涼 と 強風 と 古書薫るダンジョン
本日から2章開始になります
穏やかな陽光が差し込む、朽ちた建物の一角。
ただ朽ちているだけでなく、建物にはツタなどが絡みつき、自然と一体化しているような場所だ。
イギリスの図書館を思わせるその朽ちた建物の、恐らくは元々エントラスだっただろう場所に、黒いロングコートを羽織った人物がいた。
「今日は神保町ダンジョンに来てます」
ドローンを前に、黒いコートの人物――兎塚 涼はそう告げる。
小柄で中性的で、やや女性寄りの容姿をした涼は――涼ちゃんねるというチャンネル名で配信をしている配信者だ。
事務所には所属せず、友人であるモカP操作の配信用カメラ付きドローンとともに、ダンジョンを探索している。
「このダンジョンの正式な名前は【文巡る風の書架】。
名前の通り、朽ちた書架のような雰囲気で、ダンジョン内は常に強めの風が吹いています。
そして風の音のせいで、ちょっと配信しづらいところでもあります」
:確かにびゅーびゅーごーごー言ってるな
:何でそんなところ選んだの?
ドローンの上に、半透明なホログラフで表示されたウィンドウに、動画を見ている視聴者たちからのコメントが流れていく。
そこに流れてきた質問に一つうなずき、涼は答えた。
「実は先日、プライベートでココに潜ったんですよ。
理由は特になくて、何となくなんですけど。間引きもかねて」
:相変わらずほかの配信者だとためらうとこ潜ってるな
:プライベートとはいえ、書架に何となくで潜るのすごい
:そんな危ないダンジョンなのか
モンスターの強さはそこまでではなくとも、常に風が吹いている上に、朽ちた書架というシチュエーションなのもあって、足下がもろい部分も多々あるのだ。
その危険性からくる探索のしづらさから、難易度はBとなっている。
いくら出現モンスターの強さランクが2という低めのダンジョンとはいえ、そんな危険なダンジョンをプライベートで潜ろうとする探索者は少ないだろう。
故にこそ、分かっているリスナーたちはあきれたコメントを書き込んでいるわけだ。
「その時にですね。あまりにも、あまりにもガッカリする出来事に遭遇しまして」
:ん?
:ガッカリ……?
「あまりのガッカリっぷりにモカPとかにグチったら……いっそ配信ネタにしてみんなにお裾分けしたらどうだ――と提案されたんです」
:ガッカリのお裾分け……?
:ちょw
:そんな理由で潜るダンジョンじゃなくない?
「そんなワケで、今日の目的はチキンのみなさんをガッカリさせるコトなのでよろしくお願いします」
:よろしくされてもなw
:よっしゃガッカリさせられてやるぜ!
:気合いを入れてガッカリする
涼ちゃんねるのファン――通称チキンたちもノリよく受け入れてくれたところで、涼はエントランスを抜けて、本格的にダンジョンへと入っていくのだった。
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:なんかすごい綺麗なところだな
:朽ちた図書館と植物の組み合わせって不思議な感じ
涼がダンジョン内を歩いていると、そんな感じのコメントが流れていく。
ドローンのホロウィンドウは閉じているので、涼はそのコメントを見れてはいないのだが。
だが、ダンジョンの雰囲気はまさにコメントの通りだった。
天井が崩れ、陽光にさらされながら朽ちた図書館。
迷宮を形作る壁のほとんどが本棚で、そこには色あせて読めなくなった本が詰まっている。
そんな本棚たちが、ツタが絡みついたり、大きな木に飲み込まれたりして自然と一体化しているのだが、不思議な光景だ。
またこのダンジョンの各所に生えている植物は、藤や菊、百合、リンドウなど、全体的に和を感じるモノなのも、奇妙なノスタルジーを生み出している。
:本が忘れられた世界の図書館って感じ
:人のいなくなった地球とかこうなるのかな?
:風が古書とインクの香りを運んでそう
:実際に古いインクの臭いのする場所だよ
:涼ちゃんがコメ拾わないからコメ欄がポエミィになってるな
:今はコメ拾ってる余裕がないんだろうなぁ……
かつては天井や壁などを支えていただろう鉄骨の一つ。
それが、下の階へと移動する為の傾いた平均台となっている。
強い風が吹いている中で、涼はバランスをとりながら、そこを伝って降りている途中なのだ。
:《モカP》風強くてドローンが流されるから停滞しづらくて困る
:モカPも大変そうだな
:ここまで配信に向かないダンジョンも珍しいww
:ゲームだと良くある瓦礫下りだけどリアルだと大変だな
:ドローン以外の配信方法ならまだマシなんだろうけどw
涼は鉄骨を伝って下まで降りると、即座に近くの瓦礫の陰に飛び込む。同時に、ドローンを手招きした。
:何かいるのか?
:この動きはそうだろうな
「ターゲットではないですがモンスターです。
ガードマンドールという名前の人形みたいなやつですね」
涼は直接ドローンに触れ、カメラをモンスターの方へと向ける。
ついでに、ドローンの頭頂部にあるスイッチに触れて、ホロウィンドウのコメント欄を呼び出した。
ドローンのカメラが映すのは、熊毛帽をかぶり、上半身は赤で下半身は黒で塗られたその人形だ。どことなくイギリスの近衛兵を思わせるデザインをしている。
見た目は明らかに木製の玩具で、手にした銃剣も玩具のように見える。
大きさは涼よりも小さいようだが――
「強さはそれほどでもないのですが、カンがよくて堅いので面倒な相手なんですよね」
:あの手のモンスターはコアを壊さないと止まらないの多いしな
:人形系や機械系のそういう人工物系?みたいなのマジ面倒
:それらにゴーレムとかもひっくるめての物質系な。ほんと面倒だよな
:探索者ニキたちも嫌いなんだ
「ガードマンドールのコアの位置は心臓の辺りなんですけど、あいつら背が低いから狙いづらくて」
:そういう問題もあるのか
:確かに狙いづらそう
:パワーファイターは一撃でペシャンコにするよな
「それはボクには出来ない芸当なので、新スキルと行きます」
:お
:なにそれ気になる
「隠蔽拡張。ボクを中心に一定範囲内へ、ボクとボクが仲間と認識する存在に対して、本来はボクにだけ作用する隠蔽スキルを一緒に付与する――ようするにハイスナイプの亜種ですね」
:完全に初耳スキルだ
:俺も
:そんなスキルあったのか…
:ハイスナイプの亜種ってコトは
「はい。効果範囲を広げると、それに併せて隠蔽効果が薄まります。
まぁ手近なドローンの気配を隠蔽するには十分です」
そう告げて、涼はスキルの発動させる。
「風が強くて大変だと思うけど、離れず付いてきて」
涼はドローンのマイク越しにモカPへと指示を出すと、ドローンの頭頂部のスイッチに触れ、ホロウィンドウを消してから、瓦礫の陰より躍り出た。
:スルスルとよけていくな
:人形大杉だろここ
:風が強い足場が悪い人形が多い最悪のロケーションだ
:いくら人形が弱くてもこれは大変だな
崩れて下の階と行き来できるようになった床。
廊下や部屋の中は一部の本棚が倒れて道を塞ぐ。
あるいはその倒れた本棚を道として進んでいく。
崩れたことで逆にあちこちへと繋がった鉄骨の数々。
半分崩れた狭い廊下を巡回する人形たち。
涼は足場の悪いそれらをうまく飛び回って越えていき、モンスターたちを隠蔽スキルと持ち前のスニーキング能力を組み合わせて躱していく。
「そろそろフロア移動の階段ですね」
そうしてたどり着いた先には、図書館の底のような場所。
本棚ではない頑丈そうな石壁があり、その石壁は口を開けるように下へと降りる階段があった。
そこへと足を踏み入れながら、ドローンのホロウィンドウを開く。
「フロア内の階段や坂を上り下りをしてるので、ちょっと分かりづらいですが、エントランスからここまでがフロア1になります」
:探索者もたまにわかんなくなるやつなw
:こういうフロア移動用通路を越えるとフロアが変わる
:ややこしいなw
「このダンジョンみたいに、フロア内に階段や梯子なんかの階層移動があるとややこしいですよね」
そうして薄暗い階段を降りていくと、フロア2と呼ばれる迷宮が広がっている。
:フロア2は半分くらいは天井があるのか
:ここからだと天井はそう見えるけど実際は全体の1/4くらいだ
:風は相変わらずみたいだけど
「このフロアは耐えられないくらいの突風が定期的に吹くエリアがあるから、ドローン操作気をつけて。ボクより前に出ないように」
:本当に厄介そうな場所だね
:なんか雰囲気に似合わないかわいい狛犬があるな
「ここの階段付近の狛犬は問題ないんですけど……このフロアってあちこちにこういう狛犬が設置されてて、中には狛犬のふりしたガーゴイル系のモンスターがいます」
:動くのかぁ
:面倒くさいな
「神憑く石犬って名前らしいです」
:かみつくせっけん……泡立ちよさそう
:ちなみに神が憑くな
:噛みつくじゃないんだ
:ちなみに石犬な
:石鹸じゃないんだ
:むしろ石鹸なはずがないだろ
「上のフロアは警備人形ばっかりでしたけど、ここは動物型の人形が多いんですよね。かわいいのが救いです」
:でも必要なら倒すんでしょう?
「それはもう。やらなきゃやられますし」
:それはそう
:ですよねー
「目的のモンスターはフロア3に住んでるので、ここもさっさと越えていきますね」
そうして涼は宣言通りにさっさとフロア2を越えると、フロア3に到着するのだった。
【Skill Talk】
隠蔽拡張:
武技に分類されるスキル。
次に発動するスニーキング系スキルの効果範囲を広げ、仲間に付与できるようになるというスキル。
同系統で射程距離を伸ばす武技であるハイスナイプ同様に、効果範囲を広げれば広げるだけ使うスキル性能が下がる。
また隠蔽対処の大きさや質量などの影響も受ける為、ハイスナイプよりもスキル効果の減衰率は大きい。
涼のように、自分の1m以内で追従してくるドローンを隠蔽する程度なら、減衰率はさほどでもない。