涼 と 初心者 と 初心者すぎる
「――Aブロックの試合が全部終わったワケですが」
:すでにみんな疲れてるwww
:見てるだけのこっちも大変だもの
「津田さんこれ、リプレイとか見れます?」
「あ、どうなんだろ。スタッフさん、どうです?」
カメラの外にいるスタッフへと津田が訊ねる。
しばらくして、津田は一つうなずいて涼へと向き直った。
「できるみたいですよ。あまり尺はとれないみたいですけど」
「全員分は無理でも、各々が見てて思った――ちょっと他の人にも確認して欲しい……みたいなところはリプレイで確認できそうですね」
「それ助かる~☆」
尺がないのでとりあえず一人だけ――ということで、今回はサラサの見て欲しい人が採用された。
「この、7番さんなんだけどね。棒を使って丁寧に進んでるんだよ~」
そうして再生された二番モニタのリプレイを見て、全員が難しい顔をする。
最初にもみんなが気にしていた探索者だ。
「うわ、これ。この人のコトを怪しくみれば、確かに初心者っぽくないですけど」
10フィート棒で地面を擦りつつ、周囲を見回しながら進んでいる。
その動きは確かに初心者っぽさがない。かと思えば、途中で宝箱を見つけると無警戒に飛びついたりしている危なっかしさもある。
「月宮ちゃんには悪いんやけど、素人の自分的にはまだこの子は保留でええかな思うよ。その辺、グレイや涼ちゃんはどうなん?」
「自分もディグに同意かな。まだ一回戦目だし様子見もアリかなって。涼ちゃんはどう?」
「モンスター相手に、襲われてから剣を抜く感じとかは確かに素人っぽいんですよねぇ……ボクも二人と同じで保留でいいかな、と」
「おっけー! 聞いてはみたけどみんな保留なら、この女の子はいったん保留しよ☆」
というワケで、一回戦Aブロックは、蝶々のバレッタをした14番だけが現行犯(?)逮捕となり、それ以外の試合は純粋な攻略速度によって勝ち上がりが決まった。
「Bブロックの準備も出来たようなので、そろそろスタートしたいんですが、よろしいですか?」
津田の問いかけに、四人がOKを示す。
「それでは一回戦Bブロック。スタートお願いします」
先ほど同様に信号が青となり、Bブロックの参加者たちが一斉に動き出す。
「お? 今回は人狼いなさげかな?」
「どうだろうなぁ……擬態してる可能性は十分あるからね」
ディグとグレイのやりとりの通り、さっきと異なり明らかに素人でないと分かる人はいなさそうだ。
:ある意味ここから本番か
:このブロックが全員人狼だったら笑う
:演技っぽくないぎこちなさだしなぁ大丈夫だろ
「お、今の良い動きでしたね。32番さん。
全体的に初心者って感じの動きなんですけど、モンスターとの戦闘センスはあると思います」
:涼ちゃんが褒めてる!
:確かに32番は戦闘うまいな
:間合いの取り方というかそういうのな
:探索未経験だけど格闘家とかかもしれない
「……と褒めたそばからトラップに引っかかって盛大に転びましたね……」
「対戦相手の23番は……あー、完全にビビっとりますよね。これ。
こう――格ゲーで何して良いかわかんなくてずっとバックジャンプだけしちゃってるとか、なんやそんな感じと似とるようですけど」
「それはありますね。モンスターから逃げてるとかじゃなくて、本当に恐くて歩みが遅い感じです。風とかで転がる石の音にびっくりしちゃってたりとか」
:まさに初心者すぎる人じゃないかそれ!
:いたのか天然の初心者すぎる!!
:仮面越しにも分かる可愛い女の子の気配!
:ジェルラビにもビビっちゃうのか
「このカードはどっちも初心者ってコトでいいと思いますよ」
「自分もそれでええと思いますわ~」
涼とディグは四番モニタの対決をそう判断した。
ここの戦いだけでなく、全体的にBブロックの戦いは同じような空気だ。
「ねぇねぇ、涼ちゃん。この人どう思う?」
「どれです?」
「一番モニタの2番さん」
サラサに声を掛けられて、涼が示されたモニタに視線を移す。
一見すると、初心者のようにも見えるが、歩き方や周囲の警戒の仕方がしっかりしている。
ただ中級者以上の動きというよりも、教えてもらったのを試したり、必死に行ったりと、そういう感じのようだ。
とはいえ、他の初心者と異なり見ていて不安感は少ないのは評価ポイントかもしれない。
「モンスターとの戦闘は初心者すぎる感ありますけど、それ以外はどこか安定感ある初心者的な感じですね」
「そうなの。なんていうか、ちょっと勉強してきてる感じあるよねぇ」
:二人とも良く分かるなぁ
:でも探索者視点で見ると二人の言うこともわかる
「月宮さん、プロフィール見てみたらどうです?」
「あ。それそれ。見よ見よ☆」
:2番氏はっと…
:あー
:そういうことかー
「応募期間中は条件を満たしてたから応募したけど、採用されると思ってなかったから選考期間中にギルドの講習受けた人なんだね~。
プロフィールからも感じる真面目で正直な人っぽいさ、いいよね☆」
「でも、ギルドで受けた初心者講習をしっかり血肉にしてる動きはしてますよね」
「だね。これは、名誉の逮捕でいいかな?」
「いいと思います。初心者すぎる人ではなくて、勉強してる初心者なので」
「そんなワケで、2番さんは現行犯逮捕。そして、初心者すぎる卒業おめでとうございまーっす!」
:おお!真っ当な逮捕者が出た!
:卒業おめでとうございます
:2番氏おめとう!
:真っ当な逮捕者というパワーワード草
「ところで、対戦相手の人は?」
「判断保留中☆ 25番さんはとりあえず勝ち上がりでいいかなって」
「なるほど」
少しだけ見てみると確かに初心者っぽいけど、何か気になる感じのする人だ。保留するのも分かる。
「グレイさんグレイさん、三番モニタの13番さん。かなり独特のセンス発揮してません」
「してるんですよ。槍でモンスターごと地面をなぎ払いながら進んでるんです、さっきから」
津田の言葉をグレイが何とも言えない笑みを浮かべながらうなずいた。
:ほんとだww
:草草
:これが俺の攻略法だ文句あるか!って勢い好き
:でもそれ以外の動きは全て初心者感あるなー
:槍を天井や曲がり角の壁とかにぶつけまくってるの初心者あるあるだしなw
:宝箱すら槍で撫でて蹴散らしてるwww
:あらゆるモノを槍ウィンカーで蹴散らす気まんまんすぎて草
「10フィート棒を使うような動きで槍使ってるだけでも面白いんですけど、モンスターがジェルラビとか大ナメクジとかなせいで、地面なぎ払ってるだけで意外となんとかなっちゃうんですよね」
「一回戦はともかく、二回戦からはコウモリとか増やしましょうかこれ」
「それあったほうがいいかもですね」
津田の提案に、グレイはうなずいた。
少しずつダンジョンの難易度を上げていった方が面白い映像になりそうだ。
「あ、今ちらっと見たコメントで、卒業じゃないの? ってありましたがこの槍フィート棒の人は保留ですね。攻略法は独特で面白いですけど、それ以外は完全に素人っぽいので」
「対する30番さんは……ビッグスラッグに悲鳴あげまくってますね」
:これガチでナメクジ嫌いな人の悲鳴
:嫌いなモノが巨大なのってシンドいだろうなー
「あ……囲まれて泣いちゃってリタイア宣言ですね。あれって、誰か助けにいくんですか?」
「もちろんです。現場スタッフの中に現役の人もいるんで、すぐにレスキューしにいくようになってます。まぁシミュレーターなのでシステムを止めればいいんですけど、システム自体は他の競技者と共用しちゃってるんで、途中リタイヤは救助する方向にしました」
:その辺りはちゃんとしてるのか
:可哀想というかなんというか
:ビッグスラッグに泣いちゃうと上位種のヴァイオレットミュカスとか失神しちゃいそう
:デカくて紫色でナメクジにしては凶悪なビジュアルのアレな
:近くにいる獲物に粘液浴びせて身動き奪ってから取り込んで眷属化しちゃうの恐いよな
:あれはナメクジ嫌いでなくても恐い
:ふつうにホラー映画テイストなんよアイツ
:悪魔化したナメクジというか異形化したナメクジというか
:基本的に探索者を取り込もうとはしないところは安心材料
:バイオテクノロジー暴走系ホラーゲームのボスに出てきそうなんだよな
:一度は自分がナメクジ化するの想像して恐くなるやつ
:何気にV系探索者の二次創作で出番が多いやつ
:子ナメクジ責め、粘液責め、丸呑み、取り込み、異形化、悪堕ちと色々使い道あるしな
:なんと実物は触手も完備しております
:しなやかで柔らかいけど芯があるシンプルに極太ムチとして強すぎるアレな
:触手でなぎ払うとかいう広範囲高威力攻撃やめろ案件
ナメクジの話題で盛り上がるコメント欄をよそに、Bブロックの試合は全てがつつがなく終了した。
「Aブロックと比べると平和でしたね」
「でも次のCブロックが平和とは限らない☆」
「まぁそうやねんけどな」
「身も蓋もないコト言う」
:人狼がいないだけでこんなに平和なのか
:やっぱもう一人ぐらいバレバレの人狼欲しいな
「Bブロックのリプレイはどうします?」
津田の問いに、四人は顔を見合わせる。
「大丈夫、かなぁ」
「ですね」
そんなワケで、Bブロックのリプレイ会は飛ばして、Cブロックの準備に入ることとなった。
さすがに現場スタッフも馴れてきたのか、先の二回よりもスムーズに準備完了した模様。
「では一回戦Cブロック。スタートさせてください」
前二回と同様に、信号が赤から青に変わって、初心者すぎる探索者たちが動き出す。
「……アカン」
直後、ディグが両手で顔を押さえながら天を仰ぎ呻いた。
「おれの見間違いやなかったら、これ……涼ちゃんが鶏肉賄賂もろても覆せへん逮捕者がでる」
「え? どれですか?」
:涼ちゃんが鶏肉貰っても覆せない逮捕者??
:マ?
:どれだ?
「四番モニタ。20番」
言われるがままに四番モニタを見ると、日本刀を携えたポニーテールの人物が映っている。一見すると特に変わった様子は無さそうだが――
「あ!」
――何かに気づいた涼が声を上げた。
「そりゃあ鶏肉貰っても覆せませんよこれ! 賄賂もらったところで誤魔化しようないですもん! 誤魔化しようがないというか……隠しきれない隠し味が酷すぎる!」
:賄賂もらっても誤魔化せない?
:隠しきれない隠し味笑う
「綺麗なポニテだねー☆ 美人の気配するけど男の人っぽい? ん? 待って。待ってね☆ 美人なポニテ男子……?」
「……男で、ポニテで、日本刀……いやいやいやいや」
涼だけでなく、サラサとグレイも頭を抱えだした。
ビジュアル的な条件を満たす有名人が強すぎる。
「この20番……」
そして、スキル宣言することなく、自前の居合い抜きでビッグスラッグを斬り伏せた瞬間、パネラー四人に、津田……それだけでなくコメント欄すら、心が一つになった。
――鳴鐘ェェェェェェェェッ!!
――お前正体隠せてないからなァァァッ!!
【Idle Talk】
守は絶対途中でバレる自覚はあったものの、まさかほぼ開幕でバレるとは思ってなかった。なので、攻撃には初心者風居合抜きとかやってみせている。
あくまで初心者風なだけで見る者が見ればツッコミどころしかない。




