涼 と モカP と 配信終了
「エントランス到着! っと」
ダンジョンの入り口まで戻ってきた時、涼はふとドローンを見た。
「そういえば、ドローンの頭のココ押すとなにかが表示されるって言ってたっけ?」
カメラ側から近寄って、ドローンについているスイッチに手を伸ばした為、コメント欄が盛り上がっている。
それを知らずに涼は、事前の説明で香からされていたことを唐突に思い出し、そのスイッチに触れた。
すると、ドローンの上にホログラフのウィンドウが現れ、コメント欄が表示される。
「あ、なんか出てきた。
っていうか、結構コメント来てたんですね……」
:え
:まって
:気づいてなかった?
:ええ?
:今まで見てなかったの?
「あ、はい。ゴメンなさい。まったく見てなかったです」
表示した直後に流れてきたコメントを見、勢いで謝罪すると、コメント欄に「w」「草」「笑」と言った笑いを表現する文字が大量に流れていく。
「言い訳させてもらうなら……その、モカPが初回だしコメントはつかない可能性の方が高いって言ってたので……その……忘れてました」
:ええんやで
:まぁモカPの言うことも間違ってはいない
:涼ちんの配信は初回にしては盛り上がってたからな
:ディアちゃんがだいたい悪い
:大角ディアあんましらん俺も実況は笑った
:シャクダ欲しさにマネさんの名前連呼してたしな
:うんディアちゃんの荒ぶりの影響は間違いない
:実況内容をここでコメントするのは鳩じゃないの?
「え? ディアさんが実況? っていうか実況ってなんですか?」
:配信見ながらワブで荒ぶるコト
:もしかして涼ちゃんネット文化に疎いタイプ?
:動画を見ながらSNSでリアルタイムに感想を更新していくことだよ
:涼ちん配信疎そうな感じ?
「そうですね。あまり興味なかったのに鶏肉を餌にモカPにむりやり。
それと実況の説明ありがとうございます。理解しました」
:モカPgj
:モカP慧眼
:鶏肉を餌にww
:モカPに感謝を
:また鶏肉がでてきたぞwwww
:涼ちん鶏肉すきなんか
「なんでアイツが褒められてるんですかね?
あ、鶏肉は好きです。特に揚げてあるの。唐揚げとかフライドチキンとか」
:新しい扉開きそうな低音ありがとう
:モカPをアイツ呼びした時の低音すこ
:ありがとうございます
:涼ちんネット文化疎いんだから手加減してやれ
なにやら急に流れてきたお礼に戸惑いつつ、その勢いに圧倒される。
その勢いに困った涼は、直接聞いてみることにした。
「これ、コメントを全部見て反応していくの難しいですよね。みんなどうやってるんですか?」
:全部拾う必要ないで
:目に付いたやつ拾ってくれればおk
:探索中は無理しなくていいから
:コメント気にしてミスらない程度に見てくれれば
:全部拾ってくれるのは嬉しいけど無理なら無問題
「ああ、なるほど。
拾える範囲で拾って、答えられる範囲で答えていく感じでいいんですね」
:変なコメや乱暴なコメは無視してね
:荒らしっていう悪質なコメントは放置ゲー推奨
:実は今日の配信でもちょくちょく沸いてた
:涼ちんコメント見てなかったからかすぐ消えたけど
「そういうのもあるんですか。難しいですね」
:難しく考えず楽しくやって
:人が増えるとどうしてもね
:《モカP》そういうの悪質すぎるのは自分がどうにかするんで
:モカPキター!
:モカP登場
「なんでわざわざコメントしてんの?
Linkerとかでくれればいいじゃん」
半眼でうめくように告げると、やっぱりコメント欄が盛り上がる。
:低音ボイスありがとうございます
:やった低音だ捗る
:《モカP》色々と実験も兼ねてる
:モカPって涼ちんのなに?
:《モカP》涼のマネジャーみたいなモンだと思ってくれれば
:おk
:把握
なにやらモカP登場でコメント欄が盛り上がってしまっている。
あと、低音捗るとはなんなのだろうか。
:《モカP》さて探索も終えたし終わりの雑談も意図せずできたし
:あ、終わっちゃう空気?
:もっと涼ちんとしゃべりたい
:《モカP》涼、〆の挨拶といこうか
:あーおわりかー
:残念
:たのしかったー
:次回も楽しみ
モカPからのコメントにうなずき、涼はドローンのカメラへと改めて視線を向けた。
「そんなワケでモカPから〆ろと言われたので〆させてもらいます」
:そんなー
:もっとー
:低音ほしい
「初めての配信、見てくださってありがとうございました。
想定外に多くの人たちに見てもらえたようで嬉しいです。
……ええっと、あとなんかあったっけ?」
:棒読み感あるなw
:急に棒読み
:最初もこんな感じだったなw
:定型文の読んでる感
:モカPなんかカンペ渡した?
「え? そんな風に聞こえます? 完全アドリブなんだけど」
:それはそれでおもしろいw
:堅くなり杉なんよwww
:定型文苦手かww
「ともあれ、なんかそんな感じで〆たいと思います」
:むりやり〆たw
:ほかに言うことありそうだけどww
:《モカP》涼! ちゃんと宣伝しろ!!
:《モカP》お気に入り、チャンネル登録のお願いをしてくれ!
:《モカP》ワブ垢もあるからみなさんによろしくって言えよ!
:《モカP》事前に説明してただろ!!
:モカPwww
:それだ
:涼ちんww
:宣伝しないとw
「そうだそれだ。なんかそんな感じみたいです。
モカPが言ってるコトをみなさんよろしく」
:雑w
:両方したしワブ垢もフォロった
:おれも
:《モカP》おまえの口で言えぇぇぇぇぇ1!!
:wwww
:モカP大変
:もうした
:モカPファイト
:www
:次回も楽しみ
:がんば
:笑
:二人ともがんばれ
「ではまた次回にお会いできれば」
ペコリと挨拶をすると、コメント欄も挨拶に溢れる。
みんなから惜しまれつつも挨拶される――そのことに、涼は少しうれしくなりながら、ふと気づいた。
「ところで、これどうやって撮影止めるの?」
そして、カメラの正面に立ちながらドローンの上部にあるスイッチを確認し始める。
確認の邪魔になるので、ホロモニタの表示を消してから上部を眺める涼に対して、コメント欄は密かに沸いていた。
:エッッェッ!!!
:無防備どあっぷ最高!!!!
:ありがとうございますありがとうございます
:これは!!!!
:《モカP》はいはいみなさん、こっちの操作で配信終了しますね
:これは良い
:うおおおおおお
:もうっちょっと
:もう少し!
:まってmって!!
:《モカP》それでは次回の配信でお会いしましょう。では
:いけずー!
:モカP無能!
:後生だから!
:ああああああああ
===この配信は終了しました===
涼が触ったわけではないのだが、ドローンの上部にホロウィンドウが表示され『配信終了』の文字が出たのを見ると、涼は大きく息を吐く。
普段の探索とは違う疲れに、軽いストレッチなどをし始める。
しばらくストレッチをしていると――
「おつかれさん」
入り口の方から声が聞こえてきて、涼はそちらに顔を向けた。
それに併せてドローンもそちらへと飛んでいく。
「あれ? 戻ってきたんだ」
飛んでいくドローンを受け止めたのは、香だ。
「ああ。お前がここにいるってわかってるからな」
涼がいればエントランスにモンスターが迷い込んできても安全だから――と暗に言う。
「しかし、いくら頻繁にLinkerでやりとりするくらいには仲良くなったとはいえ、配信中にディアへのプレゼントとか口にしないで欲しかったぜ。ちょっと焦った」
「そういう調整とかあるんだね……知らないとはいえ、ちょっと軽率だった」
「まぁ、あれくらいならどうにでもなるから次から気をつけてくれればいいさ」
そして抱いたドローンの具合を確かめながら、香が涼の元へと歩いてくる。
「ディアのコトはおいといて……だ。
どうだった? 初配信は?」
「んー……」
問われて、涼はいつもの無表情を少し緩ませて、微笑んだ。
「まぁまぁ楽しかった」
それは嘘偽りのないことだ。
探索中にコメント欄は見ていなかったものの、終わり際の軽いやりとりからして、それなりに楽しんで貰えたようだったから。
何よりただ淡々と潜るのも楽しいが、知らないだろう人へ説明をしながら探索するというのも悪くなかった。
「そりゃ何より。それじゃあその楽しい気分のままバクトリアにでもいって反省会しようぜ」
中華系ファミレスチェーンの名前が出てきて、涼は両目を輝かせる。
「油淋鶏頼んでいい?」
「そういう約束だろ? 配信したら鶏肉を奢るってさ。ただ今日の分は油淋鶏を一つだけな」
「人のお金でお肉が食べれるなら一つでも十分!」
グッと拳を握る涼と、それに苦笑する香。
二人は仲良くダンジョンから出て行くのだった。
【Idle Talk】
涼の配信終了後、アシスタント兼マネジャーの白凪に正座させられる大角ディア。
あまりにも面白い絵面だった為、事務所の公式アカウントが、その時の写真を囀ったところ、めっちゃバズった。
ディア「こんなバズ不本意ィィィィィ!」
事務所「心地よい悲鳴」