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涼 と 配信 と 森の入り口


「……ちょっと迂回します」


 囁くようにドローンに告げて、涼がそろりそろりとその場を離れていく。


:なんだ?

:どうした?

:なにかに気づいたのか


 相変わらずモンスターにほとんど気取られず、合間を縫って進んでいく涼に視聴者は盛り上がっている。


 ふつうの探索配信にはない、見つかってはいけないという独特の緊張感も盛り上がりの理由だろう。


 ある程度、何かから離れ岩陰にたどり着くと、涼は小さく息を吐いた。


「モカP、ドローンさわるよ」


 涼はそう告げると、ドローンの向きを変える。


「放すよ。あれ撮れる?」


 頭頂部のスイッチにふれてコメント欄を表示させながら、涼が示すと――


:なんだあれ?

:たま……ご……?

:足生えてるけど

:生えてるというか足だけ生まれてるというか

:妙な可愛さも感じる


「あれはグラスエッグ。名前の通り、グラスコッコの卵です」


:卵が勝手に歩いてますけどそれは

:歩く卵www

:シュールさがあるww


 ドローンのカメラが映すのは、グラスコッコの半分くらいの大きさをした緑色の卵だ。下部が少し割れて、足が生えて自走している。


「戦闘力はこのエリア――いえ、このダンジョンで一番低いです。正直、戦闘力だけ見るならモンスターとしてのランクは1未満。雑魚の中の雑魚といえるでしょう」


:含みのある言い方だなぁ

:見てて不安になるヨロヨロ歩きだしな

:ヨロヨロというかヨチヨチというか


「ただ好奇心が旺盛で、探索者に限らずグラスコッコ以外の生き物を見かけると興味本位で駆け寄ります」


:想像するとちょっとかわいいな


「確かにかわいいんですが……一つ、問題がありまして」


:やはりあるか

:どんな問題が


「こちらから手を出さなくても、卵が転んだり、不注意で殻を傷つけたりすると、大泣きします。

 その大号泣を聞きつけ、周辺にいるグラスコッコのメスがすごい勢いで集まってくるんです」


:最悪じゃねーか

:近くにいる奴を敵とみなす的な?

:そしてメスが仲間呼びをすればオスも来ると


「はい。近くにボクがいるなら、ボクが何をしたワケでなくとも、グラスコッコたちの集団が襲ってくるんです」


:歩く地雷かよ

:途端恐ろしい存在に見えてきた


「元々人気の無いこのダンジョンの中でも、このエリアを含む草原エリアがとりわけ嫌われている理由が、あのグラスエッグのせいですね」


:理由を知ればわかりみがありすぎる

:厄介すぎるだろ

:あれなんだろ?→コロン→うわーん→テメェうちの子泣かしたな?

:見えているのに避けづらいトラップだなぁ

:っていうか人気のないエリアなのねww


「もう少し進んでこの草原地帯を抜ければグラスエッグとの遭遇率も下がるので、まずはそこを目指します。またコメント欄閉じますね」


 そうして、涼はドローンの頭頂部をふれてコメント欄を非表示にすると、少し先にある森を見据える。


「さて、行くか」


 小さく気合いを入れると、またスニーキングスキルを多重発動して、そろそろと動き出す。


 グラスコッコやグラスエッグの背後や隙間を縫って、森の入り口までやってくる。


 そろそろ一度、コメントを拾おうかな――と思った時だ。


(げ。バーンボア……ボクだけなら抜けれるけど、ドローン大丈夫かな?)


 赤と黄色のマーブル色をした毛を持ち、それが逆立っているものだから、燃えているようにも見えるイノシシ型モンスター。

 それが、森の入り口で、のんびりと草を食べている。


(怒らせるとまずいな……。

 素のままのバーンボアならともかく、怒り狂ったバーンボアにはたぶん正面からじゃあ勝てない……)


 気づかれるだけならいいが、変に機嫌が悪くて急に怒り出したりされると、危険な相手である。


「あのイノシシ――バーンボアは元々戦闘力が高いモンスター。その上、怒ると戦闘力がすごい跳ね上がるしそうなると勝てない。

 静かに通り過ぎるつもりだけど、ドローンの操作は気を使って」


 バーンボアに気づかれない距離で、涼はドローンにそう囁きかけてから、小さく深呼吸。


:この感じ涼ちん一人なら行ける相手か

:倒せるってこと?

:↑違う避けれるってコト

:そうかドローン……

:暗殺の方が安全だったりしない?

:涼ちゃんが勝てないとハッキリ口にしてるもんな

:暗殺はミスったら危険な相手なんだろ

:緊張感すごいな


 ドローンが可能な限り涼に寄ってくる。


「いくよ」


 力強い囁き声とともに、涼は身を踊らせるように前に出た。

 その半歩右後方をドローンが飛ぶ。


 涼はハンドサインで、ドローンに左後方に移動するよう指示を出し、出来るだけバーンボアから距離を取りつつ、森の入り口に望む。


 ほぼ森の入り口の中央にいるバーンボア。やつは右を向いて雑草を食べている。

 涼は左側に出来るだけ寄って、そこを通り抜けていく。


(よし、気づかれずに通り過ぎれた。このまま行ければ……)


 バーンボアを注視しながら動く涼。

 バーンボアは気まぐれに体の向きを変え――


(まずいッ、目が合った……ッ!)


 バーンボアの視線と、涼の視線が交差した。


:涼ちんの表情かわった?

:気づかれたか?

:カメラ、イノシシ映して!

:↑無茶言うな迂闊な行動は危険を呼ぶんだぞ

:モカPが涼ちゃんの指示に素直に従うからできる配信だぞこれ


 涼の緊張と、張りつめた空気がカメラを通して伝わり、コメント欄にも強烈な緊張感が広まっていく。


 ドローンのカメラの前に手を出して、涼がハンドサインを送る。

 非常にゆったりとした動きで、ドローンは涼の指示通りに左前方へと動き出す。


:森しか見えん

:探索休んで見ている配信なのに探索してる気分になるんだけど

:カメラ涼ちゃんかイノシシ映して!

:実際こういうコトあるの?

:こういうコトばっかりだよ

:だから涼ちゃんのスニークテクまじ参考になる

:命がけかよ

:命がけなんだよなぁ

:お、カメラの向き変わってきた

:涼ちゃんイノシシと睨めっこ中?

:野生動物は目があった時、変に逸らしちゃいけないらしいしな

:めっちゃゆっくり後ずさってる

:それに併せて動けるモカPの操作技術よ

:うわ息詰まる

:見てらんないくらい怖い

:涼ちんでも勝てないイノシシなんだろ?

:襲われたらやべーんだよな……


 ジリジリと、涼は森の奥へ向けて後退していく。

 摺り足のような形で、バーンボアを刺激しないように。

 交差する視線は決して逸らさず、だけど睨んだり威圧したりはしないように。


 涼とバーンボアの間には張りつめた糸のような静寂が満ちる。

 一方で、森と草原を凪ぐ風が、木々のざわめきと、草原の波音を響かせている。


「ぶひ!」


 突然、バーンボアは鼻をならす。

 瞬間――満ちてきた緊張が弾け、空気を緊迫へと塗り替えていく。


:なに?

:まずい

:なんだよイノシシ?

:襲ってくる?

:やばい


 すると、涼から興味を失せたようにお尻を向けて、また足下の雑草を食べ始めた。


 涼の頬を冷や汗が伝い、顎から離れて地面を濡らす。


:食事を優先したか

:お尻かわいいじゃねーか

:戦闘は避けれたな

:確かにプリケツ可愛い

:くるりんしっぽいいよね

:画面越しでもマジ怖かった


「一気に離脱します」


 ドローンへとそう告げると、涼は一気に森の奥へと進んでいく。


 森の中のモンスターの気配が少ないところまで行くと、涼はそこでようやく一息ついた。


「さすがに緊張しました」


 そう言いながらドローンの頭頂部をふれてコメント欄を開く。


:おつ

:おつかれー

:本当緊張感やばかったね

:探索者っていっつもこんな緊張してんの?

:おつおつ

:↑初遭遇のヤツとか強敵とかと遭遇すると割と

:倒して無双しているイメージ強かった

:見てるだけで手汗やばかった

:配信者は安全マージン取れるとこ探索するコト多いしな


「目的の湖までもう少しなんですが、ちょっと休憩します……。

 ソロのスニーキングだけでなく、ドローンと一緒にスニーキングするためのテクニックを今後は磨いていった方が良さそうですね」


:休んで休んで

:ドローンとするスニーキングってなに?

:それは是非磨いて欲しい

:バーンボアって美味しい?


 SAIから水筒を取り出すと、涼はそれを乱暴に口に注ぐ。

 口から少し離したところから流し込む様子に、妙にコメント欄が沸いていた。


:なんか横顔ドキドキする

:アスリートの飲み方だw

:水分補給中の涼ちゃんえっち

:口を付けない飲み方大事

:あれって意味があるのか

:夏にペットボトル持ち歩くなら覚えておけ

:口付けた部分に雑菌繁殖したりするしなー


 いくつかのコメントを拾って返事をしつつ、少し前に流れていったコメントを思い出して、涼は答えることにする。


「そういえばバーンボアなんですが……たぶん美味しいと思います」


:お?

:なんで?

:知ってるの?


「あいつ、文字通り怒りに身を焦がすんですよ。

 激おこプンプンモードになると、あの炎っぽい毛皮が本物の炎に変わる上にステータスが二倍くらい跳ね上がるモンスターなので」


:激おこプンプンモードww

:表現の割に能力がエグい

:ただでさえ強いのに二倍とか


「ただ激おこ中のバーンボアから、豚肉の焼ける良いにおいは漂ってくるんですよね」


:え

:まって

:怒りに身を焦がすって……


「はい。一度、激おこプンプンモードになると、死ぬまで燃えます。

 正面から戦わずひたすら逃げ回れば、ボクも一応勝てる相手ではありますね。二度とやりたいとは思いませんが」


:生涯で一度しか使えない怒りのスーパーモード

:生き物としてどうなんだバーンボア

:それを激おこプンプンモードとか名付けられちゃって……


「最後は真っ黒な豚――というかイノシシの丸焼きになって大地に横たわります」


:いいのか悪いのか

:逃げ切れれば勝てるのはいいけど

:なんとも反応しづらいモンスターだ


「食べようと思ったんですけど、中まで炭になってたの残念でしたね。良い香りだったんですが」


:おい

:wwww

:試したのかw

:それは確かに残念だww

:涼ちんすごいな


「さて、休憩もできたので、そろそろ湖に向かいたいと思います」


:おk

:楽しみ

:どんなところかな




【Idle Talk】

 Warblerで荒ぶった実況をしている大角ディア。

 食べれるだろうモンスターであるグラスコッコやバーンボアの登場にテンション爆あがり。

 配信で倒して料理したいと騒ぐモノの「だけど、ディアちゃんじゃ勝てないでしょ」とファンに窘められ絶望したりと情緒が安定していない。

 それを含めてファンも楽しんでいるので、問題はなさそうである。


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