涼 と 死神 と エスケープラン
熟睡しているサボタイガー(見た目ほぼ本)を挟んで反対側にそれはいる。
「…………」
:うわぁ
:こわ何あれ?
シルエットだけ見るなら、死神のイメージに近い。もっとも黒いローブから覗く手足はかなりマッシブだが。
ボロボロのフード付きローブを目深にかぶり、大きな鎌を背負った、身長は二メートルを優に越える大男。
だが、ただのマッシブな死神であれば、涼も視聴者たちも、顔をひきつらせたりはしない。
その見た目が異様な為、威圧を放っていなくても威圧感や恐怖心を覚えるほどの存在感がある。
長いローブの裾から見える足は、マッシブながらも血色は悪く土色だ。足首には足かせ。太い鎖が付いているものの、先端は力任せに引きちぎったかのようになっている。
そんな足が、三本。
それらの足が緩慢に動けば、ジャラジャラと鎖が音を立てる。
腕は四本。どれも血色は悪く土色のようだが筋肉質だ。
上側の腕は丸太のように太く、その手のひら下側から手首の辺りにかけてからは、流行に乗っているのかチェーンソーの刃が飛び出している。
下側の二本は細く、しなやかな腕。細マッチョと呼ぶにふさわしいものだ。
その細い方の腕が届く腰元にはベルトのように鎖が巻き付いていて、左右には銃身の長いリボルバーが絡まっていた。
上半身にも、鎖が乱雑に巻き付いている。背中の鎌を納める為のものだろうか。
目深にかぶったフードの下には目のないドクロの仮面が覗く。
目の代わりなのか、目の辺りには弾痕のような穴がアンバランスにみっつ。そこから血のような色の光が漏れている。
「対面してるだけでも冷や汗でますね、こいつ……」
全身の鎖をジャラリと音を立てつつ、床に落ちている本――サボタイガーを手にとった。
すると、その本は見る見る干からびていき、ボロボロになって朽ちていく。
:うえぇぇぇ?
:何今の?
:っていうか詳しい人なんなのあれ?
:エンドリーパー出現条件不明のクソ強クソやばネームド
:遭遇して生き延びた奴は多いけど交戦して生き延びたやつは少ない
:あいつが出現するとダンジョンが一ヶ月以内に消滅する
:ダンジョンを終わらせる者とか終焉をもたらす者とかいう二つ名持ち
:サボタイガーが朽ちた理由はわからん
:ていうか何あれあんな能力持ってたの……?
ゲームで例えるなら、そのダンジョンの出現モンスターの平均より頭一つ以上飛び抜けている強敵モンスターのような存在だ。
そして、エンドリーパーはそんな中でもラストダンジョンやクリア後の隠しダンジョンに出現するような、ソレだと言われている。
:いややばすぎるでしょ
:涼ちゃん……
:逃げ切れるのか?
「スニークスキル、各種を発動させて離れます」
しばらくエンドリーパーの様子を見ていた涼だったが、意を決するようにそう口にして、動き出す。
エンドリーパーは明らかに涼を目で追いかけるが、襲ってくる気配はない。
:まともに交戦しなきゃ逃げられるって話だからな
:あいつの邪魔せず真っ直ぐ帰れれば
ジャラリ……ジャラリ……
鎖の音を響かせながら、ゆったりとした足取りで涼を追いかけてくる。
「…………!」
足取りはゆったりとしているが、だが決して遅くはない。
涼が歩みを止めれば、容易に追いつくだろう速度。
涼が必死に足場の悪い廊下を駆けていると、ガードマンドールの集団が道を塞ぐ。
「邪魔くさい……!」
:廊下を埋め尽くしてやがる
:涼ちゃんイケる??
「足を止めず……あしらえるのだけあしらう……ッ!」
大振りのダガーを抜き放ち、玩具の銃剣を構えるガードマンドールの群れへと涼は突っ込んでいく。
(……撃って、こない?)
涼を振り払うようにバイアネットを振り回しはするものの、ガードマンドールたちは弾鉄を引くことはない。
つまり、彼らが狙いを付けているのは――
(エンドリーパー? なら一斉に銃を撃たれる前に離脱するッ!)
――涼は加速すると、群れの隙間を縫って廊下を駆け抜けていく。
そうしてガードマンドールの群れを抜けた直後、パンパンという軽い音が何度も響きだした。
:モンスターがエンドリーパーを攻撃してる?
:相手になってないな
:今のうちに逃げとけ涼
ガードマンドールたちはエンドリーパーに頭を鷲掴みされると、あっという間に何年も放置されたプラスチックか木材を思わせるような姿になっていく。
そして、適当に放り投げられた劣化ガードマンドールは、床に落ちると同時に砕け散る。
無数の銃撃がエンドリーパーを襲うも、エンドリーパーは気にした様子もなく、少し歩んで進行の妨げになるガードマンドールを捕まえ、劣化したモノを放り投げては砕いていく。
ただただそれを作業のように繰り返す。
ガードマンドールたちも怯むことなく銃を撃ち続けるが、数値で言えば1ダメージも発生していなさそうだ。
:相手になってないどころの話じゃないな
:足止めにもなってなさそうだ
:マジでなんなんだエンドリーパー
「モカP行くよ。エンドリーパーはフロア移動用の階段もふつうに上がってくるから、油断しないで」
少しの間だけ様子を見ていた涼は、ドローンにそう話しかけて涼は上のフロアへと上がっていった。
・
・
・
どうにかエンドリーパーから距離を取りたい涼だったが、このダンジョン特有の足場の悪さや強風の影響もあって、想定以上に距離を離せずにいた。
一方でエンドリーパーはそれらの環境の影響なんて気にもとめずに歩み続けているのだからタチが悪い。
途中で、ガードマンドールの群れ同様に、エンドリーパーに襲いかかるモンスターたちはいたものの、まともに相手をされないまま劣化させられ、壊されていく。
そのモンスターたちのおかげで、ギリギリ距離を保てているといっても過言ではないだろう。
:涼ちんだいぶ息上がってる
:足場と風と背後に神経をフルに使ってるだろうしな
:だけどフロア1までは戻ってきたもう少しだ
「はぁ、はぁ、はぁ」
汗を拭い、呼吸を整える間もおかず、涼は走る。
途中からスニークスキルは全部カットした。
エンドリーパーはこちらを目で追いかけてくるし、モンスターたちの大半は涼を無視してエンドリーパーに攻撃をしかけている。
現状で効果の薄いスニークスキルにマナを回すよりも、僅かでも身体強化バフにマナを回すべきだと判断したのだ。
それが功を奏しているかはわからないが、一応はつかず離れずの距離はキープできている。
(あるいは――させられているのかもしれないけれど……)
ともあれ、涼はフロア1を下から上へと駆け抜け終えると、ようやくエントランスへと戻ってきた。
「あいつはエントランスにも上がってくるから、とにかく外へ脱出します」
ドローンへ向けてそう口にすると、涼はエントランスも全力で駆け抜けていく。
「涼!」
そして、ダンジョンから外に飛び出した直後、こちらの名前を呼ぶ香の姿を見て、涼は盛大に安堵するのだった。
【Idle Talk】
香は可能ならダンジョンに飛び込んで涼を助けに行きたかった。
それが不可能なのを自覚しているので、ドローンを操作しつつ、気が気じゃない思いを押さえ込んで、周囲の探索者たちと協力して閉鎖や避難の協力も積極的にしていた。