涼 と 香 と 逸般人
超人化適性なさそうだし、ダンジョン探索は未経験っぽいけど、明らかに動きが良すぎる人をどうするか。
なんとも言えない空気が流れる中で、即座に正気に戻ったのはグレイだ。
「っていうか、みんな難しく考えすぎじゃないです?」
「そうですか?」
「超人化してようがしてまいが、探索者としての腕前だけ見ればいいんだから」
「あ」
:言われてみればそれはそう
:確かにそうかも
「それでいくと、この4番さん逮捕でいいかな」
:涼ちゃん反応はやい笑
:即断したw
:草草
「そうなんですか?」
「見てくださいよ、津田さん」
涼が、該当の人物を指差す。
「この人、超人化適性は恐らくないです。ただ、動きがあまりにも馴れすぎてるんですよ」
「あのー……根本的なところで超人化の適性有無ってどこでわかるんですか?」
:確かに
:涼ちんどこ見てるんだろ
:っていうかこの人めっちゃ美人の予感
「あー……それ説明する前に、もしかしたら超人化ってなんぞやって人がいるかもなので軽く説明した方がいいかもですよね?」
「そうですね。今回の企画は初心者啓蒙の意味もあるので、是非」
:もはや形骸化したお題目だけどな
:シッ!津田マテだって気づいてるんだから言っちゃダメ
:見て見ぬフリするのも大人だぞ
「うるさいよコメント欄! ともあれ涼ちゃんよろしく」
きゃー怒られたー! とふざけるコメント欄を横目に涼は口を開く。
「ダンジョン適性を保有している人は、ダンジョンを中心としたダンジョンの影響を受ける範囲――ダンジョン領域と呼ばれる範囲内において、超人化します。
超人化した人は、マンガやゲームのような動きや必殺技、魔法が使えるようになるわけですね。
裏を返すと、ダンジョン領域外の場合は超人化しないのでただの人です」
それを踏まえた上で――と一息入れてから、涼は津田の質問に答えた。
「超人化してる人って、超人化の恩恵に振り回されているような動きをするんですよ。
なんていうのかな超人的な動き――一番近いのは、それこそ格闘ゲームを思わせるアクションゲーム的な動きかな?――それができてしまっているから、細かいコトを気にしてない動きが多いんです」
「細かいコトっていうのは?」
「そうですねぇ……」
涼は少し悩んで、ふと少し前の格闘技有段者のことを思い出した。
「えっと、さっき参加者さんにもいましたけど――格闘技とかスポーツとかやってそうな人がそうなんですけど――訓練された動きみたいなのが、スマートに出来てるんですよね。
そういう人は超人化しても、恩恵によって繰り出すスキルに、元々の鍛錬成果が乗るんです。なので、ただ恩恵任せに動く人よりもかなりスマートな動きとなります。
それが格闘技的には大道芸に見える、格闘ゲームの対空アッパーのような動きのスキルでも、格闘技やそれに近い動きのスポーツ等の経験者と、そうじゃない人の動きだと、キレがまったく違います」
:あ、ちょっとわかるかも
:剣道やってるやつの剣術スキルとかキレちがうもんな
「それと、鳴鐘さんのように超人化の恩恵に甘えずひたすらスキルを磨いていると、身体がそれを覚えます。そうするとダンジョンの外でも超人化の中で身体が覚えた動きをできたりするんですよね。
そういう人は、経験者同様にスマートの動きが可能となってます」
「でた。涼ちゃんのさらっとすごネタシリーズ☆」
:月宮うっきうっきな顔してるなw
「こういう場でもそういう話しちゃうのかー……興味湧いてモニタに集中できないんだけど」
:グレニキの言う通りやw
「そんなコト言われても困るんですが……ともあれ、それらを踏まえて4番さんを見てみてください」
:うーん
:わからんw
「この物陰に隠れる時のカバーの仕方。ダンジョン探索ではなく、潜入任務とかしてる軍人や傭兵、警察……もしかしたら本物の暗殺者の可能性も否定できません」
:暗殺ッ!?
:ちょすごい人では!?
:美人そうな凄腕……!
「冗談ですよね?」
さすがにちょっと津田が顔を引きつらせているので、涼は少し申し訳なさそうに苦笑した。
「暗殺は冗談ですけどボディーガードやシークレットサービスなどが本業の可能性はあります。
特に対人戦も馴れてる感じが余計にそう思いますね。ジェルラビやビッグスラッグには戸惑いがありますけど、ゴブリンに対してはそれがないですし」
「聞いてると涼ちゃんの見てるところがすごすぎる……」
「なんや探索の初心者がどうこうとか言ってられへんレベルの話しとらんです?」
:それなー
:ハイレベルすぎる
「それで、そういう技術を探索に応用して、問題ないレベルの運用ができている以上は、初心者すぎる扱いはどうかなーっと。
攻撃方法は素手の格闘技がベースながら、ビッグスラッグ相手の時はナイフを使って攻撃したりして、状況や相手にあわせた攻撃手段の選択もできてますしね」
:それはそう
:ダンジョン探索以外で基礎ができすぎてるのか
「納得の理由だねー☆ それじゃあ、この人の対戦相手の12番さんは……」
そう言ってサラサが対戦相手を見たタイミングで、その12番は曲がり角から無警戒に飛び出して、出会い頭に足下にいたジェルラビに躓いた。
:あちゃー
:ドジっ子かな?
「月宮も配信内外でよくちっちゃいモンスターでつまづくけどねー☆」
:月宮はもっと警戒もってもろうて
:12番さん転んで立ち上がる前に体当たり喰らってこかされてる…
:超人Lv1であっても超人化してるならそんな威力はないんだけど
:わたわたしてるなー
:配信中転んでわたわたしてるサラサちゃん可愛いけど毎度心臓に悪い
:切り抜きでバズった猛毒イモムシ踏んづけて転んだやつは第三者的に大草原なんだけどファン心理的には何度見ても心臓ぎゅっとする
「マジで月光のみんなには何度も謝ってる気がするけど、ほんとあの時は心配おかけして申し訳ねぇ……」
「まぁ猛毒イモムシはさすがに恐いですけど、ジェルラビやビッグスラッグくらいなら転んだところでどうにでもなるんですけどね」
「モンスターに戸惑ってドタバタしちゃうのは初心者あるあるですしね。そういう意味ではこの人は純粋に初心者さんだと思います」
グレイと涼の見解は一致している。
「言うてこの人、立ち上がるの遅すぎて起き攻めループみたいになっとりますけど。あれって抜けだせへんです?」
「いやー……ふつうに転ぶの耐えられるくね? 超人化できてれば、それこそゲームでいうLv1でも踏ん張れば転ばずにすむ気がするかなーって、月宮的には思うんだけど」
「月宮さんの言う通りなんですが、とはいえあの人テンパってますからねぇ。それにリアルではレバーやボタンをガチャガチャしようがないから、リバサでぶっ放しが漏れたりとかはないので」
「あの人の場合、転んじゃった時点でそれどころじゃなさそうですけど。色んなボタンをガチャガチャするんじゃなくて意味の無いボタン連打しちゃうタイプなんでしょうね」
:ゲームと違ってガチャガチャやってたら偶然起死回生みたいのないからなぁ
:ジェルラビだから大事になってないだけだよなアレ
:あれが狼とかワニみたいなモンスターだったらと思うと危ないよな
「あ、ドタバタ振り回した拳がクリーンヒットしましたね。ジェルラビが飛んでいきました。倒せてはいないようですけど、立て直すなら今ですね」
「何が起きたか分からん顔して呆然としるように見えるんやけど、大丈夫なヤツですあれ?」
「ここで手早く立て直して欲しいところではありますよね。ついでにそのまま転んでるジェルラビを倒すところまで行ければ、初心者すぎる卒業の目があってもいい気はしますけど」
:座ったままジェルラビ探しちゃってるな
:そこはせめて立ってもろて
:ジェルラビと12番さんのどっちが速く立て直せるかレースになっちゃったかー
「えー……一方で、卒業が決まっている4番さんはボス部屋にいっぱい湧いているジェルラビを鷲掴みにして、カタツムリ型のボス――これは鉄家ツムリですかね――へ向けて投げつけて牽制に使ってますね」
:そんな戦い方あり?wwww
:ボスのお供のジェルラビがもはや逃げ惑ってるじゃねーか草草
:ジェルラビを生かさず殺さず弾丸扱いは笑う
「鉄家ツムリは名前の通り、背負った殻が鉄みたいに固い金属で家っぽい形をしている大きいカタツムリですね。比較的低ランクのダンジョンだと、宝物庫を守ってたり、ボス部屋にいたりするので遭遇率の高いヤツです。
背負った殻からの窓みたいな所が開いて石つぶてを飛ばして攻撃してきます。これが当たると結構痛いです。
まぁカタツムリなので動きは鈍いし、剣や斧、槍なんかの刃物があれば近づいて本体ザクザク斬れば、比較的あっさり倒せるんですが……」
:涼ちゃんの解説助かる
:初心者向けダンジョン定番の強敵エネミーってイメージあるな確かに
:鉄家ツムリのエスカルゴって美味しいのかな?
「ただ、本体の軟体的なボディは打撃への耐性が高めで、拳やハンマーとかの打撃だとなかなか面倒な相手なんですよね。殻そのものは見た目通りに硬いですし。
氷系の攻撃が使えるなら、ボディを凍らせて砕くという手段も取れますが、耐性が高いのか、氷付けにしてもわりとすぐに抜け出してくるので、凍らせたあと手早く衝撃を与えて破砕する必要があるので、難易度が少し上がります」
:ん?超人適性のない彼女には厳しくないか?
:確かに
:どうするんだ?
「というかこの人、ジェルラビ投げつけながらめっちゃカタツムリ観察してへんです?」
「してますね。もうこの時点で卒業ムーブなんですよ」
「初対面のモンスターに対して、自分の手持ちの手段で牽制しつつ、相手を観察し、相手の動きや、通用する手札を探すべく色々と試しているように見えますから――初心者どころか中級者以上の動きだと言えますよね」
:殻から発射される石つぶても的確にかわしてるしな
:弾道見切って最小限の動きで避けてるっぽいのも玄人っぽい
「この人なら近づいてナイフで攻撃とかで行けそうなんですが、超人化してないコトへの不安みたいなのがあるんでしょうか?」
涼が解説しながら首を傾げていると、4番の女性は信じられない行動にでた。
鉄家ツムリの殻から発射された握りこぶしよりやや小ぶりの石をキャッチしたのだ。
:嘘やろ!?
:マジか!?
:すごすぎる!!
「香みたいなコトしはじめましたね……」
:カオルくんもできるんだ!?
:むしろできることに納得しかない
二つほどキャッチしたところで、4番は全力で投げ返す。
軟体ボディで散らし切れないほどの威力だったのか、石がボディにめり込んでいく。
鉄家ツムリが痛そうに身体をよじったところで、4番はナイフを投げる。
それを追いかけるように走り出し、左の拳をしっかりと握って振りかぶった。
ナイフが鉄家ツムリのボディに突き刺さる。
刺さったナイフの柄尻に向かって、振りかぶった拳を叩き付け、押し込む。
「――ー-!!」
発声器官を持たないながら、明らかに悲鳴をあげているような動きをする鉄家ツムリ。
すかさず刺さったナイフを左手で逆手に掴むと、強引に左へ滑らせ、ボディを引き裂きながら、抜き出した。
それで決着だ。
ちょうど同じタイミング。
対戦相手である12番が立て直すのに成功し、ようやく武器である小型のハンマーを取り出したのだが、手を滑らせすっぽ抜けた。
そうして12番の手から離れたハンマーはジェルラビに直撃し、撃破を成功したところだった。
「えー……4番さんは卒業です。貴女は初心者を名乗るには動けすぎます。そしてそれにより、12番さんはゴールに辿り着かずとも勝ち上がりが決定しました。どちらもおめでとうございます!」
【Idle Talk】
香は途中で4番の正体に気づいた模様。
もしかして、姉妹共演してたりするのか? と謎の不安を感じてしまったようだ。




