涼 と マザーグース と 決着 と
「切り落とせなかったか……でもッ!」
「ああ! 問題ないぜ涼ちん! 八割切り込めてるんだ。あれで機能不全にならん生き物はそういないッ!」
守が答える通り、涼が攻撃した首は、傷から上が力なくうなだれ、動きがほとんどなくなった。
「二本一気にッ! やったね!」
「せっかくですので三本目も貰いましょうか」
喜ぶディアの横で、旋は痛みにもがく残った首の中で一番左の首に目を付けてワイヤーを放つ。
さすがに三本目はやらせないとマザーグースが動こうとする。
だが、それに合わせて守と涼は露骨に殺気を放って、別の首を狙った。
すでに自分の首を二本刈っている者たちの殺気に、マザーグースは判断を躊躇う。
ワイヤーの巻き付いた首を助けるか。殺気を飛ばすモノたちをどうにかするか。
その戸惑いを見て、剣に炎を纏わせたディアが飛び上がる。
「冷静さが欠いているうちに――……ッ!」
左の首に巻き付くワイヤー。
殺気を放つ二人。
炎を纏った一人。
冷静さを失っている五本の首は、それぞれに対応しようとして、身体をチグハグに動かす。
普段なら絶対にしないミスなのだろう。
痛みと、自分を討伐しうるモノたちへの恐怖心。
あるいは肉体の使用優先権を持っていた首が存在していて、それが今し方切り落とされたどちらかの可能性もある。
なんであれ、五つの首がそれぞれに肉体への命令を発すれば、命令同士の衝突が生じて、フリーズするのも必然だ。
頭が複数存在し、複数の思考を同時進行させる能力を持った生物である以上、その部分は本能的に分かっているはずである。
それでも、本能を上回るような痛みと恐怖は、生物の思考と行動をバグらせる。
ディアの火炎剣が首の一つを薙ぐ。
切り裂くと同時に生じた爆炎は、それで首を落とせずとも、すでに二本落とされているマザーグースからすれば、より恐怖を煽る痛みと音となる。
そして、パニックになればなるほど、自分の首の一つに巻き付いたワイヤーを振りほどくという発想が無くなっていく。
「私に斬撃は無理なので、叩き潰させて頂きます。
武技:黒豪拳・千影殺」
静かなスキル宣言と共に、両手に闇属性のマナを纏わせると、大振りの右フックで、目の前にあるマザーグースの顔を打ち抜く。
その勢いのまま身を縮めつつ、左側へ素早くステップ。
今度は左手によるヘビーフック。
勢いを殺さずにステップし今度は正面から右手によるアッパーカット。
アッパーの勢いを利用して残像を残すように飛び上がり、空中から拳を振り落とす。
「おおおおおおお――……ッ!」
拳を振るう度に加速していく。
雄叫びをあげながら、旋がまるで分身しているかのように残像を残し、四方八方から拳を叩き付けていく。
ワイヤーは巻き付いたままなので、吹っ飛んでいきそうになればワイヤーを引いて、逃がさない。
そして、残像が正面に収束していきひときわ強い力を込めた拳を構えた。
「フィニッシュですッ!」
黒いオーラを纏った右ストレートが、文字通りえぐりこむように、マザーグースの眉間に突き刺さる。
ボコボコにされた左の首は白目を剝くと、泡を吹いて項垂れた。
「やはり斬撃と比べるとスマートとは言えませんね」
ワイヤーを外して回収し、メガネのブリッジを押し上げると、旋は嘆息する。
「いやぁ、充分ですよー」
「ワイヤーで動き押さえてボコ殴りはさすがに怖ぇぜ?」
「ボコボコにされてる間、完全にマザーグースがパニクってたので、もう一本斬っておきました」
「涼ちゃんもさらっとすごい」
旋の動きに目を奪われている間に、涼はもう一本、同じように深々切り裂いていたようだ。
これで、残りの首は三本。
「うーん、わたしも一本くらい切り落とさないと活躍微妙扱いにならない?」
「いや、ならんて」
「むしろMVPはディアさんでしょう?」
守と旋が即座にツッコミを入れる。
ディア本人は直接ダメージを与えてないのが、少し不満のようだ。
残った首がディアたちを見る目は、完全に怯えきったモノに変わっている。
「逃げられても面倒ですし、残りの首も潰しましょう」
「だな」
「んー……一本くらいはわたしも倒したいなー」
完全に殺る気の三人。
それを見て、首の一つは気がついた。
脅威の対象が四人であったことに。
こうやって不自然に姿が見えない時は、もう一人が自分を狙っているのだと。
涼を警戒する首へ向けて、ディアがフレア・バーストを放つ。
本来であればそれを躱したり防いだりするだろう。
だが、恐らくは一番多くそれを担当していただろう首が無くなったからか、防御の動きが鈍く、周囲を見回す首がそれを躱すことができなかった。
自分の顔に、火炎弾がぶつかり炸裂する。
致命傷にならずとも、熱と痛みはある。
二つの首もそちらに意識が向く。
そんな中で、三つのうちの左の首に涼が再び斬撃を見舞った。
深々と切り裂かれるマザーグースの首。
突然の痛みに無事だった首が戸惑う中で、爆炎に捲かれた首の根元に白刃が閃く。
「首の数が減った途端、弱くなるんだなお前」
皮肉げに口の端を吊り上げながら、守が剣を鞘に納めると、ドシンと首が落ちた。
「攻略方法はビビらせたスキに、とりあえず首を一つ切り落とす――かな?」
「それが正解でしょうね。七つの首全てが冷静な時は、かなりの難敵でしたし」
残った最後の首が絶望の表情を浮かべているのを見ながら、ディアと旋がすでに〆に入ったように、総括を始めている。
勝ち目がない。逃げるしか無い。
マザーグースは翼をはためかせて大きく飛び上がる。
「こいつッ!」
守が声を上げた。
飛び上がったマザーグースは、一成と良轟の方へと向かっていく。
そして一成と良轟の前に着地。
「悪あがきを――ッ!」
一成が鬼灯印の大太刀に手を掛け、最大限に警戒した。
だが、マザーグースは一成や良轟を攻撃することなく、再び翼をはためかせてジャンプをすると、二人を飛び越えた。
「む?」
振り向きもせずに、その場から去ろうとする。
そこへ――
「な~~んだ~~、もう終わりかけじゃん?」
「いいじゃないですか、皆さん無事なんですから」
「そうそう。苦労やピンチなんてのは、少ない方がいいワケですしね」
――心愛たち三人も合流する。
自分の向かおうとした先に現れた突然の増援。
それを見て、マザーグースの残った首がますます絶望を深めていく。
そんなマザーグースを見ながら、香はスマホを白凪に手渡す。
そして露骨に殺気を放ち、マザーグースへと近寄っていった。
「よう、マザーグース。自分のピンチを自覚しててくれて何よりだ。
ところで、目に見えているオレたちばっかりを注目してていいのか?
絶望するより先に、やるべきコトがあんだろう?」
告げて、香は左手を掌底に、右手を拳にして、構える。
「逃げないっていうなら、実験に付き合ってくれよ」
目の前にいるロクにオーラを纏っていない弱そうな人間が、自分にトドメを刺そうとしている。逃がしてくれそうにない。
マザーグースはそう判断して、最後の首を伸ばして、その凶悪なクチバシを香に向けた。せめてこの弱そうな人間くらいは叩き潰しておかなければならない――と。
香が全身にチカラを込めて身体を縮める。
最後の首が全力でそのクチバシを振り下ろす。
スレスレでクチバシを躱した香は、マザーグースの懐へと踏み込んでいく。
そのボディに左手の掌底を叩き付ける。
硬い羽毛がそれを受け止め、ダメージは与えられない。
香は気にせず、左手をマザーグースに当てたまま右手の拳を振りかぶった。
足首、膝、太もも、腰、肩、腕、手首。
肉体の回転する部位全てのチカラを総動員し、それらを拳に乗せながら左手の甲へと叩き付けた。
ドン――という大太鼓を叩いたような音が響く。
瞬間、マザーグースが目を見開いた。
自分の内側から、破裂するような激痛を感じたのだ。
死ぬような痛みではない。
致命傷では無い。耐えられないほどではない。
だが――何のオーラも感じない人間の一撃と侮っていたというのもあるだろう。
それ以上に、一矢報いるつもりが、逆に強烈な一矢を受けてしまったショックも大きい。
よたよたと、マザーグースは後退るように踏鞴を踏む。
「なるほど。高レベルのイレギュラーでも、この技なら一応通るのか」
「超人化ナシでなんで攻撃通せるんですかねぇ香くんは」
「香くんの逸般人っぷり、そろそろやばいよね」
「本当に超人化してないんですよね?」
のんきな感想を漏らす香に、前線を維持していた三人からツッコミが入る。
そして、前線にいた四人目は、仲間が作った隙を見過ごしたりはしない。特に、香が作ったモノならなおさらだ。
「武技:闇刺閃蹴斬」
ギガントジェリー戦でも使った蹴りによる斬撃技。
バックスタブや、絶命一如などのバフを山盛り乗せての、背後からの強襲。
それによって、マザーグースの頭側の首の付け根を蹴り抜いた。
蹴りの勢いの余波で頭が飛んでいく。
飛んだ頭が、良轟と一成の近くへと転がっていき――
「うわあああああッ!?」
――眼前に転がってきた化け物バードの頭に、良轟は思わず悲鳴を上げた。
ちょうどそのタイミングで、全ての首を失ったマザーグースの身体は地響きを立てながら、地面に倒れ伏すのだった。
【Skill Talk】
《黒豪拳・千影殺/コクゴウケン・センエイサツ》
旋のオリジン。分類としては、上級の上のランクである秘技。
ワイヤーを巻き付けた相手に、黒豪系の拳技による乱打を行う。
逃げようとしてもワイヤーによって拘束、引き寄せが可能の為、それを引き千切るだけのパワーがない相手は、為す術もない。
現役時代においては、格上であろうとも、ワイヤーをほどけない程度に弱っていれば高確率で決着となるフィニッシュブロウとして使用されていた。実際仲間からも、トドメ役を任されることが多かったので、かなり使い込んでいる技である。
実はミスティックに限りなく近い秘技。
現役引退せずにこの技を磨いていれば、守やディアよりも先に扉と出会えていた可能性もある。
なお本人は何度も殴らないといけないのは非常に効率が悪いと考えている。
もし自分がミスティックの領域に行けるのであれば、一回殴れば千発分くらいのダメージが出る技がいいな――と思っていたりもする。
一瞬千撃ならぬ、一発千撃が、旋の理想。




