涼 と 移動 と ダンジョン考察
「香? 何か調べてるの?」
プロ戦闘ネキこと湊の義姉――鹿川 静音の運転する車の中。
香が真剣な顔をしてタブレットを操作しているのを見て、涼が訊ねる。
「事務所近隣のダンジョン情報。どこから発生してるダンジョン領域にルベライトの事務所が飲み込まれているのか想定しておこうかと思ってな」
タブレットに目を落としたまま答える香に、運転席の静音が首を傾げた。
「でもあの辺りってダンジョンありませんよね? あっても少し離れた場所の神社とか、自然公園とかで。少なくとも事務所が飲み込まれるような位置にダンジョンはないと思います」
「そうみたいですね。だから、可能性としては未確認、未登録のダンジョンだろうと当たりを付けて、ダンジョンが発生しやすいと言われているパワースポットや、神社仏閣――そういうのも調べてはいるんですが……」
答える香の口ぶりでは、ダンジョンの発生ポイントになりそうな場所も、ダンジョン化してそうな情報はないようだ。
「でもさ、香。確かに神社仏閣とかパワースポットにダンジョンが発生しやすいとはいうけど、そうじゃない場所にだって発生するじゃん?」
「そうれはそうなんだよな……」
「神社仏閣、パワースポット、歴史的建造物や遺跡、公園、山中、湖、川に海や港、アニメやドラマで有名な聖地にホラースポット……言うほど、ダンジョン発生地って共通点ないですよね」
車を右折させながら、そう口にする静音に二人は確かに――とうなずく。
「その中でも特に、神社仏閣やパワースポットあたりに発生しやすいとはされてますけどね」
涼がそう口にしてから、ふと脳裏に過ることがあった。
あるいは自分が配信者なんてものを始めたからこそ、気づけたのかもしれない。
「いや待てよ……。ちょっと強引かもだけど、共通点はあるかもしれない」
「涼?」
「香。ダンジョン崩壊に巻き込まれ掛けた時の配信、覚えてる?」
「忘れるワケねぇだろ」
露骨に顔を顰める香に、あの時は申し訳ない――と思いつつ、涼は続ける。
「あの時、ボクはダンジョンとは人の思いの影響を受けるかも知れないという仮説を立てた」
この情報は伏せておくべきだと判断されたものだが、静音なら聞かせても大丈夫だろうと判断した。 香いわく、彼女は自分の同類で、彼の父と元同業だというのだから、口は固いはずだ。
それを香が止めようともしないので、彼も同様の判断をしたのだろう。
「その仮説を真とした場合、今しがた静音さんが上げた土地というのは、人の思いが集まりやすい場所という共通点があるかな、と」
涼の仮説に、香と静音の表情が変わる。
「確か……あの公園に強い想いを抱いている男性が亡くなったタイミングと、ダンジョン崩壊のタイミングは一致していたんだったか?
初めてエンドリーパーと出会った神保町の書架ダンジョンもだ。ダンジョンの入り口となった元古本屋の店舗。そこの店長さんが亡くなったタイミングと、ダンジョン消滅のタイミングが一致している。
どちらにも、エンドリーパーが出現したという点においても同じだ」
「そういう意味では芸能事務所というのは人の思いが集まりやすいと言えるか?」
口にしながら、静音は自分の言葉を否定するように首を振った。
「いや、だとしたら世界中のあらゆる場所がダンジョンで溢れる。それに、今のを真だと仮定しても、ルベライト・スタジオだけがダンジョン化する理由に説明つかないか。もっと条件はありそうだが……」
何かが掴めそうな気がする。
三人がそんな思いで思考している中、涼の中でひとつの道筋が浮かんでくる。
「そもそも理由が一つじゃないのかも」
「どういう意味だ?」
香に問われて、浮かび上がった道筋を説明する為の言葉を選ぶ。
「例えば、ルベライト・スタジオにはダンジョンが発生するだけの人の思いのエネルギーみたいなのが集まってたとする。
でも、ダンジョンが発生する条件みたいなのが足りないから、何も起きない」
「ああ……なるほど。
逆に、ダンジョン発生条件は足りているのにエネルギーがないスポットが事務所の近くにあったとしたら、事務所に溜まっていたエネルギーがそちらに流れ込み、結果としてダンジョンが発生する、と」
「はい。そしてそのエネルギーが完全に溜まったのがごく最近であるならば、誰もダンジョンに気づいていない可能性もあるのかな――って」
「仮説としては悪くなさそうですね」
涼と静音のやりとりに耳を傾けながら、香はタブレットを操作する。
「ああ――クソ。最悪だな。その仮説通りなら、お誂え向きのスポットを見つけたぞ」
「ほんと?」
「最悪というのはどうしてですか?」
「……建築家、氷徳 鶴士が主導で作った建物はダンジョン化しやすいのでは? という噂がある。そして、ルベライト・スタジオの事務所ビルはそのものズバリ、その建築家主導で作られた建物だ」
「なるほど……芸能事務所として使ってしまったからこそ、時間を掛けてエネルギーが蓄積してダンジョンが生じた可能性があるワケですね……貴方が最悪だと言うワケだ」
なぜその建築家の建物が――という部分はどうでもいい。
「そうなると、事務所をダンジョン化から解放するには、ダンジョンのコアなり、コアを担当しているボスを倒すしかなくなるのか」
ダンジョンの人為的消滅。
それは、ダンジョン探索において、最難関とされるミッションの一つだった。
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湊と白凪がボス部屋に踏み入れると、大きな部屋の中央に縦長のディスプレイを思わせるもの浮いていた。
「ただのディスプレイ……なワケないよね」
「はい」
二メートルサイズのそれに警戒しながら近づいていく二人。
ある程度まで近づくと、そこにLive2Dで描かれているかのようなゴブリンが姿を見せた。
そのゴブリンはいかにも魔法使い然としたとんがり帽子に、古木の杖を携えたデザインとなっている。
「ゴブリン世界のVさんかな?」
「ゴブリン世界にヴァーチャルタレントっているんですか?」
「小物や装飾のデザイン含めてなんかそんな感じしない? 魔法使い設定のVさん的な」
「まぁ確かにゴブリン世界のVさんならこんなデザインになりそうですけど」
そもそもゴブリン世界のVtuberってなんだよ――とツッコミを入れられる存在は、この場にはいなかった。
「……これがボス?」
「だと思うのですけど」
仮称――Vゴブリンは、ディスプレイの中でポーズをとってこちらへと構える。
すると、ゴブリンの持つ杖がディスプレイから飛び出してきた。
「え? そういう?」
次の瞬間、杖の先端から氷の刃が放たれる。
「わっと」
「これは……!」
危なげなくそれを躱しながら、二人はVゴブリンを見る。
すると、Vゴブリンが右へと走る動きをすると、それに合わせてディスプレそのものがちょっと傾きながら、そっちへと動いた。
画面だけは常にこちらに向くように。
「面白い技術ですね。これ、実際のVさんも使えたらライブとか盛り上がりそうです」
「実際は浮遊しているディスプレイが動いているだけではあるけどね!」
走りながら氷の刃をばら撒いてくるVゴブリンに対して、二人は軽口を叩きあう。
湊は氷の刃をかわしながら、ディスプレイまで肉迫すると、剣を画面に向けて突き出した。
「む。やっぱ普通のディスプレイより固いか」
突き立てた部分を中心にヒビは入ったものの、中(?)のVゴブリンにダメージはないのか湊に向けて杖を向けてくる。
画面から飛び出して現れた杖の先端に対して、湊は魔法が発動するより早く杖を斬り上げる。
壊せれば上々。ムリでも杖が弾けたらラッキーだよね――くらいの感覚だったのだ。
スパっと杖を切断できた。
「やわッ!?」
思ってた以上に手応えが軽くて驚いた。
画面の中で杖を斬られたVゴブリンも驚いていた。
Vゴブリンは斬られた杖を素早く放り投げると、画面の枠の外から新しい杖を調達する。
「あ、ずっこい!」
「やはり絵というコトなのでしょうか」
ずるいとは思うが、別に脅威ではないな――と二人とも思いながら、即座に動く。
Vゴブリンは再び杖を構えて、ディスプレイの外へと飛び出させるが――
「杖をリアルへと突き出さないと魔法が使えないのは不便そうですね」
――白凪は愛鞭をその杖に巻き付けた。
「別に綱引きとかする気はないんですよね」
慌てて杖を引くVゴブリンに向けてそう告げると、鞭を握る手にチカラを込める。
「燃えてください……ッ!」
魔法剣を使う要領で、鞭に火を灯す。
それは古木の杖に伝播して、画面の中のゴブリンにも火が付いた。
「!?!?」
慌てふためくVゴブリンを見ながら、どういう原理なのだろう――と二人は首を傾げる。
とはいえ、チャンスには間違いない。
ならばここで何をするか――そう湊は考え……ふと、思う。
(馬鹿正直に画面を攻撃する必要あるのかな?)
慌てるVゴブリンを横目に、湊はディスプレイの背面に移動する。
そちらには、石像のゴブリンと同じく、木の棒の先端に風呂敷をくくりつけたものを背負っているゴブリンの絵が彫られていた。
下の方には、数字の0と一緒に、湊には読み方が分からない英語が書かれている。
それが何を意味するのかを考えるのは後回しだ。
燃えた杖に慌てふためきながらも握りっぱなしになっているVゴブリン。
そのまま白凪と炎上綱引きを続けているのだから、ここがチャンスだ。
湊はディスプレイの背面で呼吸を整え、しっかりと剣を構えた。
「武技:グランスラッシュ」
スキル宣言と共に、剣を大上段に構えながら小さく飛び上がると、斬撃力が強化された剣を全力で振り下ろす。
「ぜぇぇぇぇぇぇいッ!!」
剣がディスプレイの上部にめり込む。
メキメキと内部を割って入っていく。
モニタも剣に削られるように、ベキベキと音を立てて斬れた部分からヒビが広がっていく。
「ぅらぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」
気合いと共に全力で振り下ろしきる。
そのままディスプレイごとVゴブリンを真っ二つに切り裂いた。
画面の中でVゴブリンも縦真っ二つになっている。
断たれたディスプレイ画面には、それぞれ左右だけになったゴブリンが、目を回して倒れた姿が映っていた。
【Skill Talk】
《グランスラッシュ》:
上級武技に分類される剣技。
ハイスラッシュを使い込むことで習得するタイプのスキル。
空中発動からのみ繰り出せる強力な振り下ろしの斬撃を放つ。
スキルによる攻撃力強化値が2.5~5.0倍と非常に強力になっている。
強力な一方で、発動が空中からのみとなってしまっている為、使用者は少な目。
落下の加速度を乗せれば乗せるほど威力があがるかわり、着地の硬直が伸びるという性能が、輪を掛けて使いにくくさせている。
元々、湊はその使いづらさをものともせずに使いこなしていたのだが、ドレイク戦のあとも使い続けていた為、他の使い手とくらべると頭ひとつ飛び抜けて洗練されている。




