ディア と シロナ と 女神のレリーフ
大角ディアこと鹿川 湊は、自身のマネジャーである鰐浜 白凪と共に、自分が所属する芸能事務所の建物の入り口の前にいた。
第三スタジオでの作業中に届いた、ツボミと部長からのメッセージ。
両方からの内容はほぼ同じもの。
「事務所の一部がダンジョン領域化していて、内部にモンスターが徘徊しだした……か」
改めてメッセージを確認した湊はスマホをポケットに戻す。
「まずは中に入って領域探しですね。SAIから武器を取り出したいところです」
「モンスターに気をつけながら、だね」
「ええ。涼さんや香さんのマネをしようなどとは思わないでくださいよ」
「そりゃあねぇ……あの二人はそもそもフィジカルお化けだから出来るってワケだし」
超人化せずとも戦う手段、身体を動かす技術――そういうものを持っているからこそできることをしているのだ。
その手の訓練をしていない自分ができるとは思わない。
「注意喚起や避難誘導も一緒にやっていきましょう。
ダンジョンや探索に理解がある人以外には危機感があまり伝わらないでしょうけど……」
「海岸のクラゲの時も思ったけど、ほんと人って言うコト聞いてくれないんだよねぇ……」
それでも、やらければ余計な人死にがでるかもしれないのだ。
「正直、文句や愚痴はいくらでもあるけどさ、それもまた生き延びたから……無事に解決したからこそ……だよね。それを漏らすことができるって生きてる証でしょ?」
それは、湊がイレギュラーや大型はぐれなどと遭遇し生き延びてきたからこそ、理解したことの一つだ。
「それを理解しているなら十分です。行きましょう。そして今回も無事に解決して生き残りましょう」
「うん」
お互いにうなずき合うと、小さく気合いを入れ、入り口の自動ドアをくぐる。
「あれ? ディアさんに鰐浜さん? 忘れ物ですか?」
受付にいた女性がのんきに首を傾げるのを見て、喚起がまだ全然広まっていないというのを理解する。
「緊急事態なんだけど聞いてませんか?」
「え?」
白凪が訊ねると、受付の女性は何のことだろうと顔をした。
「状況は不明ですが事務所内にダンジョンが発生しているという報告がありました。実際モンスターの徘徊も始まっているみたいです」
白凪がそこまで言ってもよく分からないという顔をする彼女に、真面目に話していては時間の無駄だな――と湊は判断する。
「すみません、社長に繋いで貰えます?」
「ディアさん?」
「いいからして。至急」
有無言わさずにそう言えば、彼女は渋々といった様子で内線でコールしはじめた。
「あ、受付です。えっと、ダンジョン企画部の大角ディアさんが社長に繋いで欲しいと……」
「ごめん。借りるわ」
「え!? あ……!?」
受付の女性が全てを言い終える前に、湊はカウンターから身を乗り出して受話器をひったくる。
「大角ディアです。事務所内で緊急事態が発生しています」
そう告げながらカウンターの上に腰を掛けた。
『聞いている。さきほど経理部の切垣から連絡を受けた。君のところの出庭からの伝言をな』
「それを聞いて安心しました。対策は?」
『ダンジョン企画部や探索経験者に頼るしかないな』
「対策っていいませんよそれ。とりあえず、探索者資格もってなくても理解者はいるはずです。その人たちを中心に避難誘導や注意喚起を広めていくしかないかと」
『出庭は剣名ツボミと行動しているようだが、どう動いているか分かるか?』
問われて、僅かな逡巡をする。
ダンジョン化という状況ではあれど、ここは事務所だ。
避難誘導すべき人たちも多くいるのも理解している。
だが、全員が全員すぐに動いてくれるワケではない。
実際に、事務所がダンジョン化していると言われてもピンと来てない受付の女性のような感覚の人の方が多いと思っていいだろう。
そんな中で、ツボミたちが取るだろう行動があるとすれば――
「ダンジョンの中核を探すコト。それと避難誘導……いや、ちがう。あの――社長。学校の放送室みたいな場所って事務所にありますか? 事務所全体に放送するみたいな」
『……ある。火災や地震などの緊急放送を所内に放送する設備が』
「なら、ツボミたちはそこに向かうと思います。ダンジョンの中核探しも大事ですが、同じくらいに避難誘導も必要でしょうから。だからといって各部門をいちいち訊ねていては時間も人手も足りません」
そう社長へ告げてから、湊はチラリと白凪を見る。
すぐさま白凪は自分のスマホを取り出すと、Linkerでメッセージを打ち始めた。
「シロナさん、わたしたちは領域破壊あるいはボス狙い――で、良いですよね?」
「はい」
改めて確認し、白凪の同意を得たところで、社長へ告げる。
「わたしとシロナさんは避難誘導よりもダンジョン化解消方法を探すべく動きます。
社長はツボミや部長の動きに合わせて社員の皆さんの避難誘導などをして頂いても?」
『了解した。もとよりそのつもりだったが、動き方がより明確になるのは悪くない』
社長は安堵したような、あるいは腹を括ったような声でうなずく。
『それと、この建物は建築家の趣味で隠し部屋な妙なギミックが色々ある。もしかしたらそういうギミックの先にある隠し部屋にダンジョンが発生している場合がある』
「……ギミックの答えとかは?」
『すまんが私も分からない……』
わりと本気でしょんぼりした声に、湊は何とも言えない顔をした。
「ともあれ知り合いの探索者やギルド関係の人にもLinkerでメッセージは投げておいたので、すぐに動きもあると思います」
『助かる。事務所の損害だとか、建物の修理費だとか、マスコミ対応だとかそういう話は一切合切無視してくれて構わない。そういうのは私や探索者ではない肩書き持ちの仕事だ。
出庭やツボミくん、君たちのような探索者資格を持っている者は探索者としての最善を優先してくれていい。事務所と社員をよろしく頼む』
「頼まれました。最善を尽くします」
『ああ、そうだ。最後に一つ。受付のところの近くに女神のレリーフがあるだろう? あれの胸を揉んでみるといい』
「は?」
『私が見つけたギミックの一つだよ。役に立つかは分からないが』
「いえ、試してみます」
『そうしてくれ。では、改めてよろしく頼む』
「はい」
そうして受話器を置いた。
「あ、あの……」
「聞いての通りの緊急事態。事務所内にダンジョン領域が発生し、モンスターの徘徊もはじまっています。
ここはエントランスで玄関がすぐそこだからここに居ても逃げれると思うけど、事務所の外にいた方が安全かもしれませんよ?
――とまぁそんな感じで忠告と誘導はさせて頂きました。それを受けて貴女がどう判断し、どう動くかは自己責任です」
電話ありがとうございました――と告げると湊はカウンターから飛び降りる。
「シロナさん、受付近くの女神のレリーフってどこにありましたっけ?」
「ちょうど受付の壁の裏辺りですよ。それが何か?」
「ちょっとね」
受付の彼女一人を誘導するのに時間を掛けていられない。
そう判断した二人は、そのまま女神のレリーフがあるところへと向かっていく。
しばらく後で、受付の女性の元へ探索者ではないがダンジョン配信好きの同僚がカウンターへと慌ててやってくる。その時になってようやく彼女は外へと連れ出されるのだが、それまでは通常通りの仕事を続けるようである。
さておき、二人は受付の背後にある壁をぐるりと回る。
「今まで意識したことなかったけど、この壁って半月状なんですね。直線の方が受け付け側で」
「こうやって意識して見ると無駄に分厚いですね。このエントランスの規模に対して分厚すぎるくらいに」
受付の裏側は広めの休憩所のようになっていて、ベンチが並び、観葉植物や自動販売機などが並んでいる。
それを見守るように、受付裏の壁に大きめな女神のレリーフが彫られていた。
中規模な芸能事務所に彫られるには、やや格調高いそれは――社員たちからはまぁ居抜きで使ってるんだし、そういうこともあるか……程度の扱いだ。
「そういえばじっくり見たコトなかったな」
「確かに、剣と天秤を持っているというのも、今改めて知った気分です」
「……神話とか詳しくないけど、何の女神なんですかこれ?」
「私も詳しくはないですが、天秤座と乙女座のモデルになったアストライア……でしょうか? 裁判の守護者とも言われているので、裁判所などで飾られてるコトの多い女神――だった気がしますが……」
「ここの事務所居抜きらしいけど、元々は何の会社が入ってたんだろ?」
首を傾げつつも、アストライアのレリーフの胸に手を伸ばす。
「裁判の守護者の胸に触れるとか背徳感すごいかも?」
冗談めかした調子でそう言いながらレリーフの胸に触れ――
「うひゃあ!?」
――湊は小さく悲鳴を上げて、手をひっこめた。
「どうしました?」
「いや、え? あれ?」
何か不思議なものを触ったような感覚で、自分の手を見つめる。
「……硬いよね」
胸以外の太ももや頭に触れてから、改めて胸に触り――
「このレリーフ、胸がふつうに柔らかいんだけど」
「ええ……」
――湊の言葉に何言ってるんだお前……という表情をしながらも、白凪は自分でも触れてみた。
「本当ですね。見た目は他と同じ素材のようなのに、ここだけ明確に柔らかい」
なんだこれ……という顔で二人はレリーフを見る。
「社長曰わく、この建物はこういうギミックやこれを利用して開く隠し部屋とか色々あるらしいんだけど」
「言われなければ気づきませんよ、レリーフの胸が柔らかいなんて……というかこれで何が開くっていうんですか?」
「新しい性癖の扉?」
「開きたくはないです」
そんなやりとりをしながら、無意味に胸が柔らかいワケないだろうと湊は色々と確かめる。
「女子高生が女神のレリーフの胸を揉みしだく――端から見るとだいぶ倒錯的な光景ですね……」
「シロナさん本当に変な扉開き掛けてません? 大丈夫?」
思わずといった様子でうめく白凪に、湊はツッコミを入れながらも調べ続ける。するとレリーフの左胸に妙な感触が混ざっているのに気がついた。
「あ、左側だけ妙なシコリみたいなのがある……」
「レリーフも乳がんとかになるんでしょうか?」
「シロナさんにボケ倒されると対応に困るからやめて欲しいんですけど」
「すみません、つい……」
そんなやりとりの中、湊はそれの正体に気づいた。
「たぶんこれ……何かのスイッチだ。押し方がわからないけど、位置を動かせそう……?」
「この建物のデザイナーは何を考えてそんなものを……」
二人は神妙な顔になりながら、一度周囲を見回す。
「シロナさん、どうします?」
「どう――とは?」
「この胸のスイッチを押したら、何らかのギミックが起動するのは間違いないと思います。それが意味があるかどうかもわかりませんし、ギミックの先にある部屋にダンジョンがあるかもわかりません」
「ああ、なるほど。まずは事務所内をふつうに探索したあとで、隠し部屋探しをするべきではないか……というコトですね」
「はい」
それは一理ある――と思いながら、白凪は思案する。
回すべき脳は、マネジャーとしてではなく、探索者としてのもの。
「でしたら、部長とツボミさんに事務所内探索を優先して貰いましょう。
私たちはギミックを隠し部屋を優先して探すと、メッセージを入れておけば大丈夫ではありませんか?」
「じゃあ、それで」
湊がうなずくと、白凪は早速二人へとメッセージを飛ばす。
そして、返信をまたずに湊を見た。
「スイッチ、試しましょう」
「うん」
胸を触っていると、内側にあるだろうスイッチの向きを動かせるのが分かった。
「こっちに動く……こうすると回るから……」
それを試行錯誤しながら動かしていると、ついにスイッチのボタンが正面に向く。
「……スイッチが押せる状態になると、乳首が浮き上がってるみたいになるという変態ギミックを考案したクソデザイナーにもの申したい」
「同感です。しかもご丁寧に右側も浮かび上がりましたよ。なんなんですかね? とはいえ変態的な内容はともかくとしても、誰がいつどう気づくんですかね、これ?」
「社長は気づいてたみたいだけど……」
「それは社長がこの建物にギミックが色々あるという前提を知っていたからだと思いたいところです」
いつもクールでポーカーフェイスが常のデキる男風の見た目をしたイケメン社長が、エロ好奇心で触ったらギミックに気づいたとかだったら、ちょっと幻滅である。
「ともあれ、押しますね」
「はい」
何か分からない恐怖心はある。
けれど同じくらい――ダンジョン探索とは違う、むしろナゾトキ的アトラクションを進むようなワクワク感を抱きながら、湊は胸のスイッチを押し込む。
カチリという感触と共に、何かが起動するような音がし始めてレリーフが小さく振動を始めた。
「え? え?」
「なにが?」
すると、レリーフの周囲に切り込みのような筋が入ると、レリーフは壁の奥へと回転。半回転するとレリーフは何も描かれてないただの壁のような背を二人に見せた。
しかし、そのあと壁はゆっくりと左へと動いていき、壁だった場所は薄暗い口となる。
「……階段、でてきたんだけど……」
「こんなギミックがいくつもあるというのですか?」
「もしかしなくても、この地下が外れだったら、またギミック探して解いて隠し部屋探索してを繰り返さないといけないのかな?」
「恐らくその通りです。ホラー系アドベンチャーゲームのあのノリですよ、きっと」
「うわー……なんか、ワクワク感が急に消え失せて面倒くさくなってきちゃった……」
「同感です」
二人は地下へ降りること以上に、ダンジョンの入り口探しが確実に難航するだろうことに、始める前から頭を抱え始めるのだった。
【Idle Talk】
ちなみに、社長は当然ギミック仕込まれまくりであることは知っている。
知ってはいたのだが、この女神のレリーフの胸が柔らかいコトに気づいたのは、学生じみたエロ好奇心で何となく触ったからである。つまり二人が社長に幻滅するのは確定となった。
ついでに左胸のスイッチには気づいておらず、湊へ出したヒントもそういうギミックが色々あるだろうから、探す参考にしてみてね――くらいの意味しか無い。
あとあと湊からここの報告を受けた時「え? ここの女神のレリーフって隠し扉だったの!?」というリアクションをするとかしないとか。
なお、社員の一部ならびに、事務所へちょいちょい顔を出す配信者たちの一部も実は気づいていたが、湊のようにしっかりじっくりこねくりまわしたワケではないので、誰もスイッチに気づかなかった。
誰も彼もが、自分だけが知っている秘密のエロス的な扱いをしてたとかしてないとか。
後日、隠し扉の件を伏せるのであれば配信のネタにしてよいと社長許可がおりるコトとなり、事務所の女性Vチューバーが大爆笑しながらこのレリーフを紹介してバズるのだが、それはまた別のお話である。




