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涼 と 寝顔 と 水底 と


 東京都多摩市。

 多摩川にあるダンジョン『川底(かわぞこ)深海(しんかい)』。

 通称『多摩川中州ダンジョン』。


 通称の通り、多摩川に面した多摩市と府中市をつなぐ二つの橋――関戸橋と四谷橋のちょうど中央付近にある中州。

 そこの中央に、黒い渦のようなモノが浮かんでおり、それが入り口となっている。


 三層構造のダンジョンであり、一層が三フロア。

 合計九フロアに加え、最下層にはボス部屋と呼ばれるフロアがあるので、合計十フロア構成のダンジョンである。


 第一層は迷路のように流れる川と砂利道が続くダンジョンなのだが、第二層からはまるで川底にいるような雰囲気になる。


 続く第三層は透明度の高かった第二層から一転して、マリンブルーの海底を思わせる雰囲気だ。しかも下に行くほど、暗くなっていく為、視界が悪くなり危険度が高まる。そんな階層だ。


 二層も三層も、小魚が空中を泳いでいる。これらは特に襲ってくることはなく、ダンジョンモブなどと呼ばれている。


 おかげで雰囲気は完全に水中散歩。

 ダンジョンならではの風景が全開のダンジョンであり、涼のお気に入りでもあった。


 もっともあまり旨味のあるダンジョンではないので、現役の探索者からは少々人気はないのだが。

 

 ちなみに、ふつうに呼吸はできる。


「やっぱここ、いいよね」


 そんなダンジョンの第二層――フロアとしては五階にあたる場所を、涼は歩いていた。


 海のような第三層も良いのだが、涼としては透明度が高く川底のような雰囲気の第二層がもっと好きだ。


「さて、今日は……うん。シャークダイルの寝顔にしよう」


 特に目的もなくダンジョンに潜ってきていた涼は、思いついたことを小さく独りごちる。


 目的が決まればあとは行動だ。


「第三層の方が遭遇率は高いけど、群れみたいになってるところもあるし……。

 周囲の風景を思うと……もう一つ下がいいか。確か六階には単独で泳いでるエリアがあったはず」


 よし――と小さく気合いを入れて階段を目指す。


 気配遮断のスキルを使い、ダンジョン内を徘徊するモンスターの死角を縫っていくことで、余計な戦闘を避けていく。


 今回のような寝顔撮影をするのに、習得したスキルだ。

 無防備な寝顔を取るには、警戒されたり臨戦態勢になってたりするモンスターではダメなのである。


 モンスターを眠らせるスキルを使うにしても、対象が可能な限りリラックスしている状態でいて欲しい。


 その思いであれこれやっているうちに、涼は高いスニーキングスキルを習得していた。


 スニーキングスキルを習得してからこっち、余計な戦闘を避けながら探索するのに便利で、今日のように使いながらダンジョンを進んで行くことも多い。


 そうして階段の前までたどり着いた時、ふと横にいるモンスターとバッチリ目があってしまった。


 お互いに、ぼんやりと見つめ会う。


 空中を泳ぐ、ワニとサメのハーフのような見た目をした、全長が二メートル以上はある大型の魚っぽいモンスター。


 見た目の通り、パワフルでスピードもある強敵だ。

 このフロアの他のモンスターに苦戦しなくなった程度で戦うと、苦戦は免れない。


 シャークダイル・サワード。

 モンスターの情報を調べたところによると、このダンジョンにおけるサワードとは、沢に住む程度の意味らしい。

 ようするに、沢に住むシャークダイル。


 その体躯でどうやって沢に住むんだよ――とは誰もツッコミを入れない。あるいは過去に入れた人もいたかもしれないが、意味がなかったのだろう。


 名前のことはさておき――不意に一人と一匹は遭遇した。

 お互いに見つめ合ったまま、沈黙が続く。


 涼からすれば「え? こいつフロア5にも出てくるの?」という驚きであり、モンスターの方からすると、「え? なんか目の前に気配のしない人間がいるんだけど?」という驚き。


 正気に戻ったのは、お互いにほぼ同時。


「おあ~っと!」


 シャークダイルが勢いよく突撃してきたので、慌てて階段へと飛び込んでいく。


 どういうワケかダンジョンのモンスターは階段を利用できないようなのだ。飛び込んでしまえば、襲われることもない。


「あそこまでバリバリ臨戦態勢だと、スキルで眠らせても険しい顔されちゃうからなぁ」


 ならばやはり、次のフロアで探すべきだろう。


「殺意剥き出して襲ってくるから怖いイメージあるけど、目とか結構つぶらで可愛いんだよね」


 階段を下りながら、そんなことを呟く。

 涼の見解としてはデフォルメしてぬいぐるみにすると売れそうなフォルム――である。


 階段を下りきってフロア6。


「確か西側……」


 すぐ目の前に広がる三叉を見ながら、方位磁針を取り出して確認。

 西へ向かう通路を選んで進んでいく。


 川底を歩くような風景は、それだけで心が躍る。

 苔や藻の生えた石や、恐らくは下のフロアから流れ込んできたと思われるワカメのような海藻を思わせるモノも、木々のように生えており、ゆらゆらと揺れる。


 そして岩陰や岩の下には、川虫を思わせるモンスターが潜んでいた。


 気配遮断を使っていても、完全にモンスターを避けれるワケではない。

 先のシャークダイル同様に、偶然の絡むうっかりで見つかってしまうこともゼロではなかった。


「YAGooooo!」


 奇声をあげながら、涼に気づいたモンスターが襲いかかってくる。


「邪魔」


 人を襲えるサイズになったヤゴのようなモンスターの体当たりを躱しつつ、ナイフを投擲し、急所である腹部へと確実に突き刺す。


「お腹側も堅くした方がいいよ」


 地面に倒れ伏したヤゴからナイフを回収しつつ、先を進む。

 しばらくすれば、モンスターの死体は黒いモヤへと変化していき、そのモヤはダンジョンに吸収されて消え失せる。


 原理はよく分からないがそういうモノなので、死体を放置しても問題はない。


「オニヤゴラドンが出てきたってコトはそろそろ、シャークダイルの生息域……」


 スキルで気配を消した上で、さらに息を潜め、物音に気遣いながら西側エリアを歩く。


「……いた」


 声にならない声で呟く。

 見つけたシャークダイルはお腹を上にして、クネクネしていた。


「……なにしてるんだろ?」


 顔をみると何だか楽しそうなので、娯楽がわりのダンスなのかもしれない。


「かわいいな」


 しばらくクネクネしていたのだが、やがて動きを止めると、流れに身を任せるようにユラユラしだした。


 ゆっくりと下に落ちていく。

 なにやら、その落ちていくことが気持ち良いようだ。


 そしてある程度まで落ちると、またクネクネしながら浮かびあがり、やがて流れに身を任せて落下する――を繰り返している。


「……これなら……」


 遠距離から眠りを誘う魔技(ブレス)スキルに、射程距離アップのスキルを乗せる。


「スキル:射程強化(ハイスナイプ)


 このスキルは、射程距離アップする代わりに元のスキルの基本性能が下がってしまうデメリットがある。

 だが、戦闘中に使う分には性能が足りてないだけで、あそこまでリラックスしている相手には十分だ。


魔技(ブレス):スランバーウェイブ」


 涼が掲げた手の先から、紫色をした半透明のリングが連なったような波動が放たれる。


 それを受けた途端、シャークダイルはスヤァ……と気持ちよさそうに目を細めていく。


 お腹を上に向けて、ヒレでお腹を押さえている姿が愛おしい。


「戦っている時とは大違いだ」


 凶悪な大口を開けて襲ってくる、このダンジョンでは上位に入る危険なモンスターも、寝姿は何とも可愛らしい。


「シャッター、チャンス!」


 小さく気合いを入れた涼は、スマートフォンを取り出すと、眠りのスキルの効果が切れるギリギリまで、その姿を堪能するのだった。



【Skill Talk】

射程強化(ハイスナイプ)》:

 発動後、その次に放つ武技(アーツ)魔技(ブレス)などの射程距離を一度だけ伸ばす特殊スキル。分類上は一応、武技(アーツ)

 本編中でも語られている通り、射程距離が伸びる代償として、威力やスキルの成功率などが下がってしまうという欠点がある。

 伸ばす射程距離が増えれば増えるほど、対象となるスキルの性能は下がる為、テキストで感じた印象よりも使えないスキルという評価がされている。

 本編中にもあるように、精神作用系のブレスは、相手の精神状況に応じて効果が上下するコトがある為、射程を伸ばすことで生じる性能減衰のデメリットも、使う位置と対象の状態次第では無視できる。

 この組み合わせは涼のお気に入りシナジーの一つとなっている。



《スランバーウェイブ》:

 効果範囲内の対象を眠りに誘う波動を放つ魔技(ブレス)

 精神力の強い相手や、興奮している相手には効果が低い。

 だが、眠らずとも眠気で動きを鈍らせる効果があるので、意外と使い道は多い。また練度を高めれば、成功率や効果範囲があがるブレスである為、使い手次第では非常に強力なブレスと言える。

 ……のだが、練度が低い頃に、同格や強敵に使って効果を得られずに終わる探索者が多い為、使えないブレスの一つと扱われている不憫なスキルである。

 そしてその評判はネットなどでも拡散される為、ますます見向きもされないスキルとなってしまった。

 寝顔を撮影するのに便利なので、涼にとってはお気に入りのスキルの一つ。


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