湊 と 白凪 と 怪しい祭壇
「あの祭壇、何かな?」
ゴブリンの背中に刺さった剣を引き抜き、そのゴブリンは自分のSAIへと回収しながら、湊は部屋の奥にある祭壇に視線を向ける。
日本の祭壇ではない。西洋的というか異世界ファンタジーとかにできそうな感じだ。
中央に、よくわからない小さな像が置いてある。
ゴブリンか何かだろうか。
棒の先に風呂敷がくくりつけられたものを肩に背負いながら、楽しそうに歩いているような像だ。
「わざわざ隠し階段の先に隠している祭壇というのも怪しい感じですが……」
「そもそもなんで隠してるんだか……」
首を傾げながら、湊が祭壇に近づくと目を瞬く。
「あれ?」
「どうしました?」
近づくとダンジョンの深層や、ボス部屋の近くに来た時のような感覚に襲われた。
「この祭壇……たぶん、ダンジョンに繋がってる?」
「いきなり当たりですか?」
「そうだといいけど……どうします?」
湊に問われて、白凪は小さく黙って口元を撫でる。
「覗くだけ覗いてみましょう。このゴブリン程度の相手ばかりなら、私たち二人でもなんとかなるでしょうし、ダメそうなら涼さんたちを待つ方向で考えればいいかと」
「おっけ。それじゃあ……どうすれば、入れるんだろう?」
「あ」
今まで見てきたダンジョンの入り口のように、わかりやすいモノではなさそうだ。
「この像を触ってみればなんとかなるかな?」
「モノは試し――ですね」
二人でうなずきあうと、ゴブリンの像に触れた。
すると、ダンジョンの入り口のゲートに踏み入れた時のような感覚を伴って、二人は像の中へと吸い込まれた。
「本当に入れてしまいましたね」
「エントランス……ちょっと狭めだね」
周囲を見回してみると、さっきまでいた部屋を大きくしたようなエントランスのような場所だった。
後ろを見れば、入り口になっていたゴブリンの像を2メートルサイズにしたようなモノがある。
恐らく、これは出入り口の機能があるはずだ。
他に何があるのかと言えば――
「出入り口になってる像以外にあるのは扉だけかぁ」
「簡素な扉ですね。事務所の階段にある非常扉のような重さは感じますけど……」
所感を口にしあいながら、扉へと近づいていく。
そしてどちらが言い出したわけでもないが、白凪が扉のドアノブに触れ――静電気でもあったかのように手を引っ込めた。
「白凪さん?」
「……感じるチカラは強くないですけど、この扉に触れた時の感じ……ボス部屋の扉ですよ。これ」
「それはまた最深部が随分と浅いダンジョンだねぇ……」
戯けたように言いながらも、湊は扉を見ながら目を眇める。
中を覗いて、モンスターの強さやダンジョンの複雑さなどを軽く確認するつもりだった。
当然、ある程度は想定外のパターンも覚悟していたのだが、このパターンは想定していなかった。
しかし――
「白凪さん的に、いけると思います?」
その問いに、白凪も「どこへ?」などとは返さない。
問われている意味は単純だ。二人だけで、ここのボスを倒せるか否かというだけ。
「ボスの強さは扉に触れると直感的というか本能的に、感じ取れたりします。
今の感じから言えば、私たち二人でも何とかなる程度だとは思います」
白凪は湊がうなずくのを確認してから、言葉を続けた。
「逆に私からも聞きたいのですけれど……強さは除外して考えた時、湊さんはここのボスを倒すべきだと思いますか?」
「うん。可能なら迅速に。祭壇の前にいたゴブリンは間違いなくこのダンジョンから生まれたものだと思うから。
加えてここはエントランスとボス部屋しかないダンジョン。つまり、ここで生まれたモンスターは最初からはぐれとして生まれるってコトでしょう?」
「なるほど。それを聞いて私もためらいはなくなりました」
気を改めるように深呼吸をして、白凪は表情を変える。
「行きましょう。扉に触れた感覚としては倒せる相手だと思います。変に放置して、先ほどのマッシヴなゴブリンが増えても困りますし」
「そうだね。実際、あれは涼ちゃんのマネして隙を作って一撃必殺狙ったら上手く行っただけで、真っ向勝負だったら多少苦戦したと思う」
超人化ナシだったらまず勝てない相手だ。
それこそ、涼や香に頼る必要がでてくる。
そんなのがどんどんここから出現したら、かなり面倒なのは間違いない。
ならば、そうなる前に元を絶つべきだろう。
「あ、扉――わたしが開けていいですか? ボス部屋の扉って触ったコトなくて」
「どうぞ」
「わ。なんかビリってくるんですね」
「中のボスとの実力差が大きいほどその感覚が強くなりますので今後の目安にしてください」
「うん。それじゃあ行こう」
扉を開けると、中で白と黒のマーブル模様が渦を巻いている。
二人はためらうことなく、その渦の中へと飛び込んだ。
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一方――ツボミ&部長コンビ。
「そういえば部長。わざわざ警備室の緊急用放送設備を使わなくても、非常ベルとかでもアリなんじゃないかなって思ったんですけど」
「うーん、でもね。火災や災害じゃないからね。危険の周知にはなるけど、あれは何が危険なのかの周知には使いづらい。
あと、あの音はパニックを誘発しやすいから、どこにモンスターがうろついているか分からない事務所状況からすると、むしろ鳴らした方が危険が多い」
考えてみるといい――と小さく息を吐いて、出庭は続ける。
「パニックになった一般人が廊下を右往左往している状態で、モンスターと戦ったり安全を確保したりダンジョンを探したりできると思う?」
「あー……ただでさえ、ダンジョンや探索に理解ない人が少なくないですもんね。確かに非常ベルで慌てさせるとかえって危険が多いのかー……」
「変に慌てて危険に飛び込まれるくらいなら、各オフィスの中から出て来ないでくれた方がありがたいというモノさ」
そんなやりとりをしているうちに、警備室に到着だ。
「失礼するよ」
部長がそう言いながら警備室に入ると、制服をきた警備員が真面目な顔でうなずく。
「ダンジョン企画部の出庭さんですね?」
「ええ。そうです。話は言っているのですか?」
「はい。社長から連絡が来ております」
「なら話が早いですね。設備をお借りしても?」
「もちろん」
警備員の案内で、出庭はツボミと共に警備室の奥に用意された放送設備の元へ行く。
その途中、ふと壁に飾ってある絵がツボミの目に入り、そんなことを口にする。
「警備室にも美術品飾ってあるんですね」
A4サイズくらいの縦長の絵だが、星空をバックに厳格な天秤と煌びやかな剣が交差する絵は、絵なんて詳しくないツボミの目からも綺麗だなと感じるものだった。
「この絵ですか? すっかり気にしなくなってましたが、ルベライト・スタジオが居抜きでここと使う前から飾られていたらしいのですよね。まぁ自分はここまだここに勤めて一年ほどなので詳しくは知らないのですけど」
「え?」
彼の言葉に、ツボミは目を瞬き、自分のスマホを取り出した。
「どうしたのかね?」
「えっと、ちょっと待ってくださいね」
Linkerを起動して、先ほどディアから届いたメッセージを改めて確認する。
ロビーにある女神アストライア像のおっぱいにスイッチが隠されていて、押したら隠し階段が現れたから奥を見てくる――とある。
ツボミはアストライアという女神には詳しくなかったが、あの女神像が天秤と剣を携えていたのは印象に残っているので覚えていた。
「まさか、この絵……」
自分のゲームやマンガなどから得ている経験を総動員して、恐る恐る額縁に触れる。
「それ、どうやっても外せないとかでそのままなんですよね」
「……外せないんだ」
傾けたり、持ち上げたり――そういう取り外そうとして加えられたチカラでは反応しないのだろう。
特定の方法でチカラを入れていく必要があるのか――あるいは、女神像の胸だけ柔らかくその内側にスイッチが仕込まれていたように、この絵にも触れれば分かる何かがあるのか。
恐る恐る絵の方に触れる。
ゆっくりと、絵の全体を撫でていくと、触感が異なる場所が四カ所あった。
「……うわ。マジであるじゃん。順番とかあるのかな?」
触ってみると、どうやら押し込むことのできるスイッチのようだ。
押す順番のヒントになりそうなものはないので、とりあえず適当に一つ押してみた。
すると、カチリと絵の額縁の角から音が聞こえた気がする。
続けて別のスイッチを押す。また別の角からカチリと音がした。
他二つのスイッチも押せば、それぞれ別の角から音がする。
ボタンを四つおした結果は、額縁四隅から音がしたことになる。
「――となると」
絵が外せるかと思ったがそうではなさそうだ。
色んな形でチカラを加えていると、絵が横へ回転し横長になる。
「なんと!?」
「絵が動いた……!?」
部長と警備員が驚くのを余所に、次はどうすればいいのかと試行錯誤していると――
「あ」
右側にきた絵の天辺を手前に引くと、扉のように動く。
「やっぱり」
「なんですかこれ!?」
そりゃあ警備員さんも驚くよなぁ――と苦笑しながらも、それを開けると絵の裏側には小さなスペースがあり、そこには非常ボタンに似た青い縁取りのボタンがあった。
「剣名くん。それは例のギミックというやつに間違いないかな?」
「そうだと思います。押してみます?」
ツボミに問われて、出庭は少し考えてから首を横に振った。
「……いや、まずは当初の目的通りに放送をしてからにしよう。鰐浜くんたちの報告では、隠し通路の先でモンスターと遭遇したそうだからね。開けてしまって奥からモンスターが現れでもしたら面倒だ」
部長の言葉にうなずきながら、ツボミはボタンに視線を向ける。
「こんなのがいくつもあって、どこかがダンジョンに繋がってる可能性があるんだとしたら、面倒ってレベルじゃないよね……」
何とも厄介な建築家もいたものだ――と、ツボミは小さく嘆息した。
【Idle Talk】
氷徳 鶴士 - ヒトク カクシ -
年齢不詳。建築家。故人。ちなみに名前は本名。
有能さとミステリアスさを兼ね備えた変人。
気難しく頑固な職人気質でもあり、彼に依頼をしても引き受けてもらえないことも多いと言われていた。
一方で、引き受けてもらえた場合、ハイレベルな建物を作って貰える為、人気は高かった。
得にこの手のデザイナーに多い、デザイン重視故に非常用のドアや消火栓すらデザインに組み込み分かりづらくする――みたいなのは少なかったのも、人気が高い理由だった。
現ルベライト・スタジオ事務所ビルを建築した建築家。
無難なものから独特なものまで様々な建物を設計・建築してきた男。
魔術や異能。超能力や神秘。神話や怪談。都市伝説や怪異などが大好きであると公言しており、時折自身の建築物にネタを仕込んだりしている。
それらの建物は実際にモンスターやダンジョンとは異なる怪異を発生させているという噂も多い。そもそも氏の建築物はダンジョンが発生しやすいという噂もある。
噂を検証したものはいないが、その噂は事実である。
ルベライト・スタジオの事務所ビルのようにホラーゲームの舞台を思わせる利便性無視ギミック満載の建物をいくつも作っている。これは氷徳だけでなく、建築依頼人もかなり楽しんでいたと思われる。
また一見無難なようで、建物の各所に気づかないような微妙な傾斜や、生活の中で無意識に目に入る部分にサブリミナル的に暗示を仕込むようなこともしていたという噂もある。
後者の建物のうち、某県片田舎にある、彼の名を冠したオフィスビル『氷徳ビルディング』はテナントがいなくなり廃ビルになった後はホラースポット『人食いマンション』として有名だった。
過去形なのは、現在その建物にはダンジョンが発生したのでホラースポットではなくなったから。今は『人食いビルディング』という名称のダンジョンとして扱われている。
内部は元のマンション通りの雰囲気のダンジョンながら、出現モンスターはアンデッドは出現しないものの、アンティーク人形風のモンスターや、マネキン、人体模型など、怪異や怪談をモチーフにしていると思わしきモンスターが徘徊している。
同様に、後者の暗示・サブリミナル付き物件としては、身寄りのない独り身の若者向けアパートもある。
一見普通のアパートに、性欲が強まり淫蕩に依存しやすくなる暗示が仕込まれた建物は、最初から淫欲の蠱毒として作用するようにしていたとされる。
実際にその効果があったかどうかは不明だが、現在では廃虚となっていたそのアパートにもダンジョンが発生した。
そこに生まれたダンジョンは『孤独な蠱毒』と名付けられた、いわゆる18禁エロトラップダンジョンであり、主に触手型と蟲型、そして女性型モンスターが徘徊し、蟲風呂エリアや触手プールエリアなどが探索者を待ち構えている。
今となっては妙にダンジョンと親和性の良い、たわけたテーマの建物を作りまくったクッソ迷惑な男――という扱いになっていればマシだったのだが、まだあまりバレていない。
実際に彼の建築物が異様にダンジョンと親和性が高いと気づいているものは、そういうのを暴くのが得意な人や、うっかり建物関連の事件に関わってしまった人くらい。
生前、自分の建物がダンジョン化すると大喜びしていたという。
晩年はダンジョンが発生しやすくなる建物について研究していたらしい。
実際、それが実を結んだかどうかは不明。
ただ彼の死後、ダンジョンが本格的に大量発生しはじめた時代になると、彼の建築した建物のうち――特に廃墟化しているようなものの多くがダンジョン化しているのは事実である。
なお、ダンジョン発生世界だからこそダンジョンとの親和性が高かっただけで、ダンジョンが発生しない世界線の場合は、ガチで怪異が発生したり異形が住み着いたりする迷惑スポットを作るの上手な建築家である。
……ただのはた迷惑な建築家のオッサンと書くだけで良かったのに結構な分量になってしまった。
ちなみに、ダンジョンが発生しなかった世界線でのおっさんの建築物に関わるエピソードなどは、作者の別作品『コミック・サウンド・スクアリー』に登場してたりします(宣伝)
本作とはまったく毛色の違うお話ですが、ご興味在りましたら是非。




