全なる消滅である……本来、ここまで弱っているダンジョンは、出入り口が最初に壊れるのだが……此度はたまたま口を閉じるコトがなかったようだな……」
:うわマジか
:まじで消滅寸前だったのか
:本来はもう入れないレベルの状態だったんだ
「……消滅が始まったダンジョンは……まず最初に出入口……次いで各エリアごとを繋げる階段や転移門などの繋がりが切れる……次にメイズクリーナーたちが集まって掃除を開始するのだ……」
:まさに今の状態か
:入口が最初に壊れなかったのが今回のピンチ最大の原因だな
:そりゃあクリーナーがデータベースに登録されないワケだ
:なるほど本来は入り口が閉じてから発生するモンスターなのか
「……まだ何かありそうな顔だな……仕方があるまい。
僅かだがまだ時はある……簡単な問いならば、もう一つくらい答えるが……」
「えっと、それじゃあ……どうして助けてくれたんですか?」
前回にしろ今回にしろエンドリーパーと話をしていると漠然と理解できてしまう。
目の前にいるモンスターは、モンスターの枠を越えた超常の存在だ。
神や悪魔なんてものが本当にいるのであれば、エンドリーパーはそこに含まれることだろう。
そんな存在が、どうして自分を助けてくれたのか――涼には不思議だったのだ。
「……気に入り……名前を知った人間の魂の波長は……強く記憶しているからな……。
……仕事先にいたので挨拶をしにきたら困っていたので助けた……それだけだ……」
「気に入ってくれてるんですか?」
「左様……なんだったか……今の人間の言葉で言うなら……そう、推しだ……」
「推し……」
死神の口から漏れる推しという言葉に涼は当惑する。
当然、コメント欄もだ。
:死神に推される涼ちん
:死神の推しって魂ほしい的な?
:良いことなのか悪いことなのか
:推しだから助けたっていうなら良いことなのでは?
「む……本気でそろそろ時間がなくなってきたな……」
エンドリーパーが周囲を見回すと、土間風エントランスの壁や装飾、フロア1へつながる竈などが、まるでポリゴンのテクスチャーが剥がれるように崩れていく。
ワイヤーフレーム剥き出しのような、あるいは表示がバグっていくかのようなの光景が、少しずつエントランス中に広がっていく。
:これ本気でまずいやつ
:涼ちん!!
「……我は行く……機会があればまた会おう……」
「あ、あの……!」
「時間がないと言っているが?」
「助けてくれてありがとうございました!」
涼らしからぬ大声。
だが、その礼に少しエンドリーパーの気配が和らぐ。
「気にするな」
どこか微笑むような雰囲気で、エンドリーパーがそう告げたあと、涼に対して首を傾げた。
涼がスマホを取り出して、テクスチャーの剥がれた土壁や竈などを撮影しているのだ。
「……何をしている?」
「え? いや、こんなダンジョンならでは……いえ、ふつうのダンジョンでは見られない光景なんだから、撮らないとって!」
興奮気味に答える涼。
「……はやく、出て行け……」
壊れゆくダンジョンのエントランスに、エンドリーパーの呆れた声が響くのだった。
【Idle Talk】
エンドリーパーに手を引かれ、涼が階段を上りきってエントランスに出た時点で、湊の感情は限界を超えた為、大号泣。
エントランスでの様子はまともに見れていない。