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涼 と 責任 と 決死行


「なにしやがる!」

「それはコッチのセリフだクソ野郎がッ!!」


 香に胸ぐらを掴まれた男は、即座に香へと文句を付ける。

 さすがの香も、その態度にはたまらず右手で拳を作って振り上げた。


 だが――


「ストップだ。胸ぐらを掴むところまでは大目に見るけど、それをしたら見逃せなくなっちゃうよ」


 振り上げた拳を優しく止める男がいた。


「冴内刑事……」


 その男――冴内の姿を見、香は天を仰ぎ、キツく目を瞑ったのちに、盛大に息を吐いて拳をおろす。


 それから、相手が尻餅を付くような力の抜き方をして、手を離した。


「あんた警察か! そいつがいきなり胸ぐら掴んできたんだ! 逮捕しろよ! 暴行罪って奴だろ!」

「そうだね。逮捕しないとね」


 そう告げて、地面に落ちた男の手に、冴内は手錠をかけた。


「は?」

「殺人未遂の現行犯だ。文句はあるかな?」

「身内贔屓かよ! フザケんな!!」

「身内贔屓だと? フザケてるのは君の方だろう?」


 静かに告げる冴内の眼光は鋭い。

 その視線は、エンドリーパーの威圧にも負けないほどだ。


「凶悪なモンスターの前に人を突き飛ばしたんだ。それは車や電車の前に人を突き出すのと違いはない」

「は? なんでだよ! あのガキは探索者だろ! 戦えるんならいいじゃねーか! それにオレが突き飛ばしたって証拠はあんのか!?」

「あるに決まっているだろう。君は気づいてないのか?」

「は? じゃあ見せてみろよ、その証拠ってやつを――」


 冴内に対してやたらと反抗的な態度を取る男。

 だが、その言葉を遮るように香が口を挟んだ。


「ゴチャゴチャゴチャゴチャうるせぇんだよ」


 直後、どこからか拾ってきたらしいコンクリ片を男の目の前に落とす。

 それはゴトリと重たい音を立てて、足を開いて尻餅をついている男の股間の間に落ちた。


「ひッ!?」


 自分の股間の上に落ちてくるのを想像したのか、男は息をのむ。

 だが、香はそんな男の様子など無視して拳を握った。


 そして、その男の目の前で香は全力でコンクリ片へと拳を落とす。

 香が殴ったコンクリ片が砕けるのを見て、男は顔を青ざめさせた。


「法があるから、俺は我慢してんだよ。

 お前が法を無視するっていうなら、俺も法を無視してこの拳をテメェの顔面に叩き込むだけだぞゴラッ!」

「うあ、あ……」


 拳の先端からポタポタと血を流しながら、殺意の籠もった視線を向けると、ようやく男はおとなしくなる。


「それと証拠なら、あいつの周りを飛んでるドローンがある。

 あれにしっかりお前の勇姿が映ってんぞ。言い訳はできねぇからな」


 男がうなだれておとなしくなるのを確認した香は、何か言いたげな冴内へと無言のまま丁寧な一礼をして、その場を後にした。


「涼」

「ありがと香。助かった。だけど無茶しすぎ。力加減間違って血を出してるじゃん」

「怒り任せで手元が狂った。ま、演出としちゃ血も悪くない」


:キレたカオル怖いな

:コンクリ片砕いてたんだけど

:あそこ領域外だよな……

:どこに驚いてどこに安心していいかわかんねぇ

:でもバカを黙らせたのはナイス


 コメントが困惑している中、涼は立ち上がって尻をはたく。

 その時だ――


「なんでだよ! オレは石を投げただけだよ!

 あんな化け物連れてでてくるあのガキの探索者が悪いんだろ!!」


 どうやらエンドリーパーに石を投げた人も取り押さえられたようだ。もっとも、取り押さえられた本人はまったく悪びれていないようだが。


「身勝手なコト言いやがって……」

「でも同調してる人たちもいるよ」


:野次馬のはぐれとかリーパーとかへの理解が薄すぎる

:俺たちが理解を広めたい理由の一つがこれね

:涼ちゃん突き飛ばした奴も似たような理由だろうしな

:なんかごめん一般人代表してニキたちに謝るわ

:謝るくらいなら啓蒙に協力してくれや

:ちょっとマズい空気だな

:面白がって煽ってるのも間違いなく混ざってるぞこれ


 涼と香も、コメント欄も、徐々に探索者をバッシングしていくような空気に変わっていくことに頭を抱える。

 しばらく頭を抱えて悩んでいた涼だったが、ややして大きく息を吐くと、何かを決意したように顔を上げた。


「仕方ない。モカP、ドローン操作よろしく。もう一回ダンジョンに潜るよ。

 エンドリーパーを誘導して、ダンジョンの奥へ行って、それから撒いて戻ってくる」

「は?」


:え?

:涼ちゃん?

:マジ?


「お前がそんなコトする理由ねぇだろ?」


:そうだよカオルくんの言うとおりだ

:神出鬼没のモンスターだぞ 誰かに責任あるワケがない

:むしろエンドリーパー煽ってるバカどもが悪い


 涼がコメント欄を見ていないと分かっていても、コメントたちは、香の言葉に同意する。


「それでも、遭遇者としての責任はあるからね」

「……………………分かったよ。なら出来る限り情報を引き出して帰ってこい。面白い情報が手に入った時の、切り抜きと編集は任せろ」

「それはどうでもいいや。でも鶏肉はよろ」

「おう。任せとけ」


:かおるくんの笑顔がつらい

:良質なリョカオなのに見てて辛いんだけど……

:こんな時でも鶏肉かw

:かおるも動画編集とかしている配信仲間なんだな

:編集をどうでもいいよばわりはらしいっちゃらしい

:涼ちん……

:鶏肉……


 涼は深呼吸をすると、野次馬の様子を窺ったままその場から動かないエンドリーパーを見る。


「それじゃあ香。行ってくる」

「おう。気をつけてな涼」


 近くのコンビニにでも行くかのような気安い様子で涼が告げれば、それに香も同じような調子で送り出す。


:マジかよ

:野次馬どもぜってぇ許さねぇ

:せっかく無事に逃げたのに…


 涼はそのまま領域内へと踏み込む。


 気づいた誰か――探索者か警官か――は、「え?」という間の抜けた声をあげる。


 涼は投げナイフを一つ、エンドリーパーに向けて投げた。


 エンドリーパーの髑髏面から覗く、赤い光のような三眼が、尾を引きながら涼に向く。


 次の瞬間――


(もう、目の前にッ!?)


 エンドリーパーは涼の目の前に移動してきて、左のチェーンソーを振り上げている。


「くッ!」


 涼はうめくように息を漏らしながら、ダンジョンの方へと転がるようにしながら攻撃を(かわ)した。


 素早く立ち上がり、エンドリーパーを誘うように告げる。


「こっちだ! 中に来い!」


 チェーンソーを振り下ろした姿勢のまま動きを止めていたエンドリーパーは、ゆらりと涼の方へと向き直った。


 そして、ダンジョンのエントランスへと向かう涼のあとを、ゆっくりと追いかけ始める。


 涼とエンドリーパーがダンジョンの中へと姿を消したあと、香はバカどもに向けて声をかけた。



「かくして探索者の少年は、無事に逃げ延びたにも関わらず、状況理解力の乏しいクセに煽りだけは一丁前のバカどものせいで、果たす必要のない責任を果たす為にダンジョンへと死神をトレインしながら戻るのでした。

 それで? 無意味に他者を死地に追いやったバカどもは、どうやって責任とんの?」


 大きくないのによく通る声で告げられたその言葉。

 探索者や探索に理解のある人たちばかりが苦々しげに顔を歪める中、イマイチよく分かってない顔をする多くの野次馬たち。


 その様子に、理解者たちはますます渋面を浮かべるしかなかった。


 ・

 ・

 ・


 エントランスを抜けてフロア1へと向かおうとする涼。

 だが、エンドリーパーはエントランスの中央で動きを止めた。


「……?」


 それに訝しげに思いながら、涼は振り向く。


「人間よ……。姿を隠すだけならば……ここでもよかろう……」

「え? 喋った!?」


 陰鬱でくぐもった声色だが、間違いなくエンドリーパーが言葉を発した。その事実に、涼は思わず声を上げる。


:は?

:いやまじ?

:しゃべんの?エンドリーパー?


 当然コメント欄も困惑に染まっていく。


「無責任な者どもの為に……無駄に命を散らす必要もあるまい……」

「……そこまで理解できるんだ……」

「貴様が決死の思いを抱きつつも……絶対に死ぬまいとしているのも……理解している……」

「でも、ボクはアナタに手を出した。殺すんでしょう?」


 覚悟を決めたようにダガーを構える涼。

 それに対して――


「え? なにそれ……コワ……我、誰彼かまわず……殺したりしないし……」


 ――当の死神はとても戸惑ったような様子を見せるのだった。



【Idle Talk】

 コメント欄も、配信実況している探索者スレも、予想外の状況に困惑しまくりである。


 ちなみに作者的エンドリーパーのCVは、ジョージかリキちゃんかな、などと。


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[一言] エンドリーパー=サン!?(困惑) なんかちょっとかわいく思えてきたな…
[一言] 実際ユニコーンかはわからないけど、バカはバカでしたか。 からのエンドリーパーさん……。 今までも攻撃されたから反撃しただけで、別に人類の敵というわけではない……?
[一言] やっぱりアホはモカPに顔の形変わるまでボコボコにされるべきだよなぁ・・・
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