涼 と すぎる と ダッシュマン
「自分で指摘しておいて言うんもあれなんですけど、この人が鳴鐘さんやなかった場合はどうなんです?」
ディグの素朴な疑問に対して、探索者の三人が即答する。
「逮捕ですね」
「逮☆捕」
「逮捕一択」
:草
:笑
:草草
:それはそう
「誰も擁護しないんですね」
三人の解答に津田が思わず苦笑した。
「いやだって、擁護しようがないじゃないですか」
津田に対して涼がそう言うと、サラサとグレイもうなずいている。
「その……逮捕の理由みたいんあれば、格ゲーに例えて教えてもらえへん?」
:むちゃくちゃ言い出したぞ
:まぁ格ゲー勢だしな
「ふっふっふ。ならば格ゲーにおいてはディグ師匠の弟子であるこの不詳月宮がお答えしてしんぜよう☆」
「じゃあ自分らは解説を月宮さんに任せてモニタ見てますか」
「そうですね」
「グレイさん! 涼ちゃん! 二人とも興味もって! 月宮にもっと興味をもって!!」
:探索者には月宮サラサの可愛いが通じない
:とりあえずサラサちゃんにはとっとと解説してもろて
:月宮は騒いでないで解説はよ
:それが推しに反応されないときのオレらの心理だぞ月宮
「よっしゃー! 今コメントした月光どもの名前は覚えたかんなー☆ チャンネルでの配信の時覚えてろー☆」
:サラサちゃんに覚えられてうらやま
:月宮~!オレの名前も覚えてくれ~!
「それで弟子。はやく解説してくれへん?」
「ししょーが急に尊大になった!?」
:いつもの
:月ディグ配信的にはおなじみの
:ディグにゃん月宮にはいつも尊大じゃん
「まぁとりあえず、ししょーに教えて貰ってるストリートフィスト6に例えると」
「ほうほう」
「投げキャラのザンチョフ選んで、開幕の前歩きから立ち一回転投げをしてた」
「またまたぁ~! ワンボタンで必殺技出せるネオジェネスタイルの話でしょう?」
「ところがぎっちょんコマンド式のテクニカルスタイルを選んでるだよ☆この人!」
:それは完全に上級者で草
:探索も格ゲーも詳しくなくてもダメな気がするなそれww
:格ゲー勢にわかりやすすぎて助かる笑
:格ゲー知らんから逆にわかりづらいww
そんな二人のやりとりに、モニタへ視線を向けたままグレイが補足を口にする。
「付け加えるなら、あの人。キーディスプレイで見たら、無駄な入力一切なしの、プロでも驚く正確無比な立ち一回転入力をやってるの! なのに仮面の下では『なんか開幕からガチャガチャ操作してたらすごい技でちゃいました。オレ、なんかしちゃいました?』みたいな顔してるよ絶対☆」
:してそう
:してるようにしかみえない
:鳴鐘ならしてる
:そう言われるとあの初心者装った顔がうぜぇ笑
:身内としてもそれは絶対してると断言できる
:シカテイの身内も見てるのかよww
「開幕最初の居合いそのものがそのくらいの難易度の技なのに、初心者装った動きで繰り出してるの小賢しいですよね」
「涼ちゃん辛辣すぎません?」
「最近、自分の中で鳴鐘さんが、モカPや香と同じ枠に入り始めてまして」
:津田が若干引き気味で笑う
:涼ちゃん身内の男に辛辣なタイプか
:懐に入ると辛辣にされるとか懐に入りたい
:あの低音向けて貰えるとか羨ましい
「っていうかスキル無しで使う技じゃないんですよ居合いって。使えるだけで元々居合いやってるか、ダンジョンで居合いスキル使い込んでる人って証拠です」
「なんであれ20番さんは逮捕というコトで。対戦相手の31番さんは……」
そこで津田は言葉を切る。
「初心者……ではないよなぁ」
:これさぁ
:うーむ…
「涼さん様」
「ディグさん、そんな目を向けないでくださいよ……っていうかボクの配信知ってるんですね」
「お仕事ご一緒するいうコトで、オファー受けてから今日までの空いた時間に可能な限り拝聴させてもろたんですよー」
「それはありがとうございます」
「涼ちゃーん☆ この31番さんなんだけど」
「月宮さんまで……」
:いやぁ
:だってねぇ
「涼ちゃん……この人って涼ちゃんねる関係者なの?」
「グレイさんまでもが……関係者ではないです。配信で関わったコトはありますけど」
:どう考えてもアレの片割れ
:あー!あの片割れ
「逮捕します?」
津田の問いに、涼はうなずいた。
「してください。分類するなら、彼は初心者というより初級者です。自己育成ミスってたせいで、師匠筋の人に初心者講習からのやりなおしを命じられた人なので」
:うちの教え子がすまんね
:四国の保護者さんは気にしないでええんやで
:いるんか保護者笑
:いつぞや涼ちゃんねるに乱入して泣かされた二人組の片割れか
:乱入して泣かされた?
:配信に乱入しイキろうとして実力足りなくてモンスターにビビり散らかしてた
:あー
「人狼っちゃ人狼かー……まぁすぎるやあらへんのは確かやしなぁ……」
そんなワケで31番こと斧使いの刈屋も逮捕による追放確定である。
「あの津田さん」
「なんです、グレイさん?」
「人狼多すぎません?」
「一般公募から抽選したのはスタッフなんでぼくも内容知らないんですよ」
口には出さないが、津田も同じことを思っているようだ。
「あははははは☆ 16番の人すごい! ひたすら走ってるんだけど!!」
:急に月宮が草生え散らかしてるんだけど
:ついに月宮もやつに気づいたかw
:月宮どうした?
:ずっと見てたけどこいつすごいwww
:16番ってどのモニタだ
「あ、ごめん。二番モニタ~」
そうして、全員がそこに注目すると――
「これはすごい」
さすがの涼も、思わず笑いながらそう口にしてしまうような男が映っていた。
:ほんとに走ってる?
:常時Bボタン押しっぱ勢の方で???
16番は走っている。
モンスターとは戦わず横を通り過ぎ、宝箱をハードルの要領で飛び越え、目に見えてるトラップは躱し、避けて、うっかり踏み抜いたなら罠が発動する前に駆け抜ける。
:なんだこのダッシュマン。。。
:なにこの、なに??????
:フォーム無駄にきれいだ・・・
:無駄に洗練された無駄のない無駄……とも言い切れないダッシュ
なにはなくとも走り続けている。
とにもかくにも走り続けている。
:???????
:はしるはしるって歌が聞こえてきそう
:まさにランナーだけどさぁ
そして、そのままゴール前の広場でクマ型のボスが立ち塞がり――そのボスを前にしても歩みは止めず、巧みフェイントですり抜けていくと、倒すことなく背後の扉を開き、部屋にあるゴール用宝箱へと飛びついて、それを開いた。
無事にフィニッシュである。
:なぁにこれぇ
:あるいみすごいけど
「ディグ。これ、どうすればいいと思う?」
「おれに聞かれても困るねんけど、いやホンマこれどないすんの??」
:みんな判断に困ってるw
:そりゃ困るだろ草
:逮捕する?
:いや逮捕する理由がないだろ
:でもこれゲームならRTA走者のムーブだぞこれ
:分かっててやってんのか素でやってんのか判断困るな
:知らずにやってるならただのアホなんだけど
:知っててやってたらバチクソ玄人なんだよなぁ
「なんにせよひたすらに走ってるだけなんだよねー☆」
「そうなんですよね。判断材料がなさすぎて」
「よっしゃ。保留しよ保留」
「まぁディグの言う通りかな。逮捕するのも見逃すのもどっちも不正解な気がするし」
:ジャッジを泣き寝入りさせるの強い
:ルールのバグだろこれwww
:これで人狼だったら強者すぎるな
:でもすぎるだったとしても面白くない?笑
「あ、プロフィール見よプロフィール」
唐突に思い出したサラサは16番のプロフィールを手元の資料から探し出して読み上げた。
「えーっと、探索歴はナシ。配信歴とかもナシ。学生時代は陸上部。『探索初心者なので自分は走ります。知識も能力もないので自分にできるのは走るコトだけです。なのでただ走ります。走り続けます。よろしくお願いします』……だって☆」
「ストイックすぎる……」
「いや涼ちゃんツッコミ違くね?」
:ストイック・・・かなぁ
:ほんとうに走り続けていらっしゃるけれども
:どうすんのさこれ
「とりあえず16番さんの対戦相手の――5番さんはっと……えーっと……」
モニタを見ると、ふつうだった。
おっかなびっくり先に進み、モンスターが出たらわたわたと武器を構えて、ドタバタと倒す。
一息ついたら動き出して、うっかり罠にかかったり凹んだり。宝箱を見つけて喜んだり。些細なことで一喜一憂しながら、疑似ダンジョンを進んでいる。
ただ、できているようでできていない動きばかりだ。
何となくそういう動きをすればいい――みたいなとこは、配信やら何やらで見て何となく覚えていて、だからどうしてそれをやるのか分からないけど、とりあえずやっている感じの動きをしている。
それもあってか、動作の一つ一つがびっくりどっきりだ。
「ふつうだ!?」
「いかにも馴れてない感じ!」
「こちらの人は完全に初心者すぎる勢ですね」
:なんだただのすぎるか
:こういう人みると落ち着くよな
:こういう人がメインの大会の予定だったんだよな
:もはや人狼か面白系じゃないとダメなコメント欄になってる・・・
「ルール上、逮捕が発生しなかった場合は先にゴールした方が勝ちになりますが、どうしましょう?」
「ダッシュマンを逮捕できる根拠を我々が提示できない以上は、通常ルールの勝敗で判定するしかないでしょうね」
こうして、ダッシュマンこと16番の勝ち上がりが確定した。
パネラーたちにしろ、リスナーたちにしろ、どこか釈然とはしないものはあったものの、逮捕する理由がないのだから仕方がない。
そしてあまりにも濃すぎる枠が二つあった為に、注目されてなかった第一モニタの11番vs24番は、11番が。
同じく第三モニタの18番vs27番は27番が。
それぞれ、こっそりと次の試合へ駒を進めるのだった。
続くDブロック。
これまで同様に、津田の合図でスタートし、みんながしばらく様子を見たあと――涼がなんとも言えない顔をしながら、自分の見ている四番モニタを指差した。
「あの、皆さん……確認したいんですけど」
「なに?」
「……超人化適性なさそうだし、ダンジョン探索は未経験っぽいけど、明らかに動きが良すぎる人ってどうすればいいです?」
涼の質問に、他の面々は何を言ってるんだ――という顔をする。
それから、ややしてサラサは心当たりに思い至って、両手を合わせた。
「もしかして、涼ちゃんのところのカオル君みたいな人のコト?」
「そうですそうです。女の人っぽいので香じゃないと思いますけど、似たようなコトできてる人ですね」
涼に肯定すると、全員あの人と同類かぁ……という表情を浮かべる。
サラサと津田はそもそも涼ちゃんねるの視聴者だ。
ディグは今回の案件で一緒に仕事をすると知り、事前に涼ちゃんねるを見てきている。
グレイは涼ちゃんねるこそ見てはいないものの、イレギュラー案件としてマザーグースとそれに連なる一連のアーカイブは探索者として確認していた。
その為、全員が超人化してないのに催眠メダマ付きゴブリンを倒し、マザーグースにダメージを通した逸般人の姿を知っていたのだ。
知っていたからこそ、悩む。
その人の分類、どうする……? と。
【Idle Talk】
ある日の一幕――
香
『あちこちで逸般人扱いされるの心外なんですよねー』
シロナ
『あちこちで逸般人扱いされてる人外が何か言ってますね』
香
『でもガチの殺し屋とか対人戦闘のプロとかなら同じようなコトできると思いますよ?』
シロナ
『だとしたら、世の中って意外とはぐれの脅威は少ないのかもしれませんね……』




