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良轟 と 配信 と 探索者


「初めて見るモンスターだけど……とりあえず、卵を守ってるみたいだったんでマザーグースって感じじゃないかと」

「ダジャレ言ってる場合かよ」


 七つの首を持つ大きなガチョウを前に、涼が口にした言葉に守がツッコミを入れる。


「え? いまのどこがダジャレ?」


 そこで首を傾げているディアに、良轟が律儀に解説した。


「イギリスで伝承されている童謡を通称マザーグースと言うんだ。

 そして、ガチョウは英語でグース。母ガチョウでマザーグースだ」

「宇宙語のダジャレだったんだ……」

「お嬢さん、学校の成績大丈夫?」


 ディアが思わず漏らした言葉に、良轟が本気で心配そうなまなざしを向ける。


「……解説されると恥ずかしくなりますね」


 そんなディアと良轟へ涼が何とも言えない顔を向けていると、マザーグースの首の一つが涼に向けて振り下ろされた。


「おっと」


 涼は軽やかにそれを躱す。


 先ほどまで涼がいた地面にクチバシ状の穴が穿(うが)たれた。

 どうやらクチバシはかなり硬く凶悪なシロモノのようである。


 クチバシは確かに恐ろしいのだが、涼の横には守がいた。

 涼を攻撃するべく伸びきった首の一つは、彼にとって格好のターゲットだ。


「そこッ!」


 白刃一閃。

 高速で抜刀された刃が、ダンジョンの陽光に照らされて白く輝き、軌跡を描く。


 だが、その刃が当たる直前――守は技の途中で強引に地面を蹴ってその場から飛び退く。


 次の瞬間、別の首が文字通りうにょんと伸びて守を強襲したのだ。


「伸びるのッ!?」

「ありかよそれッ!?」


 思わず涼と守が声を上げる。

 声こそださなかったが、背後で見ていた四人も同様だ。


「そんなに長くは伸びなそうだけど……元の長さの二倍くらいはいくかな?」

「まぁそんな感じだな。しかし面倒な……」


 さてどうするか――と、涼と守が考えだしたところに、ディアの声が響く。


「とりあえず色々試そう! 二人とも動いた動いた!」


 言いながら、ディアは右手を銃の形にして、人差し指をマザーグースへと向けた。


魔技(ブレス):フレア・バレット!」


 まずは適当に顔を。次にボディを。

 二連射でそれぞれ狙う。


 首は当然、それを動かして躱すが、ボディはそうはいくまい。

 大きな体躯のせいか、機敏な動きということはせず、マザーグースのボディにフレア・バレットは直撃した。


 しかし――


「ありゃー……効かない感じ?」


 だとしたら、ディアも剣をメインにした方がいいだろう。


「良轟さん」

「なんだ?」

「撮影お願いします」

「は?」


 言うやいなや、ディアは良轟に自分のスマホを手渡して剣を抜く。


「紡風さん、グラマスさん。良轟さんをよろしく!」


 そのまま颯爽とマザーグースへと向かっていくディアに、良轟は手を伸ばす。


「さ、撮影と言われてもな……!」


 届かなかった手を所在なさげにする良轟に、旋が告げる。


「大丈夫です。スマホのカメラに彼らとモンスターを納めておけばいいので」

「さらっと私をカメラマンにする気まんまんだな?」


 それに良轟は顔を(しか)めてから訊ねた。


「そもそも撮影なんてしている暇があるなら逃げたらどうなんだ? あなた方なら私を連れてでも逃げれるだろう?」


 その言葉はどちらかというと、今すぐ逃げたいという思いが込められたものだろう。

 良轟の中の冷静な部分が、勝手なことをしてはいけないと判断したからこそ、素直にここで立ち止まっていてくれているだけだ。


「難しいな……。

 我らの中でもっとも素早く動ける涼殿が単独行動で逃げ切れなかった相手です。

 逃げるにしても、誰かが犠牲になる必要があるでしょうな」

「犠牲……」


 一成の言葉に、良轟はハッと顔を上げ、涼たちを見る。

 涼の姿は見えないが、守とディアという若者の背中を見て、先ほどとは違う形で顔を(しか)めた。


「逃げるなら、彼らを犠牲にしろと?」

「あるいは儂か紡風殿か。まぁ最低一人は必要でありますな」

「なんだ、それは……」


 現実感の無い七つの首を大きなガチョウという異形。

 それは、間違いなく人間の命を摘み取る化け物なのだと、ここへきて良轟は実感が湧き始める。


「だが、戦って勝てるか分からぬのだろう? 初めてみると、あの小さいのが言っていたではないか」

「だからこそ涼さんやディアさんは、こういう時にリアルタイム配信を行うんです。

 自分たちがどこで何と戦い、その敵は何をしてくる相手なのか――その情報を正確に残す為に」


 良轟にとって、旋の解説は、脳は理解するのに理性が理解を受け入れてくれないような、そんな言葉だった。


「まるで死ぬために戦っているようではないかッ!」


 信じがたい状況に、良轟の良心からの言葉が漏れ出る。


 先ほどまで良轟を気に掛けてくれた少女が、悪口ばかりを口にしていた青年が、姿を消しながらも自分を守ってくれていたらしい少年が――死ぬ。

 その状況の瀬戸際に居るという事実に、良轟は認められないからの叫びだ。


 だが、一成は冷静な様子で首を横に振った。


「彼らとて死ぬつもりなどない。だが死ぬかもしれない強敵である以上、情報を残す。それが彼らにとってのリアルタイム配信という手段なのだ」

「ダンジョン配信というのは娯楽としての側面と、ダンジョンの脅威や情報の保管の側面があるのですよ」

「…………」


 奥歯を噛みしめながら、良轟はマザーグースと戦う若者たちを見る。


「ディアちゃん!?」

「へーき!」


 周囲をなぎ払うようにマザーグースが羽を振るう。

 それを受けたディアは吹き飛ばされるが、空中で体勢を整えると、木の側面に着地して守へと返事をしていた。


 今度はマザーグースの首が複数伸びて、一斉に守に向けてクチバシを振り下ろした。


 それを躱しながら、守はボディへ一閃。

 毛が硬質的な音を立てて、刀を弾く。


 それを見ていたディアが、守へと声を掛けた。


「やっぱボディは硬いね!」

「硬いのはたぶん羽や毛だぜ! あと首や頭を攻撃すると露骨に避けるやがるときた!」

「なら狙うはそっちだね!」

「だな。涼ちゃんの為にもチャンス作ろうぜ!」

「おっけー!」


 やりとりの声は明るい。

 そこに死と隣り合わせになっているという悲壮感はない。


「私のせい……なのか……」


 それでも、良轟はそう思わずには居られなかった。

 だが、その自責を一成は否定する。


「それは違うぞ良轟殿。貴方の依頼は強引ではあったが正当なモノだ。

 想定外は多々あれど、依頼そのものは正しい手順で手続きはされた。

 寄せ集めではあるが正しい手順で人員が手配された。

 そして何より正しい手順でダンジョンへとやってきて、文句の無い安全な旅路を彼らが造り上げてくれたのは間違いない。

 ここでマザーグースと遭遇したのはただのイレギュラー。例外である。誰が悪いというモノではない。

 強いて言うなら間が悪い。あるいは運が悪いというだけだ」


 それで納得できる者どれだけいるというのか。

 そうは思えど、良轟にこれ以上なにか言えることなどなかった。


「手が足りなそうですね……和戸会長」

「うむ。良轟殿の護衛は任せい」

「では」


 旋は両腕に装着した金属製の太い腕輪がついた――要所を金属で補強した手袋の具合を確かめる。


 それから旋は一礼するとマザーグースの方へと向かった。


「ブランクに対するリハビリがほとんどないままイレギュラー戦とは……いやはや、事務仕事ばかりにかまけててはいけないというコトですかね」


 ふぅ――と息を吐き、人差し指でメガネのブリッジを押し上げると、旋はボクサーのように拳を構えて駆けていく。


 その姿に気負いはなく、ベンチにいた選手が交代でフィールドに踏み込んでいく様子と似ていた。だからこそ、余計にダンジョン内の当たり前の光景なのだと思わせる。


「クソッ! やっぱ探索者というのは異常者だ!

 だがッ、その仕事が誤解されたままというのは納得いかんッ!」


 だから――良轟はディアに頼まれたことを遂行する。

 スマホのカメラをマザーグースの方へと向けた。


「記録係程度の仕事とはいえ不慣れなんだ! あとで見返して見づらいだなんだと文句言うんじゃあないぞッ!」


 良轟が自分を鼓舞するようにそう叫んだ直後――マザーグースは小さく飛び上がり、その両翼を大きく振るう。


 すると、その翼から無数の羽が投げナイフのようにばら撒かれた。


「範囲攻撃もあるのかよ!」

「存在自体が範囲攻撃みたいなヤツだけどね!」

「弾幕ゲームにしては密度が緩いので余裕はありますけど」


 守とディアは手にした剣で羽を弾き、旋は最小の動きでそれを躱していく。


「何気に紡風さんがすごいッ!」

「神経質なインテリ風なのにボクシングスタイルでバリバリのインファイターとはね」


 羽を躱しつつ間合いを詰めていき、踏み込みから、マナを込めた右の拳をフックのように振り抜く。


 だが、マザーグースの硬質的な羽毛がそれを受け止めた。


「なるほど、硬いですね」


 即座に飛び退く旋。

 そこへ、三つの首がクチバシを振り下ろしてきた。


 後ろへと退くようにそれらを躱すと、直後に四本目の首が振り下ろされてくる。


「狙いは悪くない。だが――」


 素早く身構え、右の拳を硬く握った。


「武技:グラップ・パリイ」


 瞬間――アッパーカット気味の右で、自分に迫るクチバシを叩いた。

 旋を襲った首が大きく弾かれる。


「そこッ!」


 直後、先端に宝石の付いたピアノ線のようなワイヤーが左の腕輪から射出された。

 弾いた首にワイヤーを巻き付ける。


 旋がドイツのワイヤーメーカーに特注して、モンスター素材で作ってもらったものだ。

 市販のどんなワイヤーよりも丈夫で柔軟。そしてマナを乗せればダンジョン用の武器同様に強度強化ができる優れものだ。


 それを、身体強化と共に強度強化をかけて強引に引っ張る。


 ふらついていた首の一つが無理矢理に引っ張られ、マザーグースが踏鞴(たたら)を踏む。


 その間、旋は右手にチカラを込めていた。

 黒紫色の炎が、旋の右の拳で揺らめく。


「武技:黒豪真撃(コクゴウシンゲキ)ッ!」


 引き寄せた頭へ向けて渾身のストレートを繰り出す。


 しかし――


「グゥ、グァワアアアアアア……ッ!」


 ――喰らうものかとばかりに、マザーグースは咆哮を上げると、強引に翼をはためかせて小さく跳び上がった。


 旋の拳が空を切る。

 それどころか、首に巻き付いたワイヤーごと、旋は引っ張られ身体が浮き――


「む……!?」


 ――咄嗟にワイヤーを解くが、旋はそのまま宙へと投げ出された。


「おっさん!」

「紡風さん!」


 心配してくれる声に笑みを浮かべながら、旋は空中で体勢を立て直すと、左手の上に球体の黒炎を作り出す。


「武技:黒豪翔破(コクゴウショウハ)(サン)ッ!」


 その黒い火の弾に右の拳を叩き込み、散弾化させて発射。

 降り注ぐ黒い火の雨にマザーグースが怯んだ。


 効果そのものは小さくとも、空中にいる旋を狙っていたマザーグースは動きを止める。


 その隙に、旋は安全に着地した。


「思ったほどカンが鈍ってないようでひと安心ですね」


 そして、小さく息を吐くと、メガネのブリッジを押し上げるのだった。



【Idle Talk】

 旋風さんのスタイルは、ボクシング+ワイヤー

 ちなみに、ワイヤー用スキルというのは存在しないからか、ムチのスキルが適用されているそうである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 錆びついてたようだけど、流石元スポーツマン。 土壇場での思考は悪くないな。 旋さん、テクニカルなスタイルしてるけどパワーもイケる口だな?
[良い点] インテリ風の外見でバリバリのボクサー型インファイターなスタイルの紡風さん……ちょっとだけデモンベイ○のウィンフィール○さんを思い出しますね。
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