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【閑話】死神 と 娘 と 彼方の黄金


 夢と現実の狭間。

 精神と肉体の境界。


 当世の人間たちがダンジョンとよぶ領域よりも、夢や精神に近い場所。

 夢や精神の世界に存在する、現実と肉体の世界への境界。


 つまりは夢と精神の世界から見たダンジョンとも呼べる領域。


 それは、かつての栄華の象徴。あるいは冒険者たちの夢の具現。

 数多の英雄たちを乗せて、浪漫という大海原を進んでいった偉大なる黄金。


 その残骸とも呼べるもので構成されたその領域(ダンジョン)を、当世の人間たちにエンドリーパーと呼称される死神が、身体から垂れる鎖の音を響かせながら歩いている。


 そこへ、動物の毛皮で作ったような服を身に纏った妖艶な少女が近づいてくる。

 頭には猫耳、お尻には猫尻尾を持ち、手には弓、背には矢筒を携えた女性だ。


 だが、彼女に色はない。


 猫耳の先端から爪先に至るまで。肉体はおろか服も装備も全て白く硬質的だ。

 まるでギリシャ彫刻がそのまま動き出しているような印象すらある。


「あやつはどうだ?」


 エンドリーパーに問われ、女性は少し困ったように苦笑する。


「相変わらずです。あるいは、覚醒の時間が短くなっている気もします」

「……あまり時間はなさそうであるな」

「どうなのでしょうね」


 彫刻の少女は曖昧な反応だ。しかし、それも無理はない。


 実際のところ、エンドリーパーとて本当に時間が無いかどうかというのは分からない。

 そもそもからして、何をもってタイムリミットと捉えるかが定まっていないのだ。


 だが漠然と、エンドリーパーはこのままだと長くない――という感覚があった。


「ただ、あの子は貴方に会うと喜ぶと思いますので」

「ああ。無論、起きているなら会っていくつもりだ」


 倒れた柱や、崩れた天井。

 それらを避けながら、最奥に向かう。


 最奥は、おおよそ壊れた浪漫の跡地とは思えないほど綺麗な場所となっている。


 円形の空間で、黄金の床と花畑が輪を作り、壁際には水晶の木が立ち並ぶ。


 その空間の中央――奥。

 葉っぱの形をしたエメラルドを茂らせ、リンゴの形をしたルビーを実らせる水晶の木に囲まれるようにして存在するそれ。


 まるで船の先端のようなモノが壁から生えていた。

 そして、その先端からは神々しいほどに美しい女性が生えている。まるで船首像のように。


 その様子は、エンドリーパーの横にいる彫刻の少女とは別だ。

 彫刻の少女が、精巧な彫像がそのまま動いているような存在だとすれば、船首像の女性は生身のまま船首像にされてしまったかのような姿なのだ。


 ヘソから下のあたりは、完全に黄金に輝く木製の船首と同化してしまっているように見える。


 風が撫でれば溶けて消えてしまいそうなほど繊細な、細い細い金の髪。

 その背には黄金に輝く大きな翼がある。


 エンドリーパーがその女性に近づくと、長いまつげと共に伏せられていた瞼が開く。


「あ、おじ様だ~」


 理知的な光を宿す赤い瞳を、にへらと緩めて女性が笑う。


「やれやれ。呑気なものだな。ナウティ」


 苦笑するエンドリーパーとは裏腹に、ナウティと呼ばれた女性は、小さく口を尖らせた。


「ここから動けなくなってしまったので。のんきにのんびりする以外は暇なんです」

「だが、眠りにつくのはお前の意図と意識は無関係であろう?」

「あー……はい。そこはもう、私の意志とは関係ないです。はい」


 バツが悪そうにナウティがうつむく。


「実際のところ、現状お前の意識はどこまで影響を与えられ、影響を止められている?」

「んー……口で説明するのは難しい感覚ですね。ただ、ほんの僅かですが、力関係がちょっと逆転し始めているのは確かです」

「そうか……」


 申し訳なさそうなナウティに、エンドリーパーは気遣うようにうなずいた。


「現実世界では、何か問題が?」

「……ああ。当世の人間たちの言葉でダンジョン領域と呼称される範囲、分かるな?」

「はい。普段は暇すぎて、起きている時は現実世界ウォッチングしてるので。おじ様みたいに、推しと呼べる探索者を探しているところですが、なかなか居ませんねぇ」

「広がっているぞ。様々なダンジョンのそれが、少しずつ」

「……そこまで、私の影響力、落ちてます?」

「あるいは、強まっているのかもしれないな。お前ではないお前がそれを利用しているともいえる」

「あー……」


 エンドリーパーの言葉に心当たりがあったのだろう。ナウティは天井を仰いだ。


「それに、元々集団的無意識からくる大衆の願望の影響は大小あったダンジョンだが、最近は酷くなっているところが見受けられる」

「そこはまぁ、本来は探索中の探索者の無意識が影響を与える程度のままなんですよ。でも、探索しなくてもダンジョンへ大衆の願望を伝える手段が存在しちゃってますからねぇ……」

「……なるほど、ダンジョン配信か」

「はい」


 難しい顔をしてエンドリーパーは息を吐く。


「そもそも、ダンジョンを認識している人による意識の影響は元々あったんです。でもそれって探索者やそれに近しい人たちからのみだった。

 だから、影響というのはそう大きくはならなかったワケですが……」

「ダンジョン配信という手段によって、ダンジョンの詳細が本来届くはずのない層にまで届きだした故の弊害というワケだな」

「弊害であると確定させて良いかは微妙ですけどね。でも、ダンジョン配信によって大衆の無意識がダンジョンへ影響を与えやすくなっているのは事実ですよ」

「そこにお前の不調が重なり、現状が生まれているワケか……やはり早急になんとかした方が良い気がするな」

「そこまでですか?」

「自覚がないのか? ダンジョン領域の拡大速度が速い。遅かれ早かれ、現実世界全土がダンジョン領域化しかねん」

「それって何か問題が?」

「……本当にそう思って口にしているのか? お前自身の不調が原因か?」

「え? あー……うーん……これなんというか、確実に不調の影響な気がします」


 本気で凹みながら、ナウティは項垂れる。


「神がいなくなったこの世界に生まれた、最新の神がお前であり、そして――この世界そのもの管理権限を持っているのだ。もう少ししっかりするがいい」

「本当に、おじ様の言う通りですねぇ……」


 しみじみとうめくように口にしてから、大きくあくびをする。


「ふわぁぁ……また眠くなってきちゃいましたね……」

「やはり、覚醒の時間が短くなっているな。覚醒ができるうちに、対応した方が良いだろう」

「どのように?」

「考え中だ」


 真面目な声でそう告げるエンドリーパーに、ナウティはクスリと笑った。


「ではそんな考え中のおじ様に質問です」

「なんだ?」

「おじ様が推してる探索者について知りたいです」

「ん? ああ――涼ちゃんねるというチームだ。チームと言っても探索をしているのは、涼だけなのだが」

「なるほど。涼ちゃんねる……今度の覚醒の時、暇だったら覗いてみますね」

「ダンジョンを存分に楽しんでいる、よき探索者だ。お前も気に入るコトだろう」

「ふふ。楽しみ、です……すみません、もう寝ます、ね……」

「ああ。ゆっくり休むと良い」

「……おやすみ、なさい……」

「おやすみ。ナウティ」


 瞼を落とすナウティの頭を撫でて、寝息を立て始めた彼女を見てから背を向ける。

 

 それからゆっくりと、出口へ向けてエンドリーパーが歩き出す。

 すると、二人のやりとりを見守っていた彫刻の少女が、エンドリーパーを追いかけてきながら、旧き名前を呼んだ。


「……ハデス様」

「その名で呼ぶでない」


 歩みを止めず、首だけ彫刻の少女に向けてそう告げる。

 それから、首を戻してから続けた。


「神格はとうに失われ、権能もなくなり、姿形も役割も変わってしまった我はもはや冥府の者にあらず。

 最新にして唯一この時代に残る神を見守る父親代わりにして、終焉(しゅうえん)を刈り取る者。今の我はエンドリーパーだ。呼ぶのであれば、そう呼んでくれ」

「しかし……」


 横へと並び、言い淀む彫刻の少女へ、エンドリーパーは諭すように言った。


「お前とて、その姿形は本人を再現した彫像のようなもの。

 精神と記憶、神秘すら再現されていても、あくまでも再現体。この領域に染みついた記憶の幻影。影法師にすぎん。その自覚はあろう? それと同じよ」

「影法師の自覚は確かにあります。ありますが……それでも、私の自認は本人です。

 かつて存在した幻影という自覚もあり、それでも自分が自分であるという感覚があります」

「……なんとも残酷な存在だな」

「そうですね。貴方からみればそうかもしれません」

「ナウティはどうしてお前のような存在を作り出したのだ?」

「……作ったのは彼女ではありません。彼女を浸蝕するもう一人の彼女が、この地をダンジョンと定め、そこを守護する存在として作り出したんです。

 当世の人間たちの言葉で言えば、このダンジョンを守るボスモンスターのようなモノですね」

「……そうか。刈り取って欲しくなったら言ってくれ。お前の頼みであれば、私情抜きに仕事をしよう」

「その時がありましたら是非。ですが、私はボスモンスターですからね。

 可能ならば彼女を救うべく討ちに来た探索者と戦火を交え、打ち倒されるのを最期としたいところです」


 微笑む彫刻の少女に、エンドリーパーは仕方なさげに肩を竦める。


「武人というべきか、律儀というべきか……だが、その時がくるのであれば、我もまたこの地を守るボスモンスターとなるであろうな」


 そう口にするエンドリーパーは、その際に自分を倒すのが涼であってくれるのならば、幸福なことだろう――などと、思いながら、足を止める。


「では――我はダンジョンの巡回へ戻る」

「はい。またのお越しをお待ちしております」


 エンドリーパーは目には見えない扉へと手を伸ばす。

 扉が開き極彩が渦巻く不思議な空間が口を開けた。


「ナウティに問題が生じたらすぐに伝えてくれると助かる。では、失礼する」


 そうして、エンドリーパーは彫刻の少女に見送られながら、その扉へと身を躍らせるのだった。



【Idle Talk】

 養娘(むすめ)に、自分の推しをオススメ出来て内心ホクホクのエンドリーパーお養父(とう)さん。



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☆4サーヴァントのニオイ……() もとい。 何か裏側がチラリ、ですね。 ダンマスの方の戦神教みたいに外部干渉なのか、それとも真実ナウティの別側面が主導権を奪おうとしてるのか…… うーむ。
シリアスそうな会話なのに【Idle Talk】がほっこりしおるw ダンジョン領域の方向性に配信が絡んでるとは誰も思わないよなぁ…。
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