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涼 と ガッカリ と 大恐慌


 文巡る風の書架。フロア3。

 フロア2では申し訳程度の四分の一ほど残っていた天井が、ここでは半分ほど残っている。


 それ以外の雰囲気は、前二つとさほど変わらない。

 強いて言えば、差し込んでくる明かりが昼と夕方の間くらいのそれに変わってきていることだろうか。


:天井や日差しもそうだけど小物も変わってきたな

:フロア2以上に和風な小物が増えてるな

:西洋図書館風廃墟に提灯(ちょうちん)注連縄(しめなわ)が飾ってあるのシュール


「でも注連縄はともかく、提灯は赤提灯じゃなくてちょっとお洒落な感じですし、足下にもなんかかわいい紙灯籠(かみとうろう)とかが置かれてるんで、雰囲気は悪くないんですよね」


 このフロアでは明かりが灯ってはいないが、下のフロアにいくと、これらに明かりが灯り始める。


 そうなるとシュールさよりも幻想的にさえ感じるほどだ。

 それを涼が口にすれば、コメント欄も少しざわめく。


:それはそれでみたいけど今日はガッカリ優先か

:下へ行くってのはリスクも増すしなぁ

:気にはなるな


「なら機会を見てここの深層へ向かう配信も企画しましょうか」


:マジで

:それは楽しみだ


「おっと。そろそろコメント欄閉じますね」


 フロア3の比較的安全な場所をコメントに反応しながら進んでいた涼は、そう口にしてドローンの頭のスイッチに触れる。


 そしていつものようにスニーキングスキルを用いて進んでいく。


 出てくるモンスターもだいぶ和風に寄っている。


 生ける狛犬――神憑く石犬は上のフロアから続投だ。

 新しく出現しはじめるのは、全体的に可愛らしい姿をしている。


 ぶんぶく茶釜を思わせるタヌキ。


 白い仮面を顔の横につけ修行僧のような格好をしている二足歩行の子ギツネは、提灯や灯籠や狛犬、小さな本棚や宝箱などに化けている。

 近づいたり触れたりすると正体を見せ、ひっかいたり噛みついたりと攻撃してくる。


 スニークスキルを使っていても触ってしまうと、キツネは正体を見せて襲ってくる為、うっかり提灯などに触れてしまうと、襲われるのだ。


 そしてキツネは奇襲が成功しようがしまいが、可愛らしい姿でアッカンベーをして逃げていくのである。遭遇するたびに、涼のイライラゲージが増加していく。可愛さ余って憎さ百倍である。


 ほかにも、凶悪で巨大な姿に化けているが、幻術を見抜いてしまえば実はあまり強くない二足歩行で忍者の姿をした(カワウソ)の子供。


 どことなく、日本の昔話を思わせる姿のモンスターが多く出現する。

 そのうちキツネだけはどうしても避けきれず、やむを得ず戦闘となって手早く退治しているが――


:キツネうぜぇな……

:狛犬もやっかいだが提灯や壁に化けてるキツネやっかいだ

:宝箱にも化けてたな

:カワウソは初見殺しだな

:初見以外怖くないの笑うよな

:なんでタヌキだけ変化由来じゃなくて茶釜由来の能力なんだろうな

:まぁ堅い早い重いで戦闘力だけなら高いから

:ギルドとダンジョン庁でモンスターの名前照会してきた

:お、有能なチキンがいるぞ


 コメント欄を見れない涼に変わって――というべきか、コメント欄は各自で盛り上がっている。


 ちなみに、モンスターの名前は――

 タヌキはヤクチャヌキ。実は獣系ではなく物質系。

 キツネはバケタロー。こちらはちゃんと獣系。

 カワウソはウソニン。こちらもちゃんと獣系。

 ――ということらしい。


:タヌキが何をしたって言うんだ!?

:なんでタヌキばっか仲間外れにしてるんだ

:このダンジョン、タヌキに恨みでもあんの?


 モンスターの名前でコメント欄が盛り上がっていると、涼が足を止めて、コメント欄を開いた。


「ターゲットとは別のモンスターですが、同タイプのやつを見つけたので、こっちで試します」


:ついにガッカリタイムか

:ターゲットはどれだ?


「あそこで寝てる虎……いますよね?」


:いるな

:背中に開いた本が乗ってるのか?

:開いた本から虎が出てきてるが近い


 コメント欄にある通り、その虎の姿をしたモンスターは背中に開いた本を乗せているように見える。


 それが身体をまるめて気持ちよさそうに日向ぼっこをして寝ているのだ。


:モフモフ感いいな

:さすが猫って感じのふてぶてしい寝顔

:あれはあれで涼ちゃん好きそう


「もちろん自然寝の姿は大変可愛らしいのでココから撮れるだけ撮影しますとも」


:ん? ここから?

:シャークダイルの時とは違うの?

:遠距離スランバーの出番では?


「たぶんスランバーを使うとガッカリしますので」


:なにが起きるんだ?

:寝てるのに眠りを深めるとガッカリ……?


「ボクが前回遭遇したのは、虎ではなく猫の姿をした同タイプのモンスターだったんですが……。

 スランバーをかけたら大変ガッカリしてしまったんです……」


:ふつうの猫型もいるのか

:ちなみに猫はダイアリーキャット

:ちなみに虎はサボタイガー


「では、ここからスランバーウェイブを放ちます」


:来るか

:どうなるんだ?


 涼は物陰でハイスナイプを発動。

 スランバーウェイブの射程距離を伸ばした上で、身体を丸めて寝ているサボタイガーの眠りを深める為に魔技を放つ。


魔技(ブレス):スランバーウェイブ」


 放たれた紫色の波動はサボタイガーを包み込む。

 うたた寝していたサボタイガーは大きな欠伸をしたあと――


:は?

:え?


 その姿が消えて、背中の本だけが残った。

 開いた形で無造作に伏せられたその本は、本好きが見たら発狂しかねない光景だ。


「あれが……背中に本を乗せてるタイプのモンスターのガチ寝姿です」


:マジでガッカリだ!

:寝顔みせろよ!!

:あのかわいいうたた寝なんだったんだ!?


 今のサボタイガーの姿に愛らしさなどいっぺんもない。

 ただ道ばたに落ちているなんか大きい本である。


「ダイアリーキャットが同じようにうたた寝している姿を見て、感動して眠らせた結果が、同様でした……」


:それはガッカリする

:たぶん本が本体なんだろうな

:残念すぎる結果だ

:ヤクチャヌキと同じで茶釜が本体なのかもしれない

:もしかして獣系でなく物質系の可能性あるのか


「さてみなさんにガッカリしてもらったところで――さすがにこのまま帰るのも面白くないですし……このダンジョンのちょっと面白い場所に向かいます。

 すぐ近くなので、ささっと行きましょう」


 そう告げると涼は、すぐに動きだし、本となったサボタイガーの脇を抜けて、進んでいく。


 途中で物陰にあった非常に分かりづらい通路に入る。

 本棚に挟まれた、ほかの道よりも明らかに狭いその細道を進む。


 そして、視界が開けた瞬間――


:おお

:すごいな

:これは綺麗だ


 コメント欄に感嘆が溢れるほどの花畑が現れた。


 このダンジョンのあちこちで咲いている和花が一同に集まったような広場だ。


 中央に本棚と融合したような桜の木があり、その周囲を本棚や柱と融合したような藤棚が囲む。


 広場の壁の代わり本棚は躑躅(つつじ)紫陽花(あじさい)と融合して彩っている。


 足下には、地面に散らばった本から菊や曼珠沙華(マンジュシャゲ)、百合などが大小さまざまに咲き誇っていた。


 本や本棚とは別の、床も芝と融合したような姿になっており、そこからはタンポポや白詰草、芝桜に松葉牡丹など、日本らしい花が溢れている。


 藤棚から、藤の花とともにぶら下がる紙灯籠も良い雰囲気を作り出していた。


:和花の花畑って感じだな

:花とか詳しくなくても感動するな

:季節感はないけど和花の統一感はすごい良いな

:本棚や本と融合してるせいで生け花感もあるよな


「いかにもダンジョンならではって感じの風景ですけど、綺麗でいいですよね。寝顔以外にもこういうの探すの結構好きです」


:確かにこれはすごい

:ここってこの広場だけ?


「ここからだと見えないんですけど、桜の木の向こう側に扉というか(ふすま)があるんですけど、開かないんですよね。

 図書館らしい扉とは違う、明らかに和風の扉なので、何かあるのかもと気になってるんですけど」


 説明しながら涼は花の広場を進み、ドローンを誘導してリスナーにその襖を見せる。

 

:なんだろうダンジョンの扉っていうより自宅の襖っぽい

:わかる。なんかじいちゃんの家の襖って感じ

:朽ちているというより生活感を感じる襖だな


「どうやっても開かないんで、ギミックなりカギなりが必要なんだとは思います」


:これは確かに気になる

:気になっても開かないんじゃなぁ


「入ってきた時の細道とは別に、あれよりもうちょっと広い通路も伸びてます。そっちには行ったコトがないんですが……」


 そこで、涼が不自然に言葉を止めた。


:涼ちん?

:なんだ?


 険しいとも厳しいとも言える表情になった涼が、無言で歩き始める。


「…………」


 向かった先は、今話題に出していた通路。

 だが、その通路周辺の植物は、他のモノと比べるとどこか萎びている。


 花だけではない。

 その通路の壁である本棚そのものすら萎びて見える。


:涼ちゃんどうしたん?

:なんか画面に違和感ない?

:何がおきてるの?


「この通路だけじゃない……少しずつ、ダンジョンが萎びていってる?」


:え?

:どういうコト?


 涼の言葉を確かめる為に、香はドローンを動かして周囲を見る。

 確かに、この通路を起点に徐々に植物たちが萎びていっているように見える。


「あ」


 小さく漏れた声。

 次の瞬間、涼は自分を抱きしめるようにうずくまった。


「あ、ああ……」


:涼くん?

:え? どうした?


「この……この、殺気……はッ!」


:殺気?


「フロア全体を覆うような……これッ、は……!」


:涼ちん大丈夫?


 リスナーに聞かせるような言葉ではない。

 まるで譫言(うわごと)のように、自分を抱き身体を震わせながら、涼が言葉を漏らしている。


:フロア全体を覆う殺気……涼がビビるほどの……

:なんかやばい?

:明らかにやばいだろ

:涼ちゃん逃げろッ! 配信とか無視して全力で脱出しろ!!

:え? 探索者ニキどうした?

:コメントもドローンも無視して逃げろ!!!!


 探索者だろうリスナーたちの様子が一転し、ひたすら逃げろ逃げろとコメントをし始めている。

 その様子に、他のリスナーたちも尋常ではないものを感じ取った。


:やばいぞ出現時の威圧にやられてる!

:出現と同時にフロア全体へ影響を及ぼすんだあいつの威圧は!

:なんだそのやばいの!

:どうにか涼ちんの目を覚まさせないと

:どうやって?コメントなんて目に入ってないよ

:《モカP》ちょっと乱暴な操作します

:これ見てて神保町に行ける探索者は行け!

:警察や自衛隊くるまで現場と近隣住民守るぞ!!

:え? まって探索者ニキたち

:そのレベルの緊急事態なの?


 コメント欄が混乱し始める中で、香の操作するドローンが涼に体当たりをする。


「痛ッ」


:体当たりした!

:そうかその手が


「……すみません、ちょっと取り乱しました」


 涼はそう告げると、深呼吸をし表情を引き締めた。


「モカPもありがとう。おかげで逃げれそうだ」


:良かった

:でもまだ何も終わってない


「はい。最悪はドローンも無視して逃げます。

 でも、情報が欲しいからモカPは出来る限り、ボクのそばで周囲の様子を撮影して。

 ここからは配信よりも、情報収集の為の撮影の仕方になるので画面の荒さは勘弁してください」


 本来はすぐに逃げ出すべきだろう。

 それでも涼がリスナーに向けてそういう言葉を紡いでいるのは、自分の冷静さを取り戻す為だ。


 ジャラリ……ジャラリ……


:なにか引きずるような音が聞こえないか

:確かに風の音に混じって何か

:もう近くまできてるのか


「見てくれている探索者さんたちは各種連絡をお願いします」


:もうしてる

:涼ちんは脱出だけ考えて


「助かります」


 そのコメントを見て、涼は一息つくと、ドローンの頭頂部にふれてコメント欄を閉じた。


 ジャラリ……ジャラリ……


「音が聞こえるまで近づかれるのははじめてだな……逃げきれるかな?」


 軽い口調で呟きながら、涼は細い通路を抜けてもと来た道へと引き返す。


 そうして通路を抜けた先。

 寝ているサボタイガーがいる広い空間。


「……最悪だ」


 そのサボタイガーを挟んだ反対側に、恐怖(それ)がいた。





【!caution!】

 ダンジョン庁ならびに探索者協会より、ダンジョンに関する緊急警報が発令されました。


 東京都千代田区神保町にあるダンジョン『文巡る風の書架』の近隣にお住まいの住民の方は大至急避難をしてください。


 近隣にいる探索者の方々は近隣封鎖や人命救助などの手伝いをお願いします。


 避難必須地区および避難推奨地区は以下の通りになります。


 ・

 ・

 ・


 該当地区にお住まいの方ならびに滞在中の方は、政府が発行しており各自地帯が各世帯に配布している、ダンジョン災害発生及び発生予兆に対するマニュアルの『P23~避難に関すること』を参照にして、速やかに避難を開始してください。



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