涼 と 香 と 次のネタ
配信した日の翌日。
大手ハンバーガーチェーンであるコスモバーガーの隅の席に、涼と香は座っていた。
香はポテトとコーラだけだが、涼は当たり前な顔でコスモチキンフィレオバーガーを頬張っている。
ちなみに涼のトレイの上には、今食べているバーガーのほか、ダブルチキンフィレオテリヤキバーガーに、スパイシーコスモチキンバーガー、チーズコスモチキンバーガーが各種二個づつと、コスモチキンナゲットがソース違いで三つほど。
ドリンクはコーラではなく、美麗壮健茶を頼んでいる。炭酸や甘いジュースはあまり得意ではないのだ。
周囲の人たちは涼のトレイの状態を見てザワザワしているが、本人はとくに気にせず食べている。
ついでに香は、涼の山盛り鶏肉メニューなど見慣れているので、気にせず自分のスマホをいじっていた。
「GreatubeのDチャンネル登録343。最大同時接続数は800弱。初回配信としては悪くない。むしろ良い」
Greatubeに作った涼ちゃんねるのアカウント情報を確認しながら、香が笑う。
初配信ともなれば、同接が二桁もあたりまえで、一桁どころか零の場合も十分にありえる。
それがこの結果なのだから、大成功の部類だ。
しかも閲覧者の三割近くにチャンネル登録してもらえたのは大きいだろう。
そうして喜んでいる香に涼が首を傾げる。
「Greatubeは分かるけどDチャンネルって? 通常のチャンネル登録と違うの?」
「ああ。Dチャンネルは、Greatube内のダンジョン関連専用のチャンネルだな。
意図しないエログロ映像がどうしても発生するから、通常の動画チャンネルとは別枠になってるんだよ」
「なるほど」
言われて、涼も納得する。
運悪く配信中にモンスターやトラップによって全裸にされてしまうこともあれば、最悪は殺されてしまうこともある。
確かにそれは意図しないことが多いだろう。
その辺りが表示される可能性と、表示されてしまった場合に負うだろう精神的ダメージなどに関して、自己責任であるという、通常の利用規約とは別にあるDチャンネル用規約に同意した人だけが利用できる。
「あとは、そうやって検索枠を分けておきたいっていう配信サイトの思惑もあるんだろうな。Greatubeに限らず、この手のサイトはどこも枠を分けてるし」
「なんで?」
「もっともありそうなのは――配信中の事故で死んだ探索者の断末魔を切り抜いたコレクション動画とか、結構アップするやつがいるからな。そういう奴らを隔離する為ってのもあるかもしれない」
「悪趣味」
涼はそう言いつつも、確かにそういう輩はいるだろう――とは思ってしまう。
「エロいハプニング集とかもよくある」
「内容はともかく一般枠にダンジョンに関する動画をあげた場合に即座に対応できるようにってコト?」
「そうじゃねぇの? 運営じゃないから、意図まではわからないけどな」
そううなずきながら、あるいは――と、香は続けた。
「案外、日本に限らず各国にあるダンジョン庁やギルドみたいな組織の為ってのもあるかもな」
「どういうコト?」
「ダンジョンを撮影した映像だ。ただのおふざけ動画の中に、新発見が混じってるかもしれない」
「あー……」
香の言葉に、涼はなんともいえない顔をしてうなずいた。
それを言われると、理解できるところもある。
確かに、ダンジョン庁やギルドが意識しそうなことだ。
だが――それらを踏まえた上で、涼の中にちょっとした疑問が生じる。
「……グロにエロに思惑に……となると、ダンジョン配信って十八禁にならないの?」
「ふつうに探索している分には死なない限りは平気だろ」
「まぁ、そう……かな?」
うなずきながらも、イマイチ納得のいっていない涼。
ただ、そういうものであるなら、そういうものだと受け入れようという感覚はある。
「ちなみに十八禁ダンジョン配信も一応存在してるぞ。Greatubeへの投稿はDチャンネルであっても禁止だけど」
「そうなの? っていうか十八禁ダンジョンって初耳なんだけど」
「エロエネミーダンジョンとか、エロトラップダンジョンとかは存在はしてるからな」
「……あまり聞かない名前――というかダンジョン区分?――だね」
なんだそのふざけた名前は――と思いつつ、涼が眉を顰めると、香もなんとも言えない笑みを浮かべる。
「そりゃあ通称だしな。正式名称があるらしいが知らん。そして、それらのダンジョンは基本的に未成年の耳は入らないように国やギルドも配慮してるみたいだ」
「そうなんだ」
どんなダンジョンなのかがイマイチ想像できず、うなずきながらも涼は内心で小首を傾げた。
ちなみにそれを知ってる香は何なんだ――とは問わない。
どちらかというと、この件に関しては自分の方が疎いのだろうなと、涼も自覚しているからだ。
多少ネットミームなどに造詣があれば理解できたのかもしれないが。
「まぁエロダンジョン系は単純にギルドが未成年を入れようとはしないってのもあるんだが……ダンジョンそのものが入場制限をしてたりするから、あっちはあっちで一筋縄ではいかないみたいだけどよ」
「ダンジョンそのものが入場制限ってどういうコト?」
「ん? トラップやギミックの一部として、男子禁制エリアとか女子禁制エリアとかあるらしいぜ。ほかにも身長いくつ以上しか通れない扉とか、バストサイズいくつ以下しか上れない階段とか」
「肉体状況がそのまま入場規制になるのか……それは確かに大変だ」
単純に探索するにしても、自分ではどうやっても解除できないギミックによって移動を制限されるとなると、どれだけ簡単なダンジョンであっても攻略不可能な状況が発生してしまう。
そしてそういうエリアがあるというだけで探索の難易度が跳ね上がると言える。
モンスターから逃げてる時など、飛び込もうとした部屋が制限付きで入れないとかだと目も当てられない。
「まぁエロ系ダンジョンは入場条件を満たしている探索者なら、中でミスっても死ぬコトは少ないようだけどな。呪いを付けられて追い出されるのがせいぜいだ」
「呪い?」
「何度も同じダンジョンに挑んで失敗したくなる呪い」
なんだそれは――と思いつつも、涼は香に訊ねた。
「解除方法は?」
「呪いの強度もピンキリだが、だいたいはふつうに解呪系のアイテムで解けるらしいぞ。まぁ呪い関係なく攻略失敗に依存しちまう奴もいるらしいな」
つまり、もうそのダンジョンがなくなるまでずっとクリアできないのに挑み続けるしかなくなるということだろう。
それは確かに恐ろしい呪いだ。
あちこちのダンジョンに潜ってモンスターや風景を撮影するのが好きな涼としては、恐ろしい以外の何者でもない。
「……ボク、エロ系ダンジョンに近づかないコトにする」
今の話を聞いてもイマイチどこがエロなのかは分からないが、近づいても良いことはなさそう――というのだけは分かった。
涼としてはその情報だけで十分である。
「そうしろ。まぁ、配信需要はあるだろうけどな」
「配信もしないよ」
「分かってるしさせる気もねぇよ」
香はそう苦笑する。
胸中では、やったらかなりPV稼げそうだ――とも思うが、おくびにも出さず、話題を変えるように涼へ訊ねた。
「ところで、次の配信はどうする?
個人的には寝顔をやったから、次は絶景とかの配信をしてもらいたいんだが」
「場所はどこがいい?」
「そうだなぁ……調布の『乱れ四季の杜』とか、それに類するような絵がいいな」
「そうなると……」
うーん――と、涼はうなる。
スニーキング状態を途切れさせることなく延々使い続けて進むような場所は却下だろう。
トークやコメントへの反応を少し盛り込む必要がある以上、完全沈黙必須の場所にある絶景は向かない。
そういう意味なら『乱れ四季の杜』は悪くはない。
ほかにアイデアがなければ、そこにしたいが、何となく別の場所がいいな――という感覚が涼の中にあった。
それから少し考えたところで、ふととあるダンジョンが脳裏によぎる。
「ねぇ香。絶景じゃないんだけど、ダンジョンならではの光景っていうんじゃダメかな?」
「たとえばどんな光景だ?」
「食べられる木」
「食べられる木?」
首を傾げる香に、涼は窓から見える駅前並木通りを示す。
「木」
「イマイチ分からん」
やっぱり首を傾げる香に、涼は少し考えてから、自分のスマホを取り出した。
「写真撮ってたかな……?」
モンスターの寝顔や、最高の絶景などは香に良く見せてたものの、道中のちょっとした一幕とかはあまり見せていなかった気がする。
「あったあった。これ。ブロッコツリーっていうらしい」
「珍しく自撮り写真だな……って、なんだこりゃ」
思わず香は吹き出した。
そこに写っている涼は、本当に緑色の木の幹にかじりつているのだ。
「一個前の写真に木の全景がある」
「……なんかすごいブロッコリー感あるな、これ……」
「実際、味もブロッコリー。美味しい蒸し野菜的な味だった。
マヨネーズを持って行けばよかった――って思ったよ」
「だが確かにこれは画面映えしそうだな」
ニヤリと、香は笑う。
どうやら提案はお気に召したらしい。
「この木――ブロッコツリーがあるのは難易度の高いエリアだから、配信で行くにはちょっとシンドいけど……他のエリアにも面白そうなのはいくつかあったよ。
特に道を外れた森の中にある湖は、わりと見栄えのするスポットかもしれない」
「悪くないな。これ、どこのダンジョンだ?」
「武蔵国府史跡」
ダンジョンの場所を聞かれた涼は素直に答えるも、香は思い切り首を傾げる。
「……どこだそれ?」
「通称、大國魂ダンジョン」
そして通称を口にすれば合点いったように手を打った。
「ああ! 府中駅の近くにあるあの大きい神社か」
「正確には、その神社の横にある史跡に発生したダンジョンだよ。
それに、大國魂ダンジョンは別にちゃんと存在するから、通称もいろいろと間違ってるんだけど」
そちらは神社の本殿近く――それこそ神社の関係者しか立ち入れない場所にダンジョンの入り口がある。
その為、神社が国に探索者派遣を依頼して、定期的にモンスター退治をすることで、はぐれの発生を防いでいるのだ。故に認知度はほとんどなく、秘匿されているダンジョンとも言える。
噂によれば旨みの強いダンジョンだから、そういう名目で国が独占しているという話だが、涼にとってはどうでもいい話だ。
「その辺の説明も、配信の時にしてくれると助かる」
「分かった」
「ここから府中までなら電車ですぐだし……ちょっと、下見に行きたいなっと」
「いいよ。すぐ食べ終わるから待ってて」
「おう」
そうして宣言通りあっという間にトレイの上のメニューを片づけると、二人は下見の為にダンジョンへと向かうのだった。
【Idle Talk】
涼ちん、敢えて伏せられていたエロダンジョンの本質に気づかず。
呪いとか、依存しちゃうとかで立ち上がってしまったみなさん、本作はそちらのダンジョン攻略どころか、ダンジョンそのものに出番はありませんのでご着席したのち、深呼吸をお願いします。かしこ。




